〔Side:Juli〕2. カフェ店員の噂


 駅前のカフェ。

 学生さんたちでにぎわう時間帯。

 取引先との仕事の打ち合わせが済んで、自社に戻る前に少し立ち寄った。


 カップに口をつけながら何気なくBGMや店内で交わされる話が聞こえてくる。

 今日は近くの席の男子学生たちがやいのやいのと騒いでいた。


 学生の話題に興味はないけれど、その男子学生たちの視線の先が少し気になった。


 「おいあれ、例の店員だろ」


 「お、けっこう美人じゃん大人っぽいし、あれほんとに同い年? もっと上じゃね?」


 「いや同い年。オレ、前にあの店員が笹原と歩いてるの見たことあっし」


 「笹原って……ああ、あのジャズ研の?」


 「そうそうロングのボブのこ。もともとあの人も同学年の生徒だったっぽくて、笹原と一瞬付き合って振ってから大学辞めたって」


 「へぇ~お前くわしすぎん? キっモ。ま知らんけど、俺連絡先おしえてもらおっかな~?」


 「キモいのはおまえもだっつの。そもそもお前が行けるわけねぇじゃん。相手レズだっつってんだろ」


 「それな。ははは」


 シノンが……女の子と、それにレズって?

 そんな訳……だって男の人と付き合って泣いていたもの……きっと噂に尾ひれがついただけなんだよね?


 私がカウンターの方を見ていたのがわかったのか、シノンがこっちに視線をくれた。

 複雑な心境でどうかえせばいいのか迷っていると、また男子学生たちが騒ぎ始めた。


 「うい、今見た? こっち見てたって」


 「やべ~オレか~。行くしかねぇかも〜」


 「お前ら単純すぎんだろ」


 「つかダメだったら傷心のオレにグランデ奢れや」


 「なんでだよ。お前が勝手に撃沈すんだろが」



 シノンのところも、こういうのが来たりして大変なんだ。

 そして相変わらず結構モテてる。


 私が足げく通ってた時もシノン目当てで来ている人はたくさんいた。

 視線が明らかに向いてたもの。

 シノンは女の子にしては背も高くて物静かで大人っぽい雰囲気がある。

 女子学生とかにらもよくキャーキャー言われていたなぁ。


 そのうちあっさり誰かとくっついたり……は、なさそう。

 シノンは今、完全にバリスタの顔をしてる。

 注文されたコーヒーを用意することだけに意識を向けている。

 そういうところが、女子からしたら憧れちゃうのかもなぁ。


 私も社に戻って引き続き頑張らなきゃね。

 飲み終えたカップを持ち上げてシノンにアイコンタクトでご馳走様と伝えて、軽く手を振る。

 シノンも少し柔らかい表情で小さく手を振り返してくれた。


 シノンの店員姿も見れたし、またやる気が出てきたから今日は残業頑張れそう。

 次の休みにだけは持ち越したくないから早く戻らなきゃ。


 気になることはあるけれど、本人の口から聞くまでは、いらない憶測はやめにしよう。

 次の休みに、少し探りを入れてみようかな。



 ――


 そうして仕事をしていると、あっという間に時は過ぎていった。

 昨晩はギリギリまで残業と戦って、無事に持ち越しゼロで休みに入れた。


 その頑張りを力説したら、シノンの包み込むような「頑張ったね」と「ありがとう」で労ってくれた。

 ソファーでシノンに寄りかかると、温かくてコーヒーの香りの手が私の髪を優しく撫でてくれた。

 「ありがとう」はこっちのセリフなのにね。

 だってせっかくの休みの日を、私のわがままに付き合ってくれるんだからね。


 疲れがすごいせいか、はたまたシノンの腕の中が心地よいせいもあって、危うくソファーでシノンに寄りかかって眠りこけてしまいそうになった。

 けれど、今日のために体力回復は必須だったので、なんとかベッドまで這っていった。



 ――


 シノンのシフト休みにかぶせて取った木曜日の代休。

 今日はどうしても行きたかった新しい水族館にシノンと行く予定なんだもの。


 めいっぱいオシャレをして一緒に出かけるのはクリスマスぶりかもしれない。


 「ジュリ、今日は誘ってくれて、その……ありがと」


 カフェで聞く少し力んだ高い声じゃなくて、緊張の滲むその顔の通りの少し高めの声。

 思えばクリスマスの時も、こういう顔をしていたのかもしれない。


 「御社こそ、本日は当社の企画にご参加いただき、誠にありがとうございます」


 「ごめん、ちょっとその営業みたいなのはやめて、どうしたらいいのかわからないから」


 「うふふっ、シノンたら珍しく緊張してそうだから、なんか新鮮で。少しからかってしまいました」


 「ウチ今そんな顔してた? ごめんね、なんかこうゆうの慣れてなくて」


 「いいのいいの。むしろその方が誘った甲斐が有るんだから、今日はもっとシノンのそういう新鮮な所いっぱいみせてよ」


 「なるべく普段通りにへんなところ見せないように気を引き締めるね」


 「逆効果!? つーれーなーいー」


 「ふふっ、ほんとに悔しそうなの何? 冗談のお返しだよ。けどお手柔らかにお願いしたいかも。ウチ恥ずかしいのとか苦手かもなんで」


「わかってるわかってる。困らせたい訳じゃなくて今日一日、一緒に楽しめたらなって思ってるよ」


「ならちょっと安心。いこっか」



 平日だから空いていることを予想していた。

 けれど、出来たての人気スポットはさすがに人が多い。

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