ルナスティア - The Luminous Dark Side -
kotonoha*
第一章 選別
この小説は、フリーゲームRPG『ルナスティア -忘却の少女と魔法学校-』を『黒幕視点』で描いた物語です。
魔王の正体、黒幕の正体など、本編に関する重大なネタバレを含みますので、ゲームをプレイしてから読むことをお勧めします。
※ 一部、本編と台詞や設定が異なる部分があります。
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何とも懐かしい光景だった。
桜の花びらが舞う中庭。
古い石造りの建物から漂う湿った土の匂い。
新入生たちの緊張が生む、微かな魔力の残り香。
<ウィザーウィッチ魔法高等学校>の入学式だ。
(かつて新入生を迎える側だった私が、今度は迎えられる側に回ろうとはな……)
奇妙な感覚だったが、意外と悪くないものだ。
「どうかしたの?」
黙ったままでいる私の顔を、隣にいた女子生徒が心配そうに覗き込む。
紫色の長い髪が、春風に靡いている。
「……いや、別に」
私は薄く笑い、彼女の名を俺の記憶から手繰り寄せる。
「お前は確か、フレンダ……だったよな」
「何? そのよそよそしい態度。私たち、中学からずっと同じクラスでしょうが」
「あぁ悪い。随分と大人になった、って思ってな」
私にはこの女の記憶は一切無いが、私が『憑依』しているこの男の記憶から、彼女の情報を引き出す事は出来る。
彼女の名はフレンダ。
この身体の持ち主の友人で、今日からこの魔法学校に入学する新入生仲間だ。
大人になったと言われたからか、フレンダは上機嫌だ。
「あら、貴方が褒めてくれるなんて珍しいわね! この春からお化粧を変えてみたのよ」
「ああ、よく似合ってるさ」
「パーシモンも今日は何だか大人っぽいわよ。まるで五十代の風格ね」
「褒め言葉じゃ無いだろ、それ」
私は苦笑しながら、フレンダを小突く真似をする。
彼女はペロッと舌を出しながら、頭を抑える真似をする。
そうして私は『俺の性格』と『俺の交友関係』を理解する。
そうして私は『成績の悪い男』と『成績の悪い女』の会話を演出する。
吐き気がするほど耐え難い猿芝居だったが、ある目的のために私はこれから『俺』、
つまり、パーシモン=パルロッティという名の男を演じなければならない。
パーシモンの中にいる私──セト=セレスティンには、己の身体が無い。
他人と会話が出来ないどころか、姿すら認識されない幽霊の様な存在。
そんな身体で出来るのは、
他人の身体に触れることと、
こうして他人の身体に憑依すること。
とは言え、適合する身体を見つけ出すのは大変だった。
体格が一致する人間、というのが第一の条件。
心に隙のある人間、というのが第二の条件。
魔力を持つ者、というのが第三の条件だ。
魔力量にやや不安はあるが、パーシモンはその全てを満たした、最適な器だったという訳だ。
「ねえ」
不意に背中から声をかけられる。
振り返ると、桜色のショートヘアーの女子生徒が立っていた。
パーシモンの記憶に無い娘だ。
きっと初対面なのだろう。
魔法使いを目指しているくせに、彼女は『持たざる者』の愛用品であるスマートフォンを手にしており、満面の笑顔で私たちに声をかけて来た。
「私、ルナスティア=リリー。魔法学校、楽しみだね!」
*
唐突にルナスティアと名乗った少女は、悪戯っぽい笑みでスマートフォンをこちらに向ける。
「やあやあ、幸せそうなお二人さん。記念写真はいかが?」
「待って、私たち、別にそういう関係じゃ無いから!」
フレンダは苦笑いする。
「私はフレンダ。こっちはパーシモンよ。同じ中学時代のクラスメイトなの」
「そうなんだ、今日からよろしくね。フレンダ、パーシモン」
「ああ、よろしくな」
すかさず私は笑顔を作り、答える。
ルナスティアはスマートフォンで撮影した写真を私たちに見せに来た。
私は自然な笑顔を作れていることを確認しておく。
「ルナスティア、と言ったか。写真が趣味なのか?」
「あっ、ごめん、映るの苦手だった? 嫌だったら削除するけど」
「いや、別にいい」
「ウィザスタにはアップしないから安心して。これは、思い出フォルダ行き」
ウィザスタと言うのは、若者の間で流行しているSNSの事だったか。
いや、今は私も若者か。
「思い出フォルダ?」
「そう。青春時代は短いのです」
そう言いながらルナスティアはフレンダの肩に手を回し、今度は二人で自撮りを始める。
(やれやれ、こいつも『成績の悪い女』か)
私は彼女らに聞こえぬ様、溜息をつくと、校舎へと歩く新入生たちの姿を見つめた。
間もなく、入学式が始まる──。
*
大広間を、赤や青の花火が駆け巡る。
壇上のウォルター校長は、愉しげにその魔法を操っている。
「ウィザーウィッチ名物、"迎え花火魔法"だ」
不思議そうに花火を見つめるルナスティアに向かって、私は小声で囁いた。
「この花火を目にした者は今日一日、幸運に恵まれるというジンクスがあるそうよ」
フレンダはうっとりとした表情で、舞い上がる花火を見つめている。
私は十七年前まで、この魔法学校の教師だった。
そのさらに数十年前から、この風習が行われる様になったという。
だが「幸運に恵まれる」などといった噂は、最近になって生徒達の間で広まったものだ。
ただの花火魔法に、その様な効果などある訳が無い。
私にとって魔法とは武器だ。
教師になる前、旅先で三十体の魔獣に囲まれた過去を思い出す。
杖を振るうたび、死を作り出していく。
力弱き魔物は次々と死んでゆく。
頭上で花火が弾ける度に、あの魔獣の血飛沫を思い出す。
あの時の赤い雨は、いま目の前で舞う幻想的な光よりも、ずっと鮮やかに見えた。
生徒たちは皆、幸運を願って花火を見上げていた。
「綺麗だね」
ルナスティアの無邪気な声が、私の思考を断ち切る。
「ああ、そうだな」
私は気のない返事をする。
「そろそろ組分けが始まるみたいだよ」
と、反対隣の席に居たメガネの男子生徒が、小声で話しかけてくる。
「僕はアダム=アロン。あだ名はハカセ。よろしくね」
「うん、よろしくね、ハカセ」
とルナスティア。
このメガネの生徒も『パーシモンの友達』の様だった。
クラスは違ったが、中等学校時代の同級生だ。
やがて、壇上に三人の教師が現れた。
この魔法学校は生徒達の体内の属性によって、炎・氷・雷の三つのクラスに分けられる。
大雑把に言うなら、炎属性の生徒は炎の魔法を、氷属性の生徒は氷の魔法を、雷属性の生徒は雷の魔法を使うことが出来る。
あくまでも氷や雷属性の人間は体内から炎を生成することが出来ないというだけで、魔道具を使ったり、無属性魔法を上手く組み合わせることで炎をおこす事自体は可能だ。
壇上に現れた三人は、各属性の戦闘魔法の授業を担当する。
新入生は入学から一ヶ月の間、戦術の基礎を身につけるために、授業は戦闘魔法のみ。
学内は結界で守られているが、一歩でも校外に出れば、野生の魔物が出現する事がある地域だ。
魔物は魔力のある場所で生まれ、魔力を糧とする。
凶暴な魔物の中には、人間の身体を食料とする個体もいる。
魔力が集まり、魔法の未熟な者の集う魔法学校は、奴らにとって格好の餌場だ。
戦い方を知らない者は、それだけで命を落とす事になる。
そのため、このウィザーウィッチでは戦闘魔法の優先度は非常に高い。
フレンダとアダムが、ずっと黙ったままの私を不思議そうに見つめていた。
どうやらパーシモンは、饒舌な性格らしかった。
無言のまま物思いに耽っているというのは、きっと『俺』らしく無い行動なのだろう。
何か喋らなければ。
「おっ、あの青髪の先生、美人だな」
私は適当な言葉を吐き出すことで、二人の目を壇上に向けさせる。
壇上に立っている三人の中で、もっとも長身の女性。
氷属性クラスのコリス=コリンズのことだ。
教師時代の私が直接受け持った生徒では無かったが、当時のウィザーウィッチで首席で卒業した優秀な生徒。
成績のいい者ほど、記憶に残っている。
彼女の凛とした表情、この距離からでも仄かに感じる魔力の質。
あの頃と変わっていない。
「ねえ、あっちの銀髪の先生、すっごくイケメンじゃない?」
フレンダは目を輝かせて壇上を見つめている。
「あの人は雷属性クラスの担任、サンドラッド先生だね。確か副業でミュージシャンをやってるみたいだよ」
アダムが眼鏡に指を当てながら解説する。
サンドラッドという男の顔に見覚えは無い。
まだ新米だろうか。
銀髪をガッチリとセットした若い教師だった。
服装も魔法学校の教師とは思えないほど、着崩している。
私の時代には、このようなふざけた教師は採用されないだろう。
時代が変わったのか、それとも見かけによらず優秀な男なのか。
「ねえ、ルナスティアはどの先生がいい?」
フレンダがルナスティアに問いかける。
ルナスティアは黙ったまま壇上を見つめている。
「ルナスティア?」
フレンダは彼女の視線を辿る様に、壇上を見た。
ルナスティアは、赤髪に黒いローブをまとった、まるで少女の様な風貌の女を見ていた。
血の様に赤い髪と、心の奥まで見透かされそうな彼女の青い瞳。
この教師の事も、私の記憶にある。
他の生徒に心を許さず、いつも図書館の窓際で静かに本を読んでいた彼女。
だが実戦訓練の場では彼女の右に出る者は居ないと恐れられていた、ウィザーウィッチ最強の魔法生。
何十体もの魔物を、初級の炎魔法で一瞬で焼き尽くした、彼女の名は確か──、
「ファフィ=フレメル」
その名を先に呟いたのは、ルナスティアだった。
純血一族の出身で、いまや世界最強の魔法使いとして、知らない者は無いと言われる有名人だ。
二つ名は『紅炎の魔女』。
紅炎、という言葉を心の中で復唱した時、私の記憶の奥底が疼いた。
十七年前。
雨の夜。
深い森の奥。
私の足下には、魔王が倒れている。
勝利を確信した私が、彼に背を向けたその瞬間、灼熱の炎が地面から吹き出し、私を呑み込んだのだ。
ほんの一瞬でも転移魔法が遅れていたら、即死を免れなかったに違いない。
すべてを焼き尽くさんとする、地獄の業火の様な火炎魔法。
あれは私に敗れた魔王の最後の抵抗だったのか。
それとも魔王に飼われていた魔物の仕業だったのか。
正体不明のあの炎を思い出すたび、私の心臓は早鐘のように打つ。
永遠に消すことが出来ない。
忘れることが出来ない。
あの圧倒的な、死の気配を。
「確か凄い先生だよね、新聞で何度も名前を見た気がする」
ルナスティアは興奮気味に話し始める。
「ああ、彼女が魔法で紡ぎ出す炎は、世界一と言われているのさ」
アダムも興奮した表情だった。
「私は世界一の魔法使いよりも、世界一のイケメンの方がいいなあ」
フレンダは、再び壇上のサンドラッドに視線を戻した。
「さあ、それでは諸君らの組分けを始めようか!」
壇上のウォルター校長が、高らかに告げた。
*
「パーシモン=パルロッティ君、炎クラス!」
拍手の音が鳴り響く。
炎クラスに組分けされた私は、同じクラスになった連中に向かって笑顔で手を振る。
入学前、憑依したこの身体に『属性識別の魔法』をかけて確かめており、この結果は分かりきっていた。
それは憑依している『中の私』の属性が識別されてしまわないかどうか、確かめるためでもあった。
当面はこのパーシモンの身体を使って目的を果たし、その後は不要になったこの身体を処分する予定だ。
とは言え、殺した後に死体を消し去ってしまうのは、魔法庁の連中に永遠に所在を調べられてしまうため、愚策でしかない。
洗脳魔法でもかけ、廃人にしてしまうのがいいだろうか。
それとも自殺に見せかけて……。
考え事をしながら壇上から降りたところで、私は思わず声を上げそうになった。
黒い、影の様な化け物が、大広間の中央から生えていたのだ。
(何だ、こいつ……!?)
化け物は人の上半身ほどの大きさで、頭部らしき部分には眼窩だけが並び、その奥で赤い光が明滅していた。
まるで影そのものが実体化したかのような、おぞましい姿。
微動だにせず、まるで床に根を生やしたように、ただそこに存在している。
化け物はこちらを見ていなかったが、私は反射的に視線を逸らした。
「良かった、パーシモン、同じクラスだったね! 三年間、よろしくね」
先に組分けを終わらせていたアダムが、嬉しそうに駆け寄って来た。
「なあ、あの化け物……」
「パーシモン? どうかした?」
アダムはきょとんとした顔で、化け物が生えている方向へと目を向ける。
「何か気になる人でも居たかい?」
彼は訝しげに尋ねるが、私は言葉が出ない。
(まさか、あいつの姿が、誰にも見えないというのか!?)
化け物のすぐ傍には沢山の生徒が居る。
しかし彼らは素知らぬ様子で談笑を続けている。
教師達も誰一人、床から生えたその異形の存在に気づいていない様子だった。
(始末するか? しかし杖無しで、誰にも見えない化け物に、私の魔法が当たるのか?)
(いや、誰にも気付かれずに始末する事は不可能だ。目的を果たす前に、騒ぎを起こす訳には……)
再び化け物の姿をチラリと見る。
一瞬、視線が合いそうになり、私は気付かない振りをした。
「パーシモン」
突然、背後から声をかけられ、心臓が跳ねた。
振り向くとルナスティアだった。
この女とは出来れば、会話をしたくなかった。
目的のために、なるべく交友関係は最低限にしておきたいのだ。
『俺の記憶』に無い女の情報を、新しい情報として頭に入れたくない。
別のクラスに組分けされることを望むばかりだ。
「どうしたの? 顔色、悪いよ?」
ルナスティアが私の顔を覗き込んでいる。
「何か見ていたの?」
「いや、別に、何でもねえよ」
「ははあ、分かった、"元カノ"だなー?」
「はあ?」
ルナスティアは額に右手をかざしながら、化け物の居るあたりを楽しそうに観察し始める。
この馬鹿女にも、あれの姿が見えていない事は明らかだった。
「言ってろ」
私は不機嫌にそう返し、アダムの横に立った。
と、また拍手の音。
組分け中の壇上で、ちょうどフレンダが雷クラスに選ばれた所だった。
振り返ると、黒い化け物は相変わらず同じ場所に鎮座し続けている。
あの赤い光だけが、生きている証のように明滅を繰り返していた。
(野生の魔物は、結界で入れないはずだ……)
(それなら、あいつは教師の誰かの使い魔か、それとも……)
壇上から戻って来たフレンダに、ルナスティアが駆け寄って行く。
「やったねフレンダ! "迎え花火"のおかげじゃない?」
「ルナスティア、たとえクラスが離れても、私達はズッ友だからね!」
「もう、まだ離れると決まったわけじゃ無いし!」
二人は軽口を叩きながら、笑い合っている。
*
「それでは最後に、ルナスティア=リリー君、前へ」
組分けもいよいよ最後だ。
ルナスティアは緊張した表情で、壇上の椅子に腰掛ける。
ウォルター校長が彼女に向かって、そっと杖を向ける。
属性識別の魔法。
炎属性ならば赤、氷属性ならば青、そして雷属性ならば黄の光が、身体を淡く照らす。
属性は基本的には一人につき一つだけだ。
ルナスティアは両手を膝の上で組み、祈る様に目を閉じている。
最後の一人だからか、大広間が沈黙と緊張感で静まり返る。
「エレメンティア」
ウォルター校長の杖が、詠唱とともに光る。
淡い光線の様なものがルナスティアの身体に触れ、パシッと小さく弾けた。
十数秒経過しても、識別の光は灯らない。
生徒達がざわつき始める。
私はアダムを見る。
彼は「失敗かなあ?」と囁きかけてくる。
属性識別はそれほど高レベルの魔法では無い。
教師であれば、誰にでも使えるものだ。
「どうやら力みすぎたらしい。私にも、ルナスティア君の緊張が移ったのかも知れないね」
校長はおどける様に生徒達に言うと、数人が笑った。
ルナスティアは目を開き、照れた様に微笑むと、フレンダの方に手を振った。
フレンダも手を振り返す。
「それじゃ、気を取り直して……」
ウォルター校長はゴホンと咳払いし、改めて杖を構えた。
ルナスティアは、もう目を閉じなかった。
校長の杖先を、凛とした表情でじっと見つめている。
「エレメンティア!」
先程よりも一段大きな詠唱が大広間内に響く。
その魔法に、力強い魔力が込められているのが伝わる。
その時だった。
パァン!という鋭い音とともに、壇上の両側に立てられていた燭台が弾け飛んだ。
破片が宙を舞い、前方にいた女子生徒達から悲鳴が上がる。
だが、その声は始まりの合図に過ぎなかった。
ルナスティアの身体から突如、何かが溢れ出したのだ。
最初は細い糸のような黒い靄。
それが一瞬で奔流となり、生きているかのように蠢きながら広がっていく。
窓から差し込んでいた陽光が、まるで食われるように消えていく。
黒い霧は天井を這い、壁を侵食し、床を飲み込んでいく。
「何、これ!?」
フレンダが思わず叫んだ。
生徒たちが一斉に後ずさる。
私も思わず後ずさってしまう。
誰かの絶叫が響き渡る。
誰かが転び、誰かが逃げ出そうとする。
だが闇は速い。
あまりにも速い。
まるで生きた影が獲物を捕らえるように、広間全体を支配しようとする。
「クリアベール・デスペーリア!」
ウォルター校長が杖を掲げ、叫ぶ様に詠唱する。
浄化の魔法だ。
黒い霧が、彼の杖へと吸い込まれてゆく。
どんどん吸い込まれてゆく。
すべての霧が吸い尽くされるのを見届けた後、慌てて校長はルナスティアに駆け寄る。
壇上にはまだ薄い靄の様なものがかかっているが、彼女は無事だった。
だが、椅子の上で言葉も無く呆然としていた。
「校長……先生……、私……私は……」
声も絶え絶えの彼女の身体からは、黒い煙の様なものが立ち上っている。
「だ、大丈夫さ、心配は要らない、きっと私の魔法が上手くいかなくて……」
「闇属性よ」
校長の言葉を遮る様に壇上に現れたのは、
『紅炎の魔女』の二つ名を持つ教師・ファフィ=フレメルだった。
*
「闇、属性……?」
絶叫を発していた生徒たちは既に静まり返っており、ルナスティアの弱々しい声が大広間によく響いた。
「かつて、貴女と同じ属性を持つ者が居たわ」
ファフィは不敵に笑うと、ルナスティアの肩に片手を乗せる。
「その者は深い森の奥に身を潜め、多くの魔物を従えて、世界中を恐怖に陥れていたの」
そこまで言うと、彼女は生徒たちの方へと振り向く。
「魔王として、ね」
大広間は生徒たちの悲鳴で、再び騒然となった。
『魔王』
それは私をこんな哀れな姿に変えた、憎き者の名。
魔王と同じ闇属性を持つ女が、いま目の前にいる。
この闇が存在する限り、私の憎しみは消えない。
この手で絞め殺したいほどの衝動に駆られる。
私は、歯が折れるほどの勢いでギリギリと歯噛みしながら、彼女を睨みつける。
「待って、私は、魔王なんかじゃ無いっ!」
ルナスティアが壇上で訴える。
だが、彼女の周囲をいまだに纏わり続ける霧の様な闇は、なかなか晴れない。
それはまるで、彼女の言葉を否定するかの様に。
「だって、魔王って十七年も前に死んだんでしょ!?」
悲痛に叫ぶ彼女と目を合わせようとする生徒は、誰一人居なかった。
「実は死んでなかったんだろ」
「魔王の生まれ変わりかも知れないわ」
「いや、魔王の手下か、娘かもよ」
「私も、こいつに殺されちゃうのかな……」
何人かの生徒が、ルナスティアに聞こえる様に口走っている。
「静かにしないかっ!」
氷クラスの担任、コリス=コリンズが声を荒げた。
「入学式はこれで終了する! 今からお前達を教室へと案内する。以後、先生方の指示に従う様に!」
「はーい、皆さーん、こちらですよー」
「炎、氷、雷クラスの順で、三列に並んでね」
生徒達は三人の女性教師によって誘導され、仕方なく、ぞろぞろと出口へと歩き始めた。
ルナスティアは、立ち尽くしているフレンダの元に向かって、ゆっくり歩み寄る。
「フレンダ、あ、あのね……」
「……来ないでよ……」
「えっ」
「近づかないでって言ってるの! 汚らわしいっ!」
フレンダは逃げる様に出口へと走り去っていく。
「フレンダ……」
ルナスティアは救いを求める様に、私の方に向き直る。
「パーシモン……」
私は静かに呼吸を整えると、ルナスティアを睨みつけ、言った。
「二度と俺に話しかけるな、闇女が」
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