第二章 痕跡
アダムと並んで大広間を出た所で、私は再び呼吸を整える。
ルナスティアの身体から出た闇の残滓の匂いを思い出し、吐き気が込み上げてくる。
私は壁に手をつきながら、どうにか平静を保つ。
「パーシモン、大丈夫かい?」
アダムが私の顔を覗き込む様にして言う。
「平気だ」
「でも……」
「平気だって言ってるだろ。お前も、あの闇女には近づくなよ」
「わ、分かってるよ。本当にあいつが魔王だったら、何をされるか……」
アダムはぶるっと身体を震わせる。
(あの馬鹿女が魔王である訳が無い。だが、だとすれば妙だ……)
炎・氷・雷──
その三つの基本属性以外にも、属性が存在する。
それは『光』と『闇』だ。
この二つの特殊属性にだけ、実は絶対的な法則がある。
それは、世界に一人しか存在しないこと。
基本属性を『持つ者』に対し、光と闇の属性を持つ者は『統べる者』と呼ばれる。
『統べる者』は三属性すべてを操れるだけでなく、その特殊属性固有の魔法も扱える。
この『統べる者』が死んだ時、その力は必ず別の誰かに宿る。
世界創生から続く、不変の理だ。
だが、その真実を知る者は少ない。
属性の識別が入学時に行われるのは、世界で唯一、このウィザーウィッチ魔法高等学校だけだからだ。
戦術魔法を専門とするこの学校では、属性教育が必須となる。
魔物の弱点を突き、その攻撃から身を守るために。
他の魔法学校に進んだ者、あるいは魔法教育を受けなかった者は、自分の属性を知らないまま生涯を終える事が多いだろう。
だからこそ『統べる者』と認められた人間は皆、この学校から現れる。
最初は四十年前。
私がこの学校に入学した時だった。
組分けの儀で、私の身体が柔らかな光に包まれた瞬間、周囲からは崇拝の様な眼差しが注がれた。
私は世界でただ一人の、『光属性』の持ち主。
それだけで、まるで神の化身を見るかのように、生徒からも教師からも敬われたものだ。
そしてその数年後、もう一人の『統べる者』が現れる。
今度は『闇属性』。
入学式の壇上で、一人の少年の身体から漆黒の闇が溢れ出した。
温かな光に包まれた私とは真逆の、おぞましいその光景に、生徒たちは恐怖した。
容赦ない蔑称が次々と彼につきまとった。
卒業後、彼は周囲の人々から逃げる様に、人里離れた深い森へと消えた。
そして沢山の魔物を従える、本物の化け物へと成り果てた。
人々は彼を『魔王』と呼んでいる。
光属性の統べる者は私一人。
闇属性の統べる者は魔王一人。
それが世界の理のはずだ。
(なのに、何故ルナスティアが闇属性と識別された?)
(まさか、魔王はもう死んでいると言うのか?)
(……いや、そんなはずが無い)
(もし魔王が死んでいれば、とっくにこの身の"呪い"は解けているはずだ)
ルナスティアから感じ取った闇の匂いを思い出すたび、私の全身を拒絶反応が満たしていく。
あれは紛い物では無い。
あいつは間違いなく魔王と同じ、闇属性を持っている。
この不快感が消えるまで、私に安息は訪れない。
きっと今後の計画にも支障を来す。
一分でも早く、一秒でも早く、
私はルナスティアを消さなくてはならない。
*
入学式の後は、学内の購買部で一人ずつ『杖選び』が行われる事になっている。
ウィザーウィッチの伝統的な風習だが、杖の特性や相性などは特に考えてなくていい。
杖など所詮は道具。
成長に必要なのは、日々の学習と鍛錬だけだ。
行列が出来る前にさっさと購買部へと向かい、私は適当な魔法杖を手に入れた。
この学校に入学する者は皆『上位魔力持ち』と呼ばれる優秀な者だけで構成されているが、それでも元の私の身体の魔力量と比較すれば、このパーシモンの身体は雲泥の差だ。
むやみに魔法を連発することは出来ない。
一応、杖無しでも魔法は撃てるが、かける対象が存在する場合や、緻密な魔力操作が必要な魔法は、杖有りの方が安定する。
私は物陰に隠れ、ためしに呪文を詠唱してみる。
「トランスピア」
自分の身体がスッと消えてゆく。
これは透明化の魔法だ。
だが、この魔法を使って行動する事は出来ない。
何故ならウィザーウィッチには、昔から『悪戯防止』のシステムが備わっているからだ。
転移の魔法で異性の寮に直接飛ぶ事も出来ないし、学内通貨のウィザーを複製の魔法で増やすことも出来ない。
この透明化の魔法も、そのシステムで制限される魔法のひとつだ。
このまま動きを止めていれば透明のまま居られるが、指の一本でも動かせば瞬時に解除されてしまう。
例外があるとすれば「攻撃の魔法」と「変身の魔法」だが、ウィザーウィッチの三年生がいかに優秀であろうと、いかに強大な魔力を秘めていようと、教師ならばあっさりと制することが出来てしまう。
それは生徒が教わる魔法に、魔法庁が定めた『制限』があるからだ。
魔法学校は自由の様で、実は自由に魔法を学べる場では無い。
多くの魔法が存在するこの世界において、教師が生徒に「教えていい」とされる魔法はわずか百八十。
その誓いを破り、教えてはならない魔法を教えてしまうと、教師はただちに職を失い、生徒はその記憶を消される。
かつてこの学校の教師だった私に対しても、そのルールは例外では無かった。
生徒のために教えたい魔法は山ほどあったと言うのに。
戦術や生活にとても有用とされる魔法でさえ、魔法高等学校教育の対象外となっており、何度も魔法庁に直談判をした事もある。
しかし許可が下りた事は一度も無かった。
私は『統べる者』ではあったが所詮、雇われの身であり、上の者に対しては無力だった。
もちろん教職を諦め、個人として指導を行う事も出来ただろう。
だが実績も名誉も無い者に師事しようとする者など居るはずも無く、実績と名誉を得るには多額の資金が必要だった。
私の家系は不幸にも貴族でも無く、純血の一族でも無い、ごく平凡な家庭だった。
父は早くに亡くなり、母は俗に言う放任主義だ。
だがその母に弟は甘やかされて育った。
身体が弱い、ただそれだけの理由で母からの愛情を強く与えられていた。
身体の強い私は弟を嫌悪した。
別に母の愛情が欲しかったわけでは無い。
自分より力の無い者が特別扱いされている事が許せなかっただけだ。
その柔らかな寝台で守られている、か弱い存在が──。
(……くだらない)
些末な事など、今はどうでもいい。
一歩足を踏み出すと、やはり学内のシステムが機能したのか、即座に透明化は解除されてしまった。
私が居た頃も、今も、まったくこの制限は変わっていない様だ。
つまり裏を返せば『制限外』の魔法であれば、自由に使う事が出来るということ。
私には豊富な魔法の知識がある。
おまけに他人の身体に憑依していても、私自身の属性、つまり光属性の魔法を使える様だ。
私は改めて杖を掲げた。
「ルミエラ・レフラクタ」
身体が、ぼんやりと淡い光に包まれる。
光の屈折を操り、術者の姿を周囲の人間から認識出来なくなる魔法。
特殊属性であるがゆえに、学内のシステムに阻まれる事も無い。
難点として、効果中は他の魔法が使えなくなるため、決して戦闘向きでは無い。
おまけに魔力の消耗が激しく、この身体の魔力量では五分が限度だろう。
その五分の間に再び購買部に向かい、職員の横を通り抜け、奥の保管庫へと忍び込む。
魔法を付与可能な、空の魔法石を二つ、拝借する。
自らの手を汚さず、そしてより確実に、
あのルナスティアを葬り去るための、道具だ。
*
その一時間後。
ウィザーウィッチの中庭では、二人の女子生徒が熾烈な戦闘を繰り広げていた。
一人はルナスティア=リリー。
もう一人はこの学校の三年生で、生徒会長のリータ=リビングストンという女子生徒だ。
彼女らの前に居るのは、七体の鳥型の魔物。
硬い羽毛に覆われ、鋭い爪を持つ醜悪な姿。
甲高い鳴き声を、中庭じゅうに響かせている。
きっと昨夜の嵐で結界が弱まった隙に侵入し、生徒が通りかかるまで潜んでいたのだろう。
魔物とは言え、三年生が居るなら容易に狩れる程度の小物だ。
おまけにリータは生徒会長というだけあって、成績はトップクラス。
圧倒的な力の差が、既に見えている。
「ルナブリーゼ!」
リータの詠唱が中庭に響く。
瞬時に生成された氷の刃が、風を切り裂きながら地を打つ。
魔物の足元が凍りつき、動きが鈍る。
「マキシブリーゼ!」
続けざまにリータが、氷属性の上位魔法を詠唱する。
今度はより大きな氷刃が回転しながら、複数の魔物を同時に凍てつかせる。
一瞬で三体が氷像と化す。
詠唱の度に、中庭の温度が下がっていくのを感じる。
地面には霜が降り、彼女らの吐く息も白い。
「私もやるよっ!」
ルナスティアが左手で杖を構え、魔物に向けて手を伸ばす。
「ブリーゼッ!」
小さな氷の欠片が数個、頼りなく飛んでいく。
「あれっ?」
「もっと集中しなさい! 魔力が杖の先端に流れる様に意識するのよ!」
リータが指示を飛ばしながら、優雅に次の魔法を放つ。
氷の槍が魔物の胴体を貫通し、黒い血が飛び散る。
「ブリーゼッッ!」
ルナスティアの二度目の詠唱。
人差し指ほどの細い氷刃だったが、今度は正確に魔物の眉間を貫き、巨体はゆっくりと倒れ伏した。
「やったあ!」
初めて魔物を倒した興奮で、彼女の頬が紅潮している。
彼女が喜んでいる間に、リータが杖を横に振り払う。
美しくも残酷な吹雪が、残りの魔物を包み込む。
魔物たちは断末魔すら上げる間もなく凍結し、そして粉々に砕け散った。
陽光を反射しながら、粒が地を濡らした。
私はその光景を、中庭の手前にある生徒寮の屋根から見下ろしている。
あの後ルナスティアは、校舎にも購買部にも現れなかった。
いつの間に生徒会長と知り合ったのか。
いつの間に自分の杖を手にしたのか。
いつの間に氷の魔法を覚えたのか。
(……などと、考える必要も無いか)
これから死にゆく者の行動など、どうでもいい。
私は杖を天に掲げた。
杖先に禍々しい魔力が集まり始める。
(この娘が力をつける前に、葬り去るのみ!)
「スペリア・インカレクタ」
詠唱とともに、空に黒い亀裂が走る。
真っ先にそれを察知したリータが、すかさず空を見上げる。
上空に展開された結界が軋み、そして──ガラスが割れた様な音を立て、一部が砕けた。
巨大な魔獣が、その隙間から中庭に向かって勢いよく降下してくる。
「ブリーゼ!」
「マキシブリーゼ!」
二人は魔獣が地に降り立つ前に反応し、即座に氷の魔法を解き放つ。
氷の刃は、魔獣の前でパアン!と弾け、すぐさま消し飛んだ。
「ええっ!?」
「まさか、氷の魔法が、効かないなんて……!」
当然だ。
この魔獣には氷属性だけで無く、三属性すべてを無効化する、防御魔法の魔法石を仕込んでおいたのだから。
*
数分、激しい攻防が続いた。
無属性魔法に切り替えて戦い始めたリータだったが、その魔力は次第に限界に近づいていた。
おまけに魔獣のブレスを防ぐために展開した防御魔法の効果も、切れかかっている。
「ごめんなさい……、ルナスティア、私は判断を誤った」
縦に杖を構えたリータの手が震えている。
額には滝の様な汗が浮かんでいる。
魔獣が咆哮し、リータとルナスティアの前に展開された青い障壁に、亀裂が走り始めた。
「雑魚だと侮らず、さっさと先生を呼びに行けばよかった。そうすれば、こんな事には……」
ルナスティアは、黙ったまま視線を落としている。
今の時間帯、新入生は皆『杖選び』の列に並んでおり、それが終わった者から学内を見学中だ。
教師達もその対応に追われている。
上級生は自主学習時間のため、特別な用事でも無い限り生徒寮からの外出を禁じられている。
運の悪いことに、本校舎にも生徒寮にも防音結界が施されているため、何が起こっているのか、たまたま外に出て中庭付近までやって来た新入生でも居ない限り、気付かれる可能性は低い。
いずれルナスティアが単独行動した際にこの魔獣を襲わせるつもりだったが、まさかこんなにも早く機会が巡ってこようとは。
「……もう防御魔法が持たない。私の魔力も残りわずかよ。攻撃出来るのはあと一回」
リータは杖を両手で支える。
「ルナスティア、聞いて。この防御壁が崩れたら、すかさず魔獣に魔法を叩き込むから、」
彼女は薄く微笑むと、
「その間に貴女一人で逃げて、すぐ先生を呼んで」
ルナスティアは目を丸くする。
「でも、それじゃリータさんが!」
「生徒会長として生徒を守る。それが、」
リータは杖を振り、攻撃魔法の準備を行う。
「私の役目だからっ……!」
魔獣が再び咆哮する。
障壁は完全に壊れた。
同時に、
「レベーナッ!!!」
リータの全魔力を込めた無属性の衝撃波が、空気を震わせながら放たれる。
地面が抉れ、小石が舞い上がる。
ドガッ!
飛びかかろうとしていた魔獣の顔面に直撃し、巨体がよろめく。
「何をしているの! 早く行って!!」
「……私は、逃げない」
ルナスティアは凛とした声で言い放つ。
「ルナスティア!!」
「逃げたくない!」
ルナスティアは叫んだ。
「馬鹿、死ぬ気っ!?」
魔獣は既に体制を立て直している。
怒りで目を血走らせ、口から炎を滴らせながら、
その巨体が、殺意を纏って膨張していく。
リータは絶望に歪んだ表情で、魔獣を見る。
「下がっていて、リータさん」
ルナスティアはリータを右手で庇いながら、魔獣の前にゆっくりと立ちはだかる。
そして左手で構えた杖が、淡い紫色を帯び始める。
「ルナスティア、貴女、一体何をっ……」
「基本属性を無効化する魔獣、それなら」
ルナスティアの瞳が、一瞬、深海のような青に染まった。
いや、青を超えた、もっと深い、何かに。
彼女は魔獣を真正面から捉えると、杖を掲げた。
「デスペゴ!!」
彼女の詠唱と、魔獣が牙を剥いて飛びかかるさまは、ほぼ同時だった。
時が止まったかのような一瞬。
魔獣の爪が、ルナスティアの眼前まで迫る。
だが──
次の瞬間、魔獣は空中で停止していた。
いや、違う。
魔獣の全身が、内側から崩壊し始めていた。
最初は、小さな膨らみだった。
皮膚の下で何かが蠢き、押し上げ、突き破ろうとしている。
プツリ、プツリと不気味な音を立てて、魔獣の体表に黒い点が浮かび上がる。
そして──
ズブリッ!
無数の黒い棘が、体内から突き刺さった。
まるで内側に別の生き物が潜んでいたかのように、
影でできた槍が、肉を裂き、骨を砕きながら外へと伸びていく。
魔獣の目から、口から、傷口から。
あらゆる穴という穴から、黒い棘が生え続ける。
グチャリ、グチャリと湿った音が響く。
血ではない、もっと黒く濃密な液体が飛び散る。
魔獣の口から、けたたましい断末魔が放たれる。
喉からも棘が生え、その声すら漏らす事は許されない。
棘は成長を止めず、枝分かれし、さらに細かい棘を生やしていく。
まるで呪われた茨のように、魔獣を内側から完全に侵食していく。
最後に、バキバキと乾いた音とともに、
魔獣だったものは、黒い棘の塊となって、地面に沈み込んだ。
「……ごめんね」
ルナスティアは小さく呟くと、杖で宙を二度切る。
黒い塊はそのまま霧の様に消滅し、その跡に魔法石が一個、転がった。
*
(……まさか、まさか、あの馬鹿女が、)
魔獣の立っていた場所が、焦げ跡の様な染みと化している。
(……ルナスティアが、闇属性の魔法で、魔獣を倒したと言うのか……!?)
魔王が闇魔法を使う姿が、私の脳裏によぎる。
炎とも氷とも、雷とも構造が異なる、黒く、歪で、まるでそれは、
生物を殺すためだけに存在するかの様な、殺戮の魔法──。
私は恐怖に震え、すかさずルナスティアに杖を向ける。
(この娘は危険だ)
(生ぬるい手段を選んでいる場合では無い、早くこいつを、殺さねば……!)
狙いを定めようとした瞬間、私の右手から、杖が弾き飛ばされた。
(何だっ!?)
右手に痺れを感じる。
何者かが、私に攻撃を仕掛けている。
(校舎の、屋根か!?)
咄嗟にそちらへと視線を向ける。
しかし本校舎の屋根は生徒寮よりはるか高い位置に存在するため、ここからでは襲撃者の姿がまったく見えない。
視線の先から、キラリと何かが光った。
その刹那、雷の様な鋭い二撃目が、目深に被った私のフードをかすめる。
(くそっ、くそっ、一体、誰が私の邪魔をっ!)
フードを抑えながら、ルナスティア達のいる中庭に視線を移すと、ようやく騒ぎを聞きつけたのか、氷クラスの担任コリス=コリンズが駆けつけた様子だった。
三撃目の魔法の気配をすぐ耳元に迫っているのを感じ、鳥肌が立つのを感じる。
撤退するしか無かった。
私は舌打ちをしながら転がった杖を手早く拾い、転移魔法で校舎内へと飛んだ。
*
その日の深夜、生徒寮。
同室のアダム=アロンは寝静まっている。
私が睡眠の魔法で眠らせた。
朝まで目を覚ます事は無い。
規則正しい寝息だけが、静寂な部屋に響く。
私は黒いローブを纏いフードで顔を隠すと、そっと窓から抜け出し、中庭へと向かった。
月明かりが、静まり返った中庭を照らしている。
虫の音すらしない。
まるで、何かが全ての生命を怯えさせているかのように。
「ライティア」
杖の先がぼんやりと光る。
淡い灯火が、戦闘の痕跡を浮かび上がらせた。
魔鳥が散った痕跡は僅かに残されていたが、魔獣の方は死骸が見つからず、一欠片の皮すら残っていない。
地面には、黒い染みだけが残されている。
まるで、存在そのものが消し去られたかの様だった。
膝をつき、その黒ずんだ地面に手を翳す。
微かに、闇の魔力の残滓が感じられる。
濃密で、純粋で、そして──、
懐かしく、憎き匂い。
間違いない。
これは闇属性の魔法の痕跡だ。
風が吹き、黒い染みから微かな粒子が舞い上がる。
まるでそれは、死の灰の様だった。
顎に手を置き、考える。
光と闇の属性を持つ『統べる者』は、それぞれ世界に一人だけの存在だ。
特殊属性の魔法は魔法学校で教えられるものでは無く、呪文が掲載されている書物も存在しない。
『統べる者』は、"自然と"それらの魔法を使える様になる。
唱えるべき時が来た時、頭の中に詠唱すべき呪文が浮かぶ。
一度でも使ってしまえば、次からはその詠唱を繰り返すだけでいつでも使える。
(あの生徒会長の女を守ろうとして、偶然、撃ててしまったのか……?)
私は、夜空に向けて杖をかざす。
「イルミナ・モルテムタ」
詠唱とともに杖の先端がパッと光り、光の翼が宙に浮かぶ。
わずかに地面に残った魔獣の粒子が、翼に吸い込まれる。
翼は羽ペンの様に高速で動き回る。
光の軌跡が、少しずつ像を結び始めた。
最初に現れたのは、少女の輪郭。
薄い桜色のショートヘアー、左手に握られた杖。
そして──決意に満ちた、青く光る瞳。
ルナスティア=リリーの顔。
光の翼は、彼女が詠唱する瞬間を克明に描き出していく。
黒い靄が、まるで生きているかのように蠢き、魔獣へと伸びていく。
パリン、と音を立てて、光の映像が砕け散る。
私の手元には、その光景が、一枚の写真として残された。
ルナスティアが闇魔法を放つ、その瞬間を捉えた証拠。
闇属性の魔法は、この女の杖から放たれたものに間違いなかった。
魔獣を跡形もなく消し去った、凄まじい威力の闇魔法。
『偶然、撃ててしまった』というレベルで片付けられるものでは無い。
初めての魔法で、ここまでの威力のものは撃てない。
容易に殺せる気がしなかった。
奴と対峙すれば、確実に借り物の身体である私の方がやられる。
(どうにかして、不意打ちを狙うか……)
いや、それも賢い選択では無い。
私の攻撃を妨害した者がいるからだ。
まだ右手に残っている僅かな痺れ。
その者もまた、相当な手練だ。
隙を見せればルナスティアを殺す前に、私が消される可能性が高い。
妨害者は、奴の仲間なのか。
それとも無関係な存在なのか。
何も分からない。
いずれにせよ、私は詰めを誤った事を悔やむ。
自らの手を汚す選択を怠ったがために、
失敗どころか、この身体が奴に対する恐怖まで覚えてしまった。
保険として二つ目の魔法石を別の場所に仕掛けておいたが、それもきっと失敗するだろう。
失策だった。
しかし幸い、まだ誰にも、私の姿は目撃されていない。
このまま新入生の一人として潜伏し続け、次の機会を窺い続けるとしよう……。
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