第11話 ポテンシャルを見抜く力

 田中修一の『真夜中のガーデニングクエスト』は、着実に成果を上げていた。彼が最初に植えたマリーゴールドの苗は、夏の日差しを浴びて、鮮やかなオレンジ色の花を咲かせている。その光景はアパートの住人たちの間で新たな話題となっていた。


 その日の昼下がり、修一は自室で、自分の城となりつつあるベランダを眺めながら、例の『攻略マニュアル』をぱらぱらと捲っていた。彼の戦いの記録。その一ページ一ページを眺めているうちに、彼はある共通点に気がついた。


 最初に助けた、枯れかけのハーブ。

 日陰の部屋で育たなかった、観葉植物。

 ゴミ捨て場同然だった、共有花壇。

 そして、何より―――息子の姿に心を痛めていた、母・春子。


 自分がこれまでに関わってきた対象はすべて、本来持っているはずの力を何らかの要因によって発揮できずにいる状態だった。そして、彼の頭に流れ込んでくる「攻略情報」は、常にその障害を取り除き、対象が持つ「最高の未来の姿」へと導くための最短ルートを示してくれていた。


 これは、単なる育成ゲームの攻略情報ではない。

 もっと根源的な、その物事が秘めている可能性そのものを、自分は見ているのではないか。


「……ポテンシャル」


 修一は無意識にその言葉を呟いていた。

 英語の授業で習った、カタカナの言葉。潜在能力。可能性。

 そうだ。俺が見ているのは、植物や、人間の「ポテンシャル」なんだ。

 枯れたハーブが本来持っていたはずの「豊かに香るハーブになるポテンシャル」。

 荒れた花壇が秘めていた「人々を癒やす花壇になるポテンシャル」。

 母さんが心の奥にずっと持ち続けていた「息子の元気な姿を見たいというポテンシャル」。

 そう考えると、すべての辻褄が合った。


 修一は、ペンを手に取ると、マニュアルの最初のページに厳かな気持ちで書き記した。


【能力名:ポテンシャルを見抜く力】


 自分で名付けた途端、これまで漠然としていた不思議な現象が、自分の意志でコントロールできる「能力(スキル)」として、はっきりと輪郭を結んだ気がした。それは、彼の人生で初めて、彼自身が何かを発見し、定義づけた瞬間だった。能力への理解が、一段階深まった。


 彼は自分の胸に手を当てる。

 この力は他人や植物にだけ向けられるものなのだろうか。

 もし、この力を自分自身に向けたら、一体、何が見えるのだろう。

 滅亡するだけだと思っていた、この空っぽの俺にも、まだ何か、ポテンシャルというものが残っているのだろうか。


 修一は、おそるおそる、窓ガラスに映る自分の姿を見つめた。

 そこにいるのは、少しだけ日に焼け、以前よりほんの少しだけ、目の光が強くなった気がする、53歳のおっさんだ。

 彼は、その自分の姿に、ゆっくりと意識を集中させた。

(俺の……ポテンシャルは……)


 しかし、何も見えない。

 頭の中に流れ込んでくる情報は何もなかった。

「……だよな」

 自嘲気味に笑い、彼は窓から目をそらした。

 やはり、自分は空っぽのままなのだ。他人の未来は見えても、自分の未来は見えないらしい。

 だが、不思議と、以前のような絶望感はなかった。

 今はまだ、それでいい。

 修一は、ペンを置くと、新しい花の苗を買いに行くために、静かに立ち上がった。空っぽの自分を満たすために、今はただ、目の前のクエストを一つ一つ、クリアしていくだけだ。

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