第123話 前衛的ホテルの先客

「久しぶりなの!」



 エルネルが声を上げる。


 予定通り二月かけてエルフの里に到着した。



 エルフの里は俺からすれば前に比べて別に変わったところはない。


 強いて言えば黒焦げになっている木が見えるくらいか、確かイレナが燃やしたのあのへんだったよな……。



「400年ぶりの里は全く変わってないの……」


「この辺なんか空気が澄んでいますね」



 シャミが気持ちよさそうに深呼吸するとエルネルがふふん……と胸を張る



「エルフの里は周囲が魔力が蓄えられた木々の生えた森だらけなの。だから空気から不純な物をなくしてるの」


「へえ、木が魔力を持ってるんだ」



 俺より魔術師の才能があるじゃないか。


 ……俺、これに負けるの?


 改めて深呼吸すると、なるほど。確かに気持ちが良い。



「エルネル様、そろそろ」


「うむ、そうなの。早速……ん?」


「あれなんでしょう」



 エルフの兵士達が走ってくるのが見えた。


 俺は嫌な予感がしつつも黙っておく。


 下手に何かをして罪を増やしたくない。


 様子を見ていると兵士達は瞬く間に俺らを囲みこんだ。



「な、なんなの?」


「イクス様!」


「大丈夫、落ち着いて、おとなしくしておこう」



 俺がシャミを庇う中、イレナが前に出た。



「あなた達、ここにおわすお方をどなたと心得る、エルフの里第三王女、エルネル・ロンド・ビッツェル様にあらせられるぞ」



 印籠でも出しそうな口上を述べたが相手は引く様子はない。



「聞いたか?」


「ああ、間違いない」



 兵士達はお互い目くばせして頷く。



「第三王女、エルネル様だ。捕まえろ!」


「「「おおっ!」」」



 声とともに俺らはあっという間に捕まった。





「これはなんなの!」



 そして数か月振りの牢である。


 4人全員同じ牢だ。


 前と若干作りが堅牢になっているのは前の牢の結界を俺が壊してしまったからだろうか。



 この牢にも再び結界が張られているようだが、最悪俺の剣ならまた壊せそうだな、うん。


 にしても、エルネルの里の評判は相当なものの様だ。


 牢の見張りが全くこっちを見ない。


 ていうかあの時の見張り番じゃね?



 イレナに後ろからやられたあいつ。


 うーん、よく見れば体がこわばっているように見える。


 多分ビビってるんだろう。



「うう……まさか、いきなり捕まるとは思いませんでした。ねえ、イクス様?」


「え、お、おう」



 嘘だ。


 兵士達が来た時点で捕まるんじゃないかと思っていた。


 まあ、おとなしくしてれば申し開きのチャンスも来るだろう。


 ……多分。



「で、気になってたんだけどこいつは誰なの?」



 きーきー騒いでいたエルネルだったが、ようやく落ち着き後ろを振り返った。


 振り返った先にいるのは怪しいを具現化したような奴だ。



 体を覆う分厚いローブと顔は何かの仮面で隠れていて全く分からない。


 外見の特徴が全て人工物でわからないっていう。


 だが俺らが牢に入った段階でいたやつで、何故か分からないが牢の中を掃除していた。



「あの、なにをしてるんですか?」



 応答がないが、一応敬語で聞くとそいつはちらっと俺を見た。



「見てわからないか?」



 低くしゃがれた声、多分男性だろうか。



「掃除……ですか?」


「そうだ、ここは汚いからな」



 なるほど、掃除をしているのか……で、なんで同じ場所を小一時間も拭いているの?


 そんなに擦ったら汚れが落ちるっていうより、そろそろ摩擦熱で煙出るんじゃないかな。



 重度の潔癖症を超えた何かをお持ちの様だ。


 俺は若干引いていたのだが、シャミが前に出た。



「あの、掃除……手伝いますか?」



 男はシャミの声にピタリと止まり、振り向いた。


 仮面越しにじっとシャミを見つめる。



「えっと……」



 困惑するシャミ。


 男はしばらく止まった後、頷いた。



「助かる、この部屋は汚過ぎてたまらなかった。昨日も入れられて一日中拭いていたが全然汚れが落ちなかった。これをあげよう、心優しい少女」


「は、はぁ……」



 シャミは男に布を渡された。


 その布は試しに触るとさらさらしていてシルクのように柔らかい。


 ていうかこの布で拭いていいのかな?


 二人が拭き掃除を始めた中、俺は見張り番の所へ行く。



「ねえ」


「は、はい」



 びくびくしながらも見張り番が反応してくれる。


 そんな俺にまで怯えなくていいんだけど。



「聞きたいんだけどこの牢ってそんなに汚いの?」


「い、いえ。私が誰も中にいない間は軽く清掃をしておりますので、自慢じゃないですが清潔だと思います。それに、そもそもこの牢自体魔術がかけられているので、時間が来たら自動で綺麗にするはずです」



 へえ、全自動か。そいつは凄い。


 ……ん?


 じゃあなんであいつ拭き掃除なんてしてるんだ?



「ねえねえ」


「な、なんでしょう」


「あの人って何で牢に入れられてるの?」



「里に来た途端、ここは汚い。全てを綺麗にすると叫んで門を擦り始め、それを注意しようとやってきた兵士達に唾を吐き、綺麗にすると言いながら布で拭き始めたからです」


「……なるほど」



 人の顔を拭き始めるとか遠回しな嫌味か?


 うーん、なんか変な奴と一緒の牢になったな。

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