<第1話「始まりの縁側 ~甘い靄と失われた記憶~」を読んでのレビューです>
冒頭から音の描写が挿入され、静かな縁側の空気がすぐに立ち上がる。風鈴や団扇、衣擦れの響きが耳に届くようで、舞台の時間の流れが穏やかに固定されている。その中で交わされる言葉は親密で、しかしどこか不安定な距離感を含んでいて、読者は自然に登場人物の視線の動きや呼吸の間合いを追ってしまう。
印象的だったのは、「誰も知らん森の奥深くで、今まさに生まれ落ちたばかりの、清らかな泉みたいやなって、そう思って、見惚れていました」という一節。
視線を比喩で包み込むことで、相手の存在そのものを大切に抱え込もうとする感情が、比喩の透明感と共に伝わってくるのが心地よかった。
記憶の靄という要素が、不安でありながらも新しい物語を紡ぐ契機として描かれている点が鮮やかで、むしろその空白が二人の会話をやわらかく開いている。余白を抱えながら進む展開に、静かな期待を感じた。