ある抜け落ち断片 3 撫子
――アニメで、見た。
ふと、手の下に広がっている魔法陣を目にしたとき、アニメで見たものだという気がして瞠目した。となりにいるのは金の髪のイケメンおとこで、やっぱりアニメで見たものだという気がした。眼前、言い合う赤い髪のおとこと灰の髪のおとこも……。
あるいは、おのれが転生したものだというのもわかった。
でも、わたしはわたしがわたしであるのに絶望した。
わたしの肉体にわたしの人格が存在していて……どこまでいってもわたしはわたしでしかなく。
どうして。せっかく転生したのに絶望しかないこのザマ。
どうして。わたしがわたしのまま転生するなど意味ない。そんなのまったく意味ないことだというのに。
どうして。神さまはわたしの願いなどわかっていたのに。
そのくせ、神さまはわたしの願いなど凡そ叶えなかった。
なぜ?
そこまで恐るべき大いなるちからがあるなら、いきおい気を利かせてくれてもよかったのに。からだについてはちょっと無理だというなら、精神だけでも融通してくれたらよかったのに。
そしたら、わたしはそのままどうなってもよかったのに。わたしの人格などなくなってもよかったのに。
代わりにあなたが生まれるならよかったのに。
ねえ、にいさん。
――兄が、いたのだ。
生まれる前にいのちを落とした可哀想な兄が。
同い年の、兄が。魂はあるのにたしかな人生などなかった兄が。人間にもなれなかったほど何もなかった兄が。
そういう、兄が。兄が、いたのだ。
わたしは、想像した。
穏やかな風の中を走り回る健やかな男の子を。爽やかな空の下で歌い踊る楽しげな男の子を。物寂しい帰り道でみんなと笑い遊ぶ男の子を。まわりのみんなに愛し愛されている男の子を。
そうして、おさないわたしはいつしか夢を抱きはじめた。
わたしに代わって兄が生まれるきれいな夢を。
とはいえ、現実では露ほども叶わないのはわかっていた。そう、愚か者のわたしもちゃんとわかっていたのだ。そんなのぜったい無理だというのはちゃんと。
でも、落命したくせしてわたしは転生してしまった。
まさしく、夢の如く。
あまりにおかしなかたちでおかしなところに。
ああ。だったら、兄は?
仮に、どこかにこっそり転生しているなら結構だったが、あらゆるどこにもまったく転生してなかったなら? 産声上げなかったいのちは死んだと認定されずに、それこそ初めから転生からすら弾かれるようなら、そしたら……。
なぜ、神さまは転生するのを兄にしてくれなかったのか。
うつわがないからどうにもこうにもできないなら、わたしのからだを乗っ取るかたちでよかったのに。魔獣浄化して王国へと献身するおんながいるなら、中に納まっている人格などどうでもいいでしょう?
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。
どうして。
現実へとちっとも納得できないわたしは足掻いた。
神々しい聖女だというならどうにかできないかと。あたまの中に存在する魔術の抽斗を漁りまくって、王国きっての図書館に出向いて書を漁りまくった。
イラっとしたのはわたしを取り巻くおとこたちだ。
あいつら、支障。どころか、有害。
わたしの懸命な行動をいつでも制限してくるから。いますぐ消し去りたくなる気持ちを辛抱しながら、ニコニコしないといけないのもムカつくばかりで……。
でも、疎まれて嫌われて追い出されるのも弊害あるから。
そう、庇護してもらえるから然るべき足掻きも叶うのだ。
アホみたいなおとこたちにイラつくわたしだって、庇護ないおのれを想像できないほどバカではない。そのためだったら完璧な聖女をつづけてあげよう。そう、決断した。
とはいえ、わたしの渇望する手段の探索ははかどらなかった。
時だけを、送る。空しさに、襲われる。どうにもできない現実へとゆっくり失望しながら……。
けれども、機は来た。
限りなく意地悪な神さまも最悪ではなかったのだ。
例の、御披露目。あそこでこれ以上ないレベルの可能性に遭遇した。
闇の如き、枝世美雨。
聖女、だという。二人目の、聖女。
でも、偽物だと。
本当? あっちが王国ご所望のただしい本物ではないのか?
たしかに、例のアニメも王太子に選ばれたのは偽物だったが、枝世美雨とはもっとずっと〝違う何か〟なのでは? 偽物とか本物とかそういうものではない違う何か。そういう、気がして――
……まあ、本物でも偽物でも才能あるならなんでもいいのだ。
ともかく、
わたしがダメでも彼女だったらどうにかならない?
可能性に、気付いた。可能性が、あるのに。
故に、工作した。
わたしの望む方向へと彼女の意思を回したかった。
ので、お茶会でちょっと強引ながらもはなしをあやつり、わたしは彼女には最初からおとこのフリしてみた。想像した、兄っぽく。
おんなであるのを嫌がっている兄のフリしてみた。
憐憫きわまる可哀想なおとこであるのを強調して、有能な彼女に何か突破口が開かれるのを熱望した。そしたら、
何と、わたしのからだをおとこにしてもらえるとのこと。
ひかりを、得られた。ようやく。
男性陣に制限されずに行動している彼女だったら、いつでも冒険へと出向いていかれる彼女だったら、なにより、呪い縛られたわたしを憐れだと思う彼女だったら、からだについてはそっくり一任して問題ないはず。
なら、わたしはそのあいだに魂の方をどうにかするのだ。
兄の魂を、招く。強引でも暴挙でもなんでもいいからなんでもして。結実したなら死んでもいいから全身全霊尽くして。後に必要なくなるわたしの魂を使い潰すつもりで。
そしたら、兄の魂とわたしのからだを合体させたらいいだけ。すなわち、おとこにしてもらったからだに兄の魂を注入する。それこそ、結実。
そこから愛し兄の無二の人生がいよいよはじまる――
何という、ハピエン!
まさしく、夢のよう……!
「……ふふ」
「うん? どうした?」
首を捻る、輝翠殿下。
くだんの庭園の四阿の向かいでわたしを見ている。
わたしは、気付いた。こいつは、ブラコン。わたしと、同じ。
故に、赦す。わたしのことなどまったくどうでもいいくせして、どうにか大切にしようとしている無駄な心意気を。となりに、いるのを。
「いえ、なんでも。うふふっ」
にっこり、ほほえむ。
――ねえ、にいさん。
わたしは、おかしい?
それでも、いいのだ。わたしは、いいのだ。何が、狂っても。
精々、神々しいひかりの聖女気取ってニコニコしながら、ムカつく男性陣の庇護の元で魔術を漁りまくって、悪性だといういのちを浄化するかたちで抹殺して、切望背負ってもらえた彼女には友人だとうそぶき、
兄が転生してくる時を待ち侘びつづけてやるのだ。
未了
残念! わたしはハズレの聖女です(暗黒微笑) 崑崙八仙 禰々 @korobase
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