2 寝室にて

 ……ふむ。顔は、いいのだ。


 まず、かたちが。無駄ない、造形。どっかの彫刻家がせっせと丹精したみたいな造形美だ。


 白い肌も、すべすべ。染みなど、ない。日焼けの、跡もない。あくまで健康的な透明感がキラキラしていて瑞々しい。


 まつ毛も、長い。唇も、つややか。かたちも、いい。端正、そのもの。


 あと、赤髪。こだわりでもあるのか腰元まである鬱陶しさだったが、鮮血めかしたきれいな赤い色はたいそう似合っていた。金や銀は、違う感じ。やっぱり、赤だろう。


 すべてが、完璧。

 まったく非の打ちどころがないとはそれこそこのこと。


 さすがは、プリンス。


 典型的な日本人のおんなにとってはまさしく異邦人だ。まあ、税金たっぷり注ぎ込む手入れの賜物かもしれなくとも……。


「……ついでに、アホの子。残念だな」


 ――さて。

 ベッドに、乗り出す。頬を叩く。

「朝ですよ、紫月殿下」


 ぺちぺち、ぺちぺち、ぺちぺち、ぺちぺち……――ヌーンと、引っ張る。


「んあ……?」

「おはよう。朝ですよ」


「…………、…………!!!! ……ぎゃあぁ~~~~~~~~!!」


 叫び――壁際まで、後退した。飛び退く、いきおい。

 喚かれる。


「なっ、なっ、なっ、何だ、おま……夜這いか!? どういう、つもりで……!?」


 後退しながらシーツでからだを防御している。

 わたしは、暴漢かな?


「朝なので、来ました。というか、遅いです。この、寝坊助が」


 もう、昼に近い。弟くんは忙しなく勤労しているようだったし、やっぱりこういうところがダメダメなのでは? 


 ……まあ、わたしが口を挟むことでもないので捨て置く。わたしにこいつを更生するつもりは毛頭なく、好人物にしてやる心意気もまったくないから。

 ただ、残念がる。他人事だ。


 一方、ほんのり赤い頬でなにやら言い出すプリンス。


「おとこの、寝室だぞ……。……いいのか? おっ、おとこは、野獣だぞ?」


 ……この反応、経験あるようには思えない愛らしさなのだが。

 知らねえ。


「わたしは、巨悪です。勝てます? 野獣さん?」


 ふふっと、笑う。

 実際、わたしに何か酷い仕打ちをやらかすようなら、暗黒の魔術で成敗してやるつもりでいるから。聖女特権あるから凹っても赦されるのだもの。


「くっ。……いや。世話役は、どうした? いたよな? 聖職者の、坊やども」


 あー……。数人、過ぎった。

「あれって、なんです? 小姓さん、ってやつ?」


 わたしの世話するのが職務だという聖職者のみなさん。

 わたしの居室だとして案内してもらった部屋の隣室に、交代して不寝番もしながら物静かにはべっているよう。


「辛抱しろ。おんなは聖職者になれないのだからああするしかないのだ」


 エプロン着込んだ由緒ただしいメイドはいないというのか……なら、


「いや、です。ひとりで、結構です。なんでも、できます。ですので、クビ……ああ、ちがった。おまえら本日から国守さん専属だと命令なさってください」


「優しいな……いや、優しいか? クビとか、言ったし」

 ぶつくさ、言う。うるせえ。


「ともかく、着替えを。用が、あります」

「! へえ。……わかった。坊やども、よろしく」


 飛び出す、小姓たち。 ……いたのか。


 今朝、せっせと追い出しかかったどこかの巨悪とはちがって、高貴な王子は遠慮なく聖職者に着替えを一任していた。

 さすがは、王太子だ。恥なんて、ない。


「おい……おまえは、スケベか。少々、品がない」


 チラッと、見られた。

 おおっと。


「失礼。ここまできれいな肉体だとあんまり現実味がないのでつい……」


 見入った。

 本当、きれいだ。さすがは、イケメン。からだも、芸術品だ。お世話をされても恥じ入るところがないのは納得しかない。


「…………、……ふん」

 そっぽを、向かれた。だが、つづける。


「ちなみに、ここまでくるにはなんらか手引きを〝悪用〟したはずだが?」


 そりゃあ、そう。わたしはおとこの寝室へと無理やり押し入る暴漢ではない。わざわざちゃんと偉い人に了承もらってこうしているのだ。

 浮かんだ、かの人物――


「ええ、あなたの後ろ盾をしているものだと挨拶してきたおとこが」


 ――いた。先刻、出会った。


 ザ・イケおじ。

 見た目は、よかった。おじさんでもイケメンだというのにびっくり。


 但し、まばゆい聖職者のローブをまとっていたのに、常ににやつく顔が神聖さを帳消しにしていた。王太子が聖女だと見做したわたしに一助して、いきおい取り入りたいのが明らかな顔だった。


 遠慮せず、乗ったが。悪党でも、使ったが。


「くそ。あの、下衆司教……」


 おお。やっぱり、下衆。

 そういう、気はした。なら、


「寧ろ、黒幕では? 第二王子まわりのやつらをいびっていたのを拝見したので。絶対、よろしくないことしていらっしゃる腹芸きわめた人物かと。ふふ、なんらか暴走やらかさないかとちょっとワクワクしますね」(ニチャア)


 よくいる、悪役。ザ・佞臣。


 何か、ともかくなんでもかんでも悪いことたくらむ悪いやつ。かがやく第二王子たちへと勝機ないケンカを吹っ掛け、いずれはわたしたちと断罪くらってもらえる残念大物。


 実際にはおたがいほぼほぼ迷惑しかない関係だったが、そういう人物には否応なくワクワクしちゃうわたしだ。


 めっちゃ、ときめく。


「どういう、顔だ……。……たしかに、下衆だよ。だが、後ろ盾だ。いかなる方面でも何もできない俺に失望しないで、脱法スレスレながらもあれこれがんばるおとこだ」


 ……ふむ。

 となると、黒幕の一党が暗躍しながら内政しているのだろう。


 日々、第二王子たちから悪口あっこうくらって叩かれて詰られて、それでも。ポンコツなど壁に飾ることしかできないのだから。

 泣かせる。がんばれ、黒幕。


 着替えが、終わった。


「……はあ。っで、どうした? 何の用だ?」

 

 よし。

 ずいっと、乗り出す。


「はい。では、冒険です」


「!?」


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