第110話  趣味は森の散策と薬草集めですから!



 視界が一気に晴れた。


 荘厳なステンドガラス、沢山の蝋燭、乱れた机、そして横たわる血だらけのビネッサ。



「イクス!」



 アスラの声がした、蝋の臭いがする。


 どうやら感覚が戻ったようだ。



「上手くいったようだね」



 ホッとした瞬間。



「かふ……かふ……」



 咳き込むと口から出てきたのは血痰、そして脱力感。



「あ……れ?」



 膝から落ちた。


 アスラも身体が自由に動くようになったのだろう。


 俺に駆け寄ってきて、支えてくれた。



「イクス!? ちょっとイクス!」


「く……はは。これで、終わりだ」



 口から血を流しながらビネッサが笑うのをアスラが睨む。



「毒さ、僕は斬られたけどナイフはかすった。そう、かすってしまったんだよ。君はもう終わりだ、上等な薬を持っているようだけどこの毒を治すのは不可能さ。中央大陸にはこれの解毒薬は存在しないからね」


「イクス、しっかりして! ビネッサ、解毒薬を渡しなさい!」



 アスラの叫びにビネッサは首を横に振る。



「僕は持ってないよ。ただ、そうだね。特別に教えるならこの大陸のどこかに薬の原料はある。探すと良い。まあ、あと五分もすれば死ぬだろうけどね。はは、もう立ち上がれないだろう?」


「なんてこと……せっかく倒したのに」



「はは、僕はその顔が見たかった。結局は僕の勝ちなのさ。ははは……」


「ああ……そうだね」



 俺はマジックポーチをまさぐり草を取り出した。


 そして――



「苦っ……」



 丸めたそれをポーションで流し込むように飲み込んだが、口いっぱいに苦みが広がった。


 ――が、身体自体は徐々に動くようになってきた。


 ゆっくり身体を起こし、手足を振る。



 痺れはあるしぎこちなさはあるけど、これもじきに戻るだろう。


 隣のアスラは目を丸くしている。



「……え、あれ? 大丈夫なの?」


「うん、問題ない。ビネッサ、お前が言ったのはこれだろ」



 俺はとある草を見せる。



「な、何でお前がそれを……!?」


「ヌーイ大陸にしか生えないルーラブ草。この世界で確認されている毒のうち、即効性のある毒薬は40種類、そのうち中央大陸に生えている草木で作れる解毒薬で効くのは37種類。3種類だけ極寒の地域の雪の下でしか生えないルーラブ草を原料にしなければ作れない。水に浸けるだけで成分の抽出は可能だが、最悪それが間に合わなくても、一応草を直接飲むことで毒性の中和は可能。薬師志望なら常識だね」



 俺のどや顔に対し唖然とした表情を浮かべたのはビネッサだ。


 まさか持っているとは思わなかったのだろう。


 だが舐めてもらっては困る、俺の趣味は森の散策と薬草集めだ。



「そういえばイクス雪を掘って草を集めてたけど、それ目的だったの?」


「これだけってわけじゃないよ。ヌーイ大陸の薬草は貴重だから他にも何種類も集めたよ。これも本当は中央大陸に戻ってから調合したかったんだ。だからわざわざ苦いのに飲んだんだよ。改良する道具も時間が無かったしね」



「何でそんな……君剣使いじゃないのかよ」


「それは勘違いだね、俺の本職は薬師だ」


「……そんなに剣を使える薬師がいるか」



 一段と大きく咳き込んでビネッサは血を吐き出した。



「あー……申し訳ありません、エルゼタ様。僕はもう……あな……の……」



 瞳から光がなくなった。


☆☆☆


 夜が明けた。


 倒れていたヴァンもアスラもポーションで傷が治った。


 使役されていた街の住人達もビネッサが倒されたことで夜の間の記憶が戻ったようで、俺らが説明する手間は省けた。



 他にも俺らが遭遇しなかった街の住人達の使役の制約も解かれたようだ。


 一件落着と言ったところだ。


 ――だったのだが。



「無理するからよ」


「ごめん、元々俺の身体って人並だからそんなに強くないんだよね」



 現在俺はベッドで寝込んでいる。


 というのもあの後、眩暈と頭痛で倒れてしまった。


 毒は中和されたようなので寝て起きたらすっきりしたけど、アスラの言う通り無理は良くないね。



「……ありがとね」



 お水を貰って飲んでいるとしんみりとお礼を言われた。



「え、何が?」


「ビネッサ。雪人の仇を取ってくれたこと。私一人じゃ勝てなかったから」


「まあ、4魔ってやっぱ強いしね。むしろ制約の一つを引き受けてくれてありがとう。アスラが一つ貰ってくれなかったら俺も倒せたか分からなかったよ」


「あれは……結果的に一つ貰っただけだけど……当たりを引いたわ」



 運よく上手くいっただけってのが恥ずかしいのか、ごにょごにょと語尾が小さくなるけど、実際に全部の制約が俺に来てたら勝てなかった。だから偶然とはいえ良かった。



「それにヴァンだって頑張ったのよ、動けない私がとどめを刺されそうになった時に飛び込んでくれて」


「へえ……」



 後から聞いたのだが、ピンチに飛び込むヴァンの動きは完全に勇者だった。


 もっとも返り討ちにあったのだが、その時間稼ぎのおかげで俺の反撃が間に合ったのだから良い動きだったと言える。



「そういえばヴァンは?」


「剣が折れたから新しい剣を調達してくるって言ってたけど……」



 そんな事を話していると扉が開いた。



「おお、起きたか! イクスは強いな、助かったぞ」


「いやいや、ヴァンの活躍も……ていうか、それ何?」


「うむ、奴に振り下ろした剣を簡単に止められてしまったからな。これならと思ったんだ」



 ヴァンは一段と太く大きな大剣を持っている。



「どうだ? これは重いから次は受け止められまい」


「重さ、関係あるのかな」



 そういう事じゃない気がするんだけど……。



「わははは! さあ、イクス。ちょっと吾輩に稽古をつけてくれ。吾輩はもっと強くなってみせるぞ」


「え、今から?」


「おう、吾輩に敗北を教えてくれ」


「ビネッサに負けたじゃん……」


「病み上がりのイクスに無茶させるな!」



 その後、俺の代わりに稽古に付き合ったアスラによってヴァンは氷漬けにされ、あっさり完封負けしたのは大分面白かった。


 ともかく、これで俺は魔王軍4魔の3人目を何とか倒したのだった。

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