〔Side:Shino〕2. 恋多きルームメイト


 ジュリは外ではかなりのしっかり者で、ウチの勤めてるカフェに常連で来ていた時も、荒れた部屋や私生活のことなんて一切感じさせなかった。


 歩くことが多いからか低めのヒールに型のぴっしりしたスーツ姿。

 店内をカウンター越しに見回すと、いつ見ても彼女は姿勢正しく座っていて、だらしなく座ったりテーブルに肘をついたりもしない、常に凛とした姿はどこからどう見ても完璧なキャリアウーマンだった。


 商品を渡す時も感じの良い笑顔を絶やさず、常連ではあるけれど、クセの強くない店にとって理想的な振る舞いをしてくれていた。


 ルームシェアするようになって、一見完璧な人だと思っていた彼女もウチと歳の近い20代前半な年相応の普通の女の子で、外では常々気を張って過ごしていることがわかった。

 けれど、それを感じさせないのは彼女の努力と我慢強さやポリシーの一貫した姿勢がなせる技なのかもしれない。


「だぁって、私の会社じゃあ、だらしなくしてたらいつまでも出世も出来ないしぃ、上の立場にならなきゃいつまでたっても忙しいままなんだもん」


「うん」


「そんなの今が多少辛くても頑張るしかないじゃない」


「うん、そうだよね」


「私は仕事だって同期には負けることもないしぃ、そんだけ社内も社外でも信頼勝ち取るために実績積んできてるだよぉ?」


「うん」


「ここで気を抜くわけには行かないんだからぁ」


「うん、それで今日もがんばってきたんだよね」


「そうなのぉ! 残業減らなくて毎日泣きそうだけどぉわたし頑張ってるんだからぁ!」


「うん、そうだね。こっちおいで」


 部屋着に着替えてソファーでぐでんと横になりながらそんなふうに仕事の愚痴をこぼしている姿はルームシェアしたての頃は新鮮で、今はもうそっちの方がデフォルトになってきたけれど、外での話を聞く時にはカフェで見ていた気を張る彼女の姿が想像できて褒めて甘やかしてあげたくなる。


 でも、ジュリは本当はウチじゃなくて、誰か良い人に甘えたいんだと思う。

 ジュリは恋多きな女の子で、2か月に1回は彼氏ができたと報告される。

 仕事場も人数が多く、取引先にも頻繁に出かけるようで、出会いも多いのだろう。


 けれど意外なことに、その報告から一月もしないうちに、ジュリの口からは別れた、振られたという言葉を聞くことになる。

 そうなったら、ぽろぽろと涙をこぼしながらジュリは何があったかを話してくれる。

 ウチは少し甘めのコーヒーをジュリに淹れて、話を聞いて慰める。

 そういうことが、もう何度もあった。


 ジュリは外ではあんな風に気を張っているからか、強い女性だと思われてるのかもしれない。

 だけどジュリも女の子なんだし、彼氏には甘えたい気持ちが出ちゃうんだろうなって。


 人によってはそれでだいぶ様子が違う風に見えちゃったりもするのかも。

 ウチも最初は驚いたからたぶんそう。

 でもそうだとしても、あきらかに相手側にも問題があるよね。

 ジュリの事を受け止める覚悟もなしに、付き合いたいって言ってきてるんだから……


 付き合うって難しいのはウチもよくわかる。

 ウチもそういう覚悟もなしに誰かと付き合ったりした側だった。

 男とも女の子とも付き合ったことはあるけれど、長続きしないのはいずれもウチのせいだった。

 相手が思う付き合うがウチとかみ合わなくて、いつもウチがついていけなくなってしまう。


 ジュリの話を聞きながら、ウチにも色々と思うところがあって、しんみりしてしまうこともあるけれど、ジュリには元気でいてもらいたいから、できうるかぎり全力で慰めて励ますようにしてる。


 恋をする気持ちがいまだにわからないウチには、きっとそれ以前の問題がたくさんあるんだろうなというのは、自分でもわかってる。

 だから、今は誰かと付き合いたいとも思わないし、しかも最近は本当にろくな出会いもない。


 いっそこのままジュリとずっと一緒にいられたら最高なんだけど……ジュリが誰かと結婚してしまったら、この関係もすぐに終わってしまのかもしれない……


 これだけたくさんの人と付き合えるジュリだから、きっとその日は唐突で、あっという間に訪れてしまうのだろう。

 彼女の帰ってこない静かな生活に戻るのだとしたら、ウチは平気でいられるのかな……


 でも、彼女が納得して決めたことなら、ウチも背中を押してあげたい。

 そのためには、一人でももう少しまともな生活ができるように、資格をとって少し高い給料をもらえるようにならないと。

 そのための勉強ができる今を逃してはいけない。

 ジュリがあんなに頑張っているんだし、彼女に元気をもらえているうちに、ウチもそろそろ本気で人生を頑張らないと。


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