第122話 エルネルとイレナの主従関係


「今日のご飯取れたよ」


「流石はイクス様、料理は任せてください」


 食用のモンスターを倒して持っていくとシャミが料理をしてくれる。


 エルフの里までは二か月程。


 途中国を通るが街を通らない間は自給自足が基本だ。


 前回はイレナが料理を担当したが今回はシャミが担当する。



 シャミの料理は美味い。


 ルファサ直伝とのことだ。


 ちなみにどちらも料理は美味いが、個人的にはルファサより俺の舌に合う。


 まあ、好みの問題だね。




 その日はたき火を前にしながら食事をした。



「エルネル様、お口に汚れが」


「うむ、苦しゅうないの」



 イレナがエルネルの口を拭った。


 現在四人でたき火を中心に座って食べているのだが、ふと聞いてみた。



「ところでさ、イレナって何でそんなにエルネルの事大好きなの?」



 これはずっと気になっていた事だ。


 イレナってエルネルに囮にされて里に置いてけぼりにされたりして、割と恨んでてもおかしくないと思うのだが、そんな感じは一切ない。



 というかそれより熱狂的な信者とも言えるほど、エルネルを敬いすぎている気がする。


 それが忠誠……と言えばそうなのかもしれないが。



「そうですね、ではお話ししましょうか。エルネル様と私の出会いを」



☆☆☆



 イレナの出身は平民であり、厳しい選別を超えて王族の従者になったそうだ。


 とはいえ、最初はまだまだ新人であり、ミスもあった。


 大体のミスは新人だからと許されていたのだが、それから数か月後にそれは起きた。



 ある日、イレナが装飾品の掃除をしていた時の事だ。


 その廊下は王族が愛する貴重な装飾品の数多く展示されている場所であり、掃除をする者は皆、くれぐれも慎重に行う事……と言われていた。



 イレナはその日そこの掃除番だったのだが、なんとそこに展示されていた壺を割ってしまったのだ。


 決して力を入れていなかったし触れただけで、割れた時もコロンと転がり割れた音すらなかったのだが、真っ二つになった壺。



 慌てて報告するとその壺は女王様が非常に大事にしているものだという。


 真っ青になるイレナ、王族の従者長は困った表情を浮かべている。



 その時、イレナは思った。


 私はきっと首になる。


 貴族家出身の従者ならば厳重注意位で済むかもしれないが、それは出身の家が力を持っている場合だ。



 イレナは平民出身、それをやっかむ者も少なからずいる。


 小さい頃から王族を尊敬し仕えたいと思っていたイレナの心が絶望に染まっていく中、一人の女性が飛び出してきた。



「何かが割れた音がしたけど、一体何の騒ぎなの?」



 現れたのは第三王女のエルネル・ロンド・ビッツェル。


 従者仲間の話だと、



『悪いことをさせたら右に出る者はいない』


『里で起きる問題には大体関与している』


『エルネル様が事件の近くにいたらまず疑え』。



 ――等々、酷い言われようである。


 イレナ自身関わりたくないと思っていたのだが、エルネルは壺を見て言った。



「そう、壺が割れたの。割ったのはあなたなの?」


「は、はい……ですが私は触れただけで」



「母様が大事にしている壺なの。恐らく割ったなら首になるの」


「や、やっぱり」



 俯くイレナ、従者長の前に立つエルネル。



「仕方がないの。形あるものはいずれなくなるの。この壺がなくなるのが今日だったってだけなの。従者長、彼女を許してやって欲しいの」


「え、エルネル様!?」



 驚くイレナを手で庇う。



「見ればこの娘はまだ入ったばかりの新人に見えるの。でも厳しい選別を潜り抜けてきた、恐らく優秀な彼女が一つミスをしただけで首はあんまりだと思うの。ねえ、従者長。母様にそうお願いして欲しいの。もし問題があるなら、私がこの娘を従者として引き取っても構わないの」



「エルネル様が!? しかし……」


「お願いなの」



 エルネルは引かなかった。


 それに根負けしたのは従者長だ。



「分かりました、女王様にはそうお伝えします」



 従者長はそのままゆっくりと去っていった。


 イレナは慌てて起き上がりエルネルを見上げた。



「も、申し訳ありません。私がしでかしたミスをエルネル王女殿下に……」



 傅くイレナをエルネルは手で押しとめる。



「良いの、今後も仕事を頑張るの。あと、その壺はちゃんと片付けるの」


「は、はい!」



 エルネルは機嫌良さそうに去っていく。



 この時イレナは思った。


 あの噂は出鱈目だ、エルネル様をやっかむ者の嘘だ。


 エルネル様こそ私の主人だ。



 その後、イレナは罰としてエルネルの従者となった。



☆☆☆



「そういう事です」


「そんなこともあったの」



 二人は楽しそうに笑っている。



「……イクス様」


「シャミ、良いんだ」



 気付いたシャミは俺に言おうとしたが止めた。


 多分だけど壺割った真犯人はエルネルだろう。



 イレナは気づいていないのか、それともその時の感動で考えるのを放棄しているのか分からないが、気づいてほしい。



 話によると壺が割れた音は鳴っていない。


 そのくせエルネルは壺が割れた音がしたとか言ってやってきた。



 矛盾してるよね。


 まぁ、もし突っ込まれたら焦ってるから記憶が混濁してるの! とかなんとか言って何とかしそうだけど。



 だが、その後がまた上手い。


 場を上手く取り成した後、恩を売ることで自分に心酔させて、なおかつ罰という名目で優秀な従者を手に入るように動かしている。



 こいつ本当に頭良いな。


 やってる事自体はクズだけど1つの行動で2つも3つも成果が出るように動いている。



 イレナは鼻息荒く主の美談として語ってるし、エルネルは満足そうに頷いてるし。


 うーん……ま、良いか。



 とりあえず俺は剣を磨くことにした。


 聞いてる感じ、またこれが必要になりそうだしね。

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