第2話
翌日。
朝、目が覚めて私は学校を休もうと思った。
だけど、ここで休んでは補習の後のご褒美にありつけないかもと思い、気怠げな体を起こし身支度をすることに。
朝に登校するか否かの葛藤をし続けた結果、いつもは8時過ぎに到着するが今日は授業が開始される5分前に到着することに。
勿論、担任である藤峰先生に心配されてしまった。
咄嗟に『寝坊』と嘘を吐き、その場を凌いだ。
情けない。まだ彼氏とは決まったわけじゃないのに……。
「……さん」
来るだけ態度には出さないようにしないと。心配されたら困るし。
「……せさん」
つも通り。いつも通りに先生のことを考えて授業を終わるのを待つだけ……。
「早瀬さん!」
大きく、強い感情が籠った声が私を現実に引き戻す。
目線の先には、先生からの心配の眼差しとクラスメイト達からの視線だった。
「あっ、えっと」
小さく溜息を吐き、頭を抑える先生。
「体調が悪いなら、保健室にどうぞ。無理して受けてもらわなくて結構です」
「……はい」
消えるような声で返事をし、私は席を立った。
自分の足音が異様に響いているように感じる。
まるで私1人しかこの教室に存在しないかのようだ。
その後、保健室の先生に事情を説明して、1時間ほど寝かせてもらえる事に。
何やってるんだろ、私。
保健室の天井を見上げながら考える。
はっきり聞けば解決なのに。
心のどこかで迷っている自分を感じる。
答えはわかっているのに、問題を敢えて解かない。
ゴールが見えているのにも関わらず、一歩手前で立ち止まる。
そんな感覚だ。
先生、あの人といい雰囲気で凄く笑顔だった。私たちには見せない顔。
ああ、そうか。
きっと、先生には幸せになってほしいんだ。あの空間を壊したくないんだ。だから私は……。
右腕を瞼に当て、小さくため息を吐き、数回鼻を鳴らした。
もう、どうでもいいかも……。
◆◆◆
「早瀬さん」
聞き慣れた声で、私は目を覚ました。
重たい瞼と体を起こし、声が聞こえる方を見る。
「せ、先生!」
「具合はどうですか?」
やばい、私どれくらい寝て。いやそれより髪の毛ボサボサかも。あっ、涎垂れてないよね。寝起きの顔見られるの恥ずかしすぎる!
ゆかりは勢いよく、布団の中へ潜り込んだ。
「だ、大丈夫です。寝たら治りました!」
「そうですか。良かったです」
「……先生」
「はい?」
「もう少ししたら教室に戻ります。だから」
「そうですか。では……」
今は駄目。先生と一緒にいると胸が苦しくて、顔を見れない。いつもみたいに冗談も言えない。少しでも距離を。
「何かありましたか?」
不意の言葉にドキッとするゆかり。
「……この聞き方は駄目ですね。遠慮する必要はありません。早瀬さんの思いを話してください」
「嫌、です」
駄目。駄目。この思いを言葉にしたら先生は幸せにならない。不幸になるのは私だけでいい。
「話して、どう受け取るかは先生次第ですよ。変な気遣いは要りません」
少し考え、言葉を発しようとする。だが、それをグッと飲み込んだ。
「……先生って彼氏いますか?」
「……今、なんと?」
勢いよく布団から飛び出し、大声で尋ねるゆかり。
「だから、先生は彼氏いるんですか!?」
「い、いませんけど」
「そうですか。ありがとうございます!」
確認をした後、ゆかりはそそくさと保健室を出ていった。
「気にしすぎだったかしら」
先生がいないって言うなら、きっとそうなんだと思う。仮に嘘でも私はそれを壊したくない。だからこの方法がベストなんだ。
保健室から離れたことを確認し、体を伸ばす。
「ふぅー。今日も補習がんばろ」
決して完璧とは言えないが、ゆかりは残り2日間の補習を終えることができた。
「それじゃあ、藤峰先生の所へ報告に行ってね」
と補習監督の先生、校内で一番緩いと言われる木下(きのした)先生に促された。
「はい!」
補習が終わったからか、それともご褒美をもらえるからか。その足取りはとても軽く空でも飛べるかもしれないと錯覚するぐらいだった。
「失礼します。藤峰先生はいますか?」
時刻はすでに19時を過ぎている。職員室は生徒対応疲れか、単に退勤した先生たちで人が少ないからなのか。一段と静まり返っている。
「はい。無事補習は終わりましたか?」
そんな静寂から先生の声が聞こえ、こちらへ歩いてくる。
「もっちろんです!」
「そうですか。では」
「ちょ、ちょっと!」
私はすかさず先生の袖を掴む。
「ご褒美はないんですか?」
「……常識の範囲内ですよ」
「はい! 先生の時間を一日ください!」
「生徒と一緒に出かけるのは」
「ち、違います! 大学の見学を一緒に着いてきて欲しいんです」
ふふっ、これなら先生と合法的にデートができる!
「なる、ほど。分かりました」
「それじゃあ、さよなら!」
「はい。気をつけてください」
唖然とする先生を横目に私は正門へ向かって歩き出した。
藤峰家
「ただいまー。あっ、お兄ちゃん」
「ふぉかえりー」
「行儀悪いよ。口の中無くなってから話してよ」
机の上に置かれているおかず、と言ってもコンビニに売っているおつまみだらけだが。
それを口に運びながら私に話しかけてくる。これが兄なんて無理。と内心思うが案外優しい部分もあるので、なんとも言いにくい。
「細かいなー。妹よ。それよりあれは?」
「はぁー。はい」
袋からビールを取り出し、手渡す詩帆。
「ほんとにこれでいいの? わざわざ休みの日に着いて来てもらったお礼が」
「いいんだよ。それより詩帆も飲むか?」
「……飲む」
「お! 珍しいな。でもその前に着替えてこいよー」
「分かってるよ」
荷物を置き、疲れ切った体を私はなんとか動かす。
だけど、心のどこかに嬉しさがあるのを感じる。きっとお酒があるからかな?
重い鎧のようなスーツを脱ぎ、自宅に帰ってきた安心感とプライベートへの気持ちを切り替えようとするが、私はある事を考えてしまう。
早瀬ゆかりさん。少し様子を見ないと危ないかも。でも今日の彼女はいつもより……。
ああ、まただ。
自宅に帰って来たのにも関わらず、仕事のことを考えてしまう。
悪い癖だとは思うが、日々の生徒を見ていると成長ほど嬉しいものはない。例え小さな成長でも。
「っ! 薬飲んだのに、効いてないのかな」
と頭を抑え、頭痛薬のパッケージを見る。
寝不足かな。まあ明後日は休みだし頑張ろう。
「詩帆―、無くなるぞ」
「今、いくー」
今日は少しだけ楽しもう。後は明日の私が何とかしてくれる。
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