第53話 許しと涙【シンシア視点】

 父の書斎を出て、私は庭園へと足を踏み入れた。


 夜の帳が降り、月明かりが庭園を淡く照らしている。

 冷たい夜風が私の頬をそっとなでる。

 先ほどまで父の書斎で話していた内容が、私の頭の中でぐるぐると渦巻いていた。

 父が言葉を詰まらせたこと、そして、私が初めて彼に怒りをぶつけたこと。

 そのすべてが、夢だったかのように、しかし、現実だったと信じられないほど私の心の中に重くのしかかっていた。


 ――父は、私を愛していたからこそ、私を見放した。

 ――私を、自らの力で生きるように、そう願っていたのだ。


 その言葉は、私の胸に突き刺さった。

 長年抱えてきた孤独と悲しみが、一気に解き放たれ私はその場で膝から崩れ落ちた。

 父の真意を知った今、私は、もう泣くことしかできなかった。

 それは、悲しみの涙ではない。

 長年の苦しみから解放された、安堵の涙だった。


(どうして……どうして、もっと早く言ってくれなかったの……?)


 心の中で叫ぶ。

 だが、唇は動かなかった。

 喉の奥に、言葉にならない叫びが詰まり、息をするのも苦しい。

 私は、ただ、声にならない嗚咽を漏らし続けた。


 そのとき、背後から足音が近づく。

 私は顔を伏せたまま、何も言わなかった。

 父は無言で立ち止まり、そして――不器用に、私を抱きしめた。


「……泣かせてしまったな」


 低い声が、頭上から落ちてくる。

 私は嗚咽の合間に、どうしても言わずにはいられなかった。


「ずっと……ずっと、私を嫌っているのだと思っていました」


 父の腕が、わずかに震える。

 その腕の震えが、父の心の内を語っていた。

 しばし沈黙が落ちたのち、かすれた声が返ってきた。


「嫌うものか……お前は私の誇りだ、シンシア」

「なら、どうして!どうして、もっと早く言ってくれなかったのですか?」


 涙で濡れた声で叫ぶ。

 父は苦い顔をして、しかし真摯に答えた。


「言葉にしたら……お前は私に甘えてしまうだろう?強くあってほしかった。誰にも屈せず、自分で立ち上がれる娘であってほしかった。私は……それだけを願っていたのだ」

「……私は、ずっと、一人だったわ」

「分かっている。だからこそ……本当は、何度も声をかけかけた。だが、口を開けば父に守られていると思わせてしまうのではないかと……恐れていた」


 父の声が揺れている。

 あの厳格な父が、こんなにも不器用で、弱い人間だったとは。

 胸の奥に溜まっていたわだかまりが、少しずつ解けていくのを感じた。


 私は涙を拭い、ようやく小さな声で言った。


「……馬鹿なお父様」


 父は短く息を呑み、そして少しだけ笑った。

 強く、けれども優しく、抱きしめる腕に力がこもる。


「娘にそう言われるのは……悪くないものだな」


 私は声を上げて泣いた。

 長年抱えてきた孤独と悲しみが、一気に解き放たれた瞬間だった。


 しばらくして呼吸を整えた私は、父の胸から顔を上げる。

 その視線の先には、ずっと私を支えてきてくれた人物――エリオットの姿があった。

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