第6話 どん兵衛銀河紀行:パートのおばちゃん編

1. 絶望的なパンク寸前(地球出発3年後)

 宇宙の闇の中にひときわ明るく光る星があった。近づいて見てみるとそれは気密ドームと居住区で構成された円盤状の巨大な宇宙船だった。気密ドームの大きさは100ヘクタール(約10,000平方メートル)はあるだろう。

 居住区には売店が併設されていて居住区の上は宇宙船の駐機場になっている。駐機場の隅にはかなりくたびれたニャンタッキ-8号が留まっている。売店の入り口のレーザー看板には「どん兵衛印の宇宙野菜」「産地直営特売中!」と輝いていた。

 地球を飛び立ってちょうど3年が経過した頃、どん兵衛の宇宙どん兵衛農園は、銀河系の約三分の一、227種族の猫ファースト社会を維持する生命線となっていた。彼の宇宙野菜は必需品であり、各惑星からの注文は止めどなく殺到していた。

 どん兵衛は、収穫と出荷に追われ、疲労困憊していた。モニターには無数の注文が点滅し、ショッピングセンターにあるカートによく似たボディに目と2本の腕をつけたような格好の5台の支援ロボット「メガニャンダーS」が献身的に働いていた。だが余りの忙しででメガニャンダーSの処理能力は限界を超えていた。

「ニャー!もうアカン!このままでは、せっかく築いた猫ファーストがパンクしてしまうニャ!オレ様の知恵でも、この物量の管理は無理ニャ…」

 どん兵衛は箱詰めした段ボール箱にガムテープをひたすら貼りながら叫んだ。箱詰めした野菜入りの段ボール箱をメガニャンダーSが3機の配達用無人小型円盤に運び入れている。宇宙どん兵衛農園のコンピューターの処理能力ではこれ以上メガニャンダーSを増やすことはできない。それでも3機の配達用無人小型円盤に段ボール箱を詰め込むと小型円盤を発進させた。円盤は配達が終わると再び宇宙どん兵衛農園に帰ってくる。

「ふ~やれやれ。これで一息つけるニャ。円盤が帰ってくるのは4日後だニャ。それまでに次の配達分を用意しないとニャ」

 その時、売店のチャイムが鳴り響いた。店にお客が来たらしい。どん兵衛はため息をつくとがま口のイラストがプリントされた前掛けをして店への引き戸をガラガラと開いた。

「へい、らっしぇい…」

 どん兵衛はもみ手をしながらお客を見た。そして愕然とした。店には3匹の大柄な猫がいた。異様な容姿から惑星ニャニワに居るボッチボチと呼ばれる猫だとすぐにわかった。

 惑星ニャニワはすぐ近くの惑星だが以前、どん兵衛が猫ファーストで支配した惑星ニャトロンの外交官から惑星ニャニワは大規模な公害で惑星全体の大気も海も汚染されている。そしてニャニワのおばちゃんは手強い。あまり近づかない方が良いと言われていたので放置していた。


2. ボッチボチのおばちゃん参上と無茶な値切り

 ど派手なアニマル柄の服を着たボッチボチ猫たちは、店に入るなり、宇宙船の排気ガスさえ吹き飛ばすような強烈な関西弁で、どん兵衛に襲いかかった。

ボッチボチA(リーダー格): 「あんたがどん兵衛はんやな!ウチらの星、公害で食いもんがないんや。あんたの野菜、ごっそり買うたるで。特売ってホンマやろな!」

どん兵衛: 「え、ええと、特売…は、やってるけど…」

ボッチボチC(スカーフ): 「ちょっと!どん兵衛はん、あんた男前やな!ベッピンさんのウチらがお客さんやで?サービスせなあかんで!」

どん兵衛: 「ニャッ!?な、何言うてんのニャ!?」

 ボッチボチたちは、店先に並ぶホログラムの野菜のうち至福のキャベツを手に取り、無茶苦茶なクレームと値切りを始めた。

ボッチボチB(眼鏡): 「ちょ、あんた!これ、ホログラムやからって舐めとったらあかんで!ここに虫食うてる跡見えとるやないの!?」

どん兵衛: 「ニャーッ!?ホログラムに虫食い跡なんてありえへんニャ!言いがかりや!」

ボッチボチA:「なんやこの人参、鮮度が悪いなぁ。古いんとちゃうの?」

どん兵衛:「いや、ホログラムに鮮度って…」

ボッチボチC:「黙っとき!アンタ、顔色悪いわ。こんなしんどそうな顔してるのに、ウチらに元気玉を分けてくれへんのかいな!あんたの野菜は、もっと愛想をつけなアカン!」

 どん兵衛は口論で全く勝てず、完全にタジタジになった。しかし、その時、彼はボッチボチの瞳の奥に、故郷を救いたいという純粋な願いと、寂しさを感じ取った。

ボッチボチA: 「そうや!ベッピンさんの値切りや!ほら、これ、お土産!頑張ってるあんたに、アメちゃんあげるわ!」

 ボッチボチAは、どん兵衛が用意する予定だった飴ではなく、自分のポケットから取り出した個包装の飴を、有無を言わさずどん兵衛の手に握らせた。


3. ハード契約と農園の混沌化

 どん兵衛は、口論でも、ベタな褒め殺し(?)でも、全くボッチボチのおばちゃんたちに勝てない。

「公害で食べ物がない?何でニャ」

 どん兵衛が恐る恐る聞くとボッチボチ達はマシンガントークで話し出した。しかしその内容はほとんどがゴシップネタでどん兵衛にはよく理解できなかった。公害について全容がわかった頃にはすでに30分が経過していた。

 惑星ニャニワはほとんどが海の惑星だ。ボッチボチ達は小さなニドツ-ケ島に住んでいる。

 200年前にボッチボチ達は人口増加に対応するためにニドツ-ケ島の山を削り海を埋め立てて島を拡充した。畑も居住区にした。畑を失った彼らは食糧を大量生産するために食料生産工場を建てた。海水にいるプランクトンによく似た生物を原料にした「ニャイレント緑色」と呼ばれる合成野菜を生産している。ニャイレント緑色はいろいろな料理の食材として使用できた。サラダにもシチューにもなった。しかしやはり本物の野菜の味にはほど遠かった。

 そして工場の設備が老朽化すると合成野菜の生産量が減ってきた。急遽、工場をいくつも建造したがどれも煙突から大量の有害な煙を出し海にも汚染物質を垂れ流した。無計画な食糧増産計画で惑星ニャニワの大気はスモッグで汚れ空気清浄機がないと外には出られなくなってしまった。すさまじい環境破壊だ。海も汚染されニャイレントの生産量がかなり減少した。おかげでニャイレント緑色の価格は高騰した。

 ボッチボチのおばちゃん達は家計を助けるために自家用の宇宙船で近所の惑星に食料調達に行っていたが宇宙船の老朽化で余り遠くの惑星には行けなくなってしまった。困っている時にどん兵衛の宇宙農園を見つけたのだ。

 どん兵衛はやっと話が終わるとかなり疲労困憊していた。どん兵衛は宇宙野菜のビジネスチャンスだと感じた。しかし惑星ニャニワに宇宙野菜を卸すとすると今の宇宙どん兵衛農園の生産キャパを完全に越えてしまう。

ボッボチA:「あんた、わたいらの星を救ってくれへん?これだけごっつい宇宙農園を作れるんやったら公害なんか屁ぇやろ?」

どん兵衛:「そんなことを言われても俺は農夫やし…。今は野菜の収穫と野菜の出荷で手を離せないニャ」

ボッチボチ:C「あんた、関西弁を喋るんやったら徹底し!」

どん兵衛:「関西弁って…。俺は地球の奈良県の出身ニャ」

ボッチボチB:「どこでもかめへんわ。私らの星を救ってぇな」

 ボッチボチのおばちゃん達の迫力に負けてどん兵衛は考えた。大気と海が汚染されていると言うことは土壌もかなり汚染されているだろう。

 過去に開発した空気清浄用のトマトが使えるかも知れない。しかしそれには少し研究が必要だ。出荷作業が終わったが次の出荷のための収穫とそれが終われば種まきもある。

 どん兵衛は腕を組んで考え込んだ。引き戸からメガニャンダーS4号が不安そうに覗いている。

ボッチボチB:「あんた、何を悩んでるの?悩んでるちゅうことは何か方法があるっちゅう事やな」

どん兵衛:「ま、まぁニャ…。でも忙しくてそれどころやないニャ」

ボッチボチ:A「手ぇ離されんのやったらええ事教えたるわ」

どん兵衛:「ん?どんな?」

ボッチボチB:「わてらが3日間、ここを手伝ったる」

ボッチボチ:A「しやしや。どうせお父ちゃんが帰ってくるのは3日後や」

どん兵衛:「お父ちゃん?あぁ旦那のことニャ。まさかここに泊まり込みする気ニャ?」

ボッチボチ:A「アホ。通勤するんや。3日あればええ考えが浮かぶやろ。3日間ここのパートとして来たるで。ここの空気はニドツーケよりうまい」

ボッチボチ:C「Aちゃんの旦那さんはニドツーケでいっちゃん偉いんやで」

 ボッチボチ達がパートタイマーとして働くと言う申し出にどん兵衛は驚いた。想定外の話の進行になってきた。

どん兵衛:「パ、パートってそんないきなり言われても…」

ボッチボチA:「ほな明日から来るさかいにな。ここまでの通勤時間は30分もあれば十分や。しやから就業時間は9時から17時やな。休憩時間は12時から1時間の7時間労働や」

「勝手に決めないで欲しいニャ。時給とかは?」

 どん兵衛はオロオロしながら聞いた。雇い主と従業員の立場が逆転している。

ボッチボチA:「時給か。しやな、そこのキャベツと人参でええわ」

「ニャー!わかったニャ!あんたたちに、この農園の全てを任せるニャ!ただし、汚染浄化までは、新鮮な野菜は持って帰る権利だけニャ!」

ボッチボチ:B「なかなか話の分かる猫やな。ほな明日から来るわな」

ボッチボチ:C「今日の野菜の代金は給料の前払いと言うことで」

 ボッチボチのおばちゃん達はべちゃくちゃ喋りながら自分の円盤に野菜を積み込んだ。3機の円盤が飛び去ると宇宙どん兵衛農園に静寂が訪れた。

「なんや?何がどうなったんニャ」

 あまりの一方的な展開でどん兵衛は半ば放心状態になった。正直、明日からパートが来るのは助かる。しかしイチから作業を教えるのは難しい。作業の足を引っ張られたらどうしよう。どん兵衛は急に不安になった。3日間で汚染除去用のトマトも改良しないと行けない。もしできなかったらボッチボチのおばちゃん達は軍隊で農園を乗っ取るかも知れない。

 とりあえず、明日のためにパートを向かい入れる準備をした。タイムカードを設置しトイレをきれいに掃除した。休憩室も掃除機をかけ給湯器やレンジも用意した。

どん兵衛は夜はトマトの改良に集中することになるだろう。そうすると5台のメガニャンダーSや農園のメンテナンスができなくなる。

 どん兵衛はニャンタッキ-8号から最小限のアビオニクスと生命維持装置のコンピューターを残してコンピューターを取り外した。そして宇宙どん兵衛農園のコンピューターに接続した。どん兵衛宇宙農園のリソースを増やしたのだ。つぎにどん兵衛はメンテナンス用のロボットを作った。2足歩行のヒューマノイド型のメガニャンダーM(Maintenance)だ。ニャンタッキー8号から取り外したコンピューターをメガニャンダーMの制御に使用した。

 翌日、3機の円盤が時間きっかりに宇宙どん兵衛農園にやってきた。駐機場にいびつに円盤を駐機させると3匹のボッチボチのおばちゃん達が相変わらずキャーキャー言いながら降りてきた。今度は店から入ってくるのではなく作業通路から宇宙どん兵衛農園に入ってきた。

ボッチボチA:「おはようさん。今日からよろしくね」

「お、おはようニャ」

 どん兵衛はとりあえず作業場に案内した。5台のメガニャンダーSがすでに作業を始めているがチラチラとボッチボチのおばちゃん達を見ている。

「タイムカードはこれニャ。ロッカー室はあそこで作業衣も用意してあるニャ。休憩室はそこで、トイレはあっちニャ」

ボッチボチC:「トイレは男女にわかれてるんやろな?」

「いや、ここは俺一人やから男女兼用ニャ」

ボッチボチB:「なんやて?デリカシーのない作業場やな。これやったら時給アップやな」他の2匹のボッチボチも頷いている。

 作業に入るとボッチボチ達は、初日とは思えない手際の良さで作業を始めた。どん兵衛があれこれ指示を出したが午後にはどん兵衛の指示の方が間に合わなくなるほどだ。予定表に従って野菜を収穫し惑星ごとにまとめていく。それを段ボール箱に梱包して出荷用作業室に積んでいった。配送用円盤が帰ってきたら段ボール箱を貨物室に搬入していく。メガニャンダーSでも段ボール箱を2個運ぶのに苦労しているところをボッチボチ達は4箱も担いで貨物室に運び入れている。

 2日目、予定よりかなり早く作業が進んでいる。宇宙野菜の収穫、仕分け、梱包、出荷の全てを、コテコテの関西弁の号令の下、メガニャンダーSさえも凌駕する速度で回し始めた。

「よっちゃん(メガニャンダーS4号の事)!あんた、またボケとるんか!さっさとプロテンテン詰めんかい!あんた、ほんまええ加減にしときや!」(作業効率が限界突破)

 メガニャンダーS2号が段ボール箱に野菜を詰めていると突然頭に衝撃が走り目のレンズが飛んだ。恐る恐る後ろを見るとボッチボチBが手に紙製のハリセンを持って睨んでいる。

「にこちゃん(メガニャンダーS2号の事)!あんた、ダンボールの詰め方、センスないわ!もっとキッチリ詰めんかい!カボチャと大根の隙間にほうれん草を入れたら効率的やろ。もう一回やり直し!」(他のメガニャンダーS達はその様子を見て慌てて設計性能を上回る能力で作業を始めた。それにより作業効率が20%向上)

「どんちゃん(どん兵衛の事)、もっと効率よくキチキチに苗を植えんかいな。こことそこの隙間に人参を植えられるやろ。頭使いや」(どん兵衛、指摘を受け、植え付け方を修正)

「この農園はちょっと狭いな。もっと拡張したるわ」

 ボッチボチたちの技術と勢いは凄まじく、彼女たちはあっという間に農園を構造上の限界を超えるほどにむちゃくちゃな方法で拡張した。材料は肥料の入っていた空の袋やガムテープまで建築資材として使ってギチギチに農園を広げた。

 メガニャンダーMがメガニャンダーS2号の目のレンズを修理しながら不安そうにボッチボチ達を見ている。

 野菜の収穫、各惑星からの注文の仕分け、梱包、出荷は、彼女たちの怒涛の関西弁と超人的な効率によって順調に回るようになった。

 ボッチボチのおばちゃんたちは、口では常にどん兵衛の行動や能力をボロカスに言いながらも、その献身ぶりは驚異的だった。

 2日目の午後には、宇宙どん兵衛農園は、ボッチボチのおばちゃんたちのみで回る、完璧な物流センターへと変貌を遂げた。終業時間になるとどん兵衛はラボに隠りほとんど徹夜で清浄用のトマトの研究をしていた。メガニャンダーMも孤独にどん兵衛農園のむちゃくちゃな拡張部分の補修作業をしていた。

 3日目は収穫、梱包、出荷作業が予定よりかなり早く作業が終わったので野菜の種の蒔き方を説明した。メガニャンダーSが蒔き方を指導していた。種の蒔き方、育て方は高度な技術が必要だがメガニャンダーSが完全に記憶していた。しかしそれらもボッチボチのおばちゃん達は完璧に学習していた


4. クリーントマドンブリの完成と出発

 ボッチボチのおばちゃんたちがパートとして働くことになってから3日目の夕方。

宇宙どん兵衛農園は、もはやどん兵衛が知る農園ではなかった。通路はビニール紐で仕切られ、メガニャンダーS達は目の下にクマを作りながら、設計上の限界を超えた速度で作業を続けている。ガムテープで補強された栽培ドームは、まるで巨大な張り子の虎のようだ。しかし、野菜の収穫量と箱詰め効率は、実に50%も向上していた。

 夜を徹して研究を続けたどん兵衛は、ついに汚染除去用の新種トマトを完成させた。その名も、クリーントマドンブリ。

「ニャー!できたニャ!このクリーントマドンブリがあれば、ニャニワの大気も海も、すべて浄化できるニャ!」

 どん兵衛が誇らしげにトマトを見つめていると、ちょうど定時である17時を告げるチャイムが鳴り響いた。

ボッチボチA: 「はい、終了や!どん兵衛はん、時間きっちりやで!残業は環境破壊の元や!」

 ボッチボチのおばちゃんたちは、作業服を脱ぐと、たちまち普段のド派手なアニマル柄の服に戻った。

ボッチボチC: 「いや~、働いたわ!体がギッシギシや!あんた、ウチらの給料は?」

「わ、わかってるニャ!これが至福のキャベツと忠誠の人参ニャ!」

 どん兵衛は約束通り、最高品質の野菜を大量に差し出した。おばちゃんたちは野菜を検品すると、すぐに自分たちの円盤へと積み込み始めた。

ボッチボチA: 「ほな、ウチらの仕事は終わったさかいな。今からお父ちゃんたちをニャニワの裏の資源採掘基地3号まで迎えにいかなアカン。ニドツーケ島に帰るのは明日の夕方や。あんた、約束通り、ウチらの星の公害、早うなんとかしてや!明日、ウチらが帰るまでに、ニドツーケ島にクリーントマドンブリを植えるんやで!」

「ニャーッ!?明日って、急すぎるニャ!それに、この農園のメンテナンスが...」

ボッチボチB: 「心配せんでええわ。エムやん(メガニャンダーMの事)が徹夜で直すやろ。ウチらは働き方改革を実行したんや。後はあんたの働き方改革や!」

 ボッチボチのおばちゃんたちは、有無を言わさずニャンタッキー8号に強引にクリーントマドンブリの種と植付け装置を積み込み、どん兵衛の手にアメちゃんをぎゅっと握らせた。

ボッチボチA: 「これな、勝負どころで舐める飴や。あんた、男前なんやから、ちゃんとウチらの星を救ってや!」

 そして、ボッチボチの円盤は、強烈な排気ガスを残して宇宙農園を飛び去った。

「なんや、この流れは...。まるで、社運をかけた出張やないかニャ...」

 どん兵衛は、ボッチボチの要請という、銀河で最も逆らえない力に背中を押され、ニャンタッキー8号を惑星ニャニワのニドツーケ島へと向けた。幸いどん兵衛農園の仕事はボッチボチのおばちゃん達のおかげで出荷作業がかなりはかどった。しばらくはメガニャンダー達に任せて大丈夫だろう。


5. 惑星ニャニワ到着と浄化の失敗

 薄い黄色の惑星ニャニワの周回軌道に達したニャンタッキー8号は着陸態勢に入った。しかしニャンタッキー8号のコンピューターは大部分が外され自動操縦ができなくなっている。

 どん兵衛は操縦桿を必死に操作しながら機体を安定させた。ニャンタッキー8号は大気圏に突入したが断熱圧縮で機体の外装が剥がれ落ちていく。煙を噴いて墜落寸前のニャンタッキー8号はニドツーケ島の宇宙センターの駐機場にかなりのハードランニングをした。ニャンタッキー8号は激しく損傷し機体には大きなヒビが入った。そのヒビから操縦席に惑星ニャニワの大気が流れ込んでくる。

 どん兵衛は激しく咳き込んだ。大気はスモッグで黄色くにごり、海岸線は、過去200年間にわたる無計画な食糧増産工場からの廃液で汚染された、合成プランクトン(ニャイレント緑色の材料)の廃棄物のヘドロに覆われていた。

「ニャーッ!想像以上ニャ!これじゃ、クリーントマドンブリを植える土壌すらないニャ!」

 どん兵衛は、急いで防護服を着用した。ボッチボチの担当者が数名、防護服を着て半壊したニャンタッキー8号に駆け寄ってくる。担当者達はどん兵衛が無事である事を確認すると再び急いで居住区に戻って行った。

「手伝ってくれないのニャ」

 どん兵衛は悪態をつきながら2個のスーツケース状の箱を両手に持って居住区のドアまで走った。

 ドアの内側は狭い部屋になっており先ほどの作業員達がいた。そのうちの一人が壁のスイッチを押した。ブシューと言う音と共に部屋の空気が入れ替わり防護服無しでも呼吸ができるようになった。

 作業員がマスクを外すと「ようこそいらっしゃいました、どん兵衛殿。と言った。「あの大気の中では我々の防護服は3分しか持ちません」

「統制官から話は聞いています。我々の星を画期的な方法で救ってくれるそうですね」

「我々のエンジニアがお待ちです。早速作業をお願いします」

「あぁ、わかったニャ…」

 どん兵衛も防護服を脱ぎなから言った。どん兵衛の防護服も汚染物質で浸食されている。これほど汚染が進んでいるとは思ってもいなかった。どん兵衛はクリーントマドンブリに自信が無くなっていた。

 作業員の先導でどん兵衛は居住区の通路を歩いた。両側はボッチボチ達が暮らす居住区域になっているらしい。通路の両側にずらりと部屋が並んでいる。どの部屋も狭くボッチボチ達はひしめき合って暮らしているようだ。居住区の空気も完全には浄化されていないのか鼻をつく悪臭がした。

 どの部屋からもボッチボチがどん兵衛を見ていた。皆『この星を救ってくれる偉大な猫』と両手を合わせて感謝している。どん兵衛は病院の区域も通った。簡易酸素マスクをつけたボッチボチが廊下まで溢れている。

 やがて研究室と書かれた部屋に案内された。室内にはボッチボチのエンジニア達がどん兵衛を歓迎した。

 どん兵衛はエンジニア達に種まき用のドローンを用意して欲しいと言った。エンジニア達はすぐに小型ドローンを用意した。そのドローンにどん兵衛はエンジニアと協力して植え付け装置とクリーントマドンブリの種をセットした。

 さっそくどん兵衛は、浄化用のクリーントマドンブリの種を、改良した植付けドローンで海辺の汚染された土壌に植え付け始めた。

 クリーントマドンブリは、汚染物質を吸い取る力は絶大だった。植え付けた瞬間、トマトの周辺のヘドロが少しずつ色を失い始める。

どん兵衛: 「ニャーハハ!さすがクリーントマドンブリニャ!これで、ニャニワの公害は...」

 しかし、喜びも束の間。クリーントマドンブリの根が、工場から垂れ流され続けた「ニャイレント緑色」の最終濃縮廃棄物が溜まった層に達した瞬間、トマトは真っ黒に焦げ付き、しぼんでしまった。

「ニャーッ!?まさか!クリーントマドンブリの処理能力を上回るほどの超濃縮公害が、地下にあっただとニャ!」

 どん兵衛は愕然とした。クリーントマドンブリは、大気や水に溶けた一般的な有害物質は除去できるが、長年にわたり海底に沈殿し、固体化した「ニャイレント緑色の最終廃棄物(合成ヘドロ)」は分解できなかったのだ。

 この合成ヘドロこそが、ニャニワの公害の根源であり、浄化を妨げる最大の壁だった。

 このままでは、浄化は不可能。そして、明日、ボッチボチのおばちゃんたちが「約束破りや!」と怒鳴りながら帰ってくるだろう。

「ニャー...これはマズイニャ...。ボッチボチのおばちゃんを怒らせたら、宇宙どん兵衛農園の明日はないニャ!」

 宇宙野菜の種まきから栽培までを覚えたおばちゃん達はどん兵衛農園を自ら運営できる。もし宇宙野菜をひとりじめして輸出しなければどん兵衛が3年かかって築き上げた227種族の猫ファーストの世界も崩壊する。下手をすると惑星間戦争になるかも知れない。

 どん兵衛は焦りに焦り手のひらをギュッと握った。手の中にはボッチボチもおばちゃんがくれた飴があった。どん兵衛は半ばやけくそになって飴を食べた。


6.民間療法と科学との融合による成功

 ニドツーケ島の汚染ヘドロに阻まれ、絶体絶命の窮地に立たされたどん兵衛は、居住区で見た光景を思い出した。

 居住区は狭く、空気清浄機がなければ呼吸も困難な状況で、子どもたちが喘息で入院していた。病院を覗くと、多くの入院患者のこめかみに、切手状の赤い植物が貼り付けられている。

 医者に尋ねると、それは「ウメボックリ」と呼ばれる植物で、民間療法だが、なぜか呼吸器系に効果があり、汚染がひどいニドツーケでは頼らざるを得ない万能の薬だと説明した。

「ニャー...非科学的ニャ...」

 どん兵衛は一蹴しましたが、彼の脳裏で「ウメボックリ」の存在が「クリーントマドンブリ」の失敗と結びついた。

「ニャ。待てニャ。もし、ウメボックリが『ニャイレント緑色の最終廃棄物』の分子結合を緩める作用を持っているとしたら...?」

 どん兵衛はすぐに実験に取り掛かった。クリーントマドンブリの根元にウメボックリを貼り付け、再び合成ヘドロの層に植え付けた。

 驚くべきことに、ウメボックリ付きのクリーントマドンブリは枯れずに、ヘドロを分解し始めた。その分解速度は、通常のクリーントマドンブリの10倍にも達した。

どん兵衛: 「ニャーハハハ!見つけたニャ!『非科学的な物資』を、『効率的なシステム』に組み込む!これこそ、オレ様の究極の猫ファーストニャ!」

 どん兵衛は、ボッチボチのエンジニアたちと協力し、ウメボックリ付きのクリーントマドンブリを大量生産。ニャニワの海岸線、大気浄化ドーム、そして汚染された海のあらゆる場所に、植え付けを開始した。

 試みは大成功だった。ニドツーケの空は少しずつ澄み始め、海の色は緑色から青色を取り戻し始めた。


7.浄化完了の報告とパート最終交渉

 どん兵衛は、ニドツーケの指導者たちに現状を報告した。

「ニャー、汚染の進行度から言って、完全にニャニワの公害を浄化するには最低でも30年かかるニャ。それまで、公害を出す全ての工場を停止してもらうニャ。食料は、拡張したオレ様の宇宙どん兵衛農園で完全に賄えるニャ!」

 ニドツーケの人々は、30年という長い道のりに戸惑いつつも、未来に光が見えたことに深く感謝した。

 翌日の夜、宇宙どん兵衛農園からボッチボチのおばちゃんたちが3台の円盤で帰ってきた。

ボッチボチA(リーダー格): 「あんた!ウチらの星、救ってくれたんやろな!?」

 どん兵衛は、浄化が進むニャニワの風景を指さし、誇らしげに言った。

どん兵衛: 「ニャーハハハ!見たかニャ!愛じゃなく、科学と物資でニャニワを救ったニャ!これで、お前らの星は30年後には完璧ニャ!」

ボッチボチB(眼鏡): 「ほーん、30年か。長丁場やけど、ウチらが管理するんやったら、25年で終わらせたるわ。」

 そして、おばちゃん達の本題に入る。

ボッチボチA: 「ほな、約束通りやな。ウチらのパート増員の要求は飲んでくれるんやろな?」

どん兵衛: 「ニャッ!?パ、パートの増員...ニャ??」

ボッチボチA: 「そや!昨日の今日で、ウチらの星が救われたんや!あんたの宇宙農園は、他の惑星とニャニワの食料供給を全て賄うんやろ?それやったら、パートが最低でも3人、常時必要や!」

ボッチボチC(スカーフ): 「そうや。このベッピンさん3人だけやとしんどいわ。後パート3人がおらへんと、あのごっつい農園は回らんわ!」

 どん兵衛は焦った。ニャンタッキー8号のコンピューターを接続したとはいえ、これ以上無計画に人員を増やせば、農園のシステム自体が不安定になる可能性がある。しかし、目の前のおばちゃんたちを怒らせて、彼らが「パート増員がないなら、ニャニワの食料供給も止めるで!」と言い出したら終わりだ。


8. 支店長権限による論理的な解決

 どん兵衛は、冷静にシステムの効率を計算した。

現状: メガニャンダーSはハリセン効果で限界を超えて稼働中。メガニャンダーMは徹夜続きで修理に追われている。

問題: 宇宙どん兵衛農園のコンピューターのリソースをこれ以上、中央で制御できない。

「ニャーッ!わかったニャ!パートを増やす!ただし、オレ様のシステムに従ってもらうニャ!」

 どん兵衛は、自分の物資の哲学を貫く、最高の解決策を提示した。

どん兵衛: 「あんたたちの驚異的な作業効率は認めるニャ。しかし、この農園の中央管理システムにこれ以上人員を増やすのは非効率ニャ!よって、パートは増やさない!」

 ボッチボチのおばちゃんたちは、即座に顔を真っ赤にして怒鳴りつけようとした。

ボッチボチA: 「なんやと、この奈良猫が!」

どん兵衛: 「その代わり、あんたたちが欲しがっていた『パートの増員枠』を、『マネジメントの権限』として与えるニャ!」

 どん兵衛は、タブレットを操作し、新しい組織図を見せた。

どん兵衛: 「あんたたち3人を、新設する『宇宙どん兵衛農園・ニャニワ供給支店』の支店長に任命するニャ!支店長はあんたたち3人が持ち回りニャ。そして他の惑星とニャニワへの野菜の流通と、浄化プロジェクトの全管理を行う。そして、その支店長として、あんたたちが自由に3人のパートを雇う権利を与えるニャ!」

 つまり、どん兵衛は中央の農園に直接パートを雇うリスクを回避し、ボッチボチの拠点であるニャニワに独立した支店を設け、そこにパートの採用権限を丸投げしたのだ。

ボッチボチA: 「支店長...? そして、ウチらが自由に人を雇える!?」

ボッチボチC: 「パートが増やせるっちゅうことやな!しかも役職付きで!男前やないの!」

 ボッチボチのおばちゃんたちは、「支店長」という役職と、「自由にパートを雇える」という権力に大いに満足し、どん兵衛の「システムによる管理」の勝利を認めた。

ボッチボチA: 「よっしゃ!話がわかればよろしい!ほな、ウチらが宇宙どん兵衛農園・ニャニワ支店の立ち上げと、パートの確保をするさかいな!アンタは次の星でも頑張りな!」

 どん兵衛は、農園が完璧に機能し始め、自分がいなくても問題ないと確信した。ボッチボチのおばちゃんたちは、口は悪いが、最も信頼できる「ビジネスパートナー」となった。


9.ニャンタッキー9号と次の旅立ち

 ボッチボチの技術者たちによって思わぬサプライズがあった。なんとニャンタッキ-8号にかわるニャンタッキ-9号を制作してくれたのだ。ニャンタッキー8号を参考にまったくの新設計でニャンタッキー8号より高性能なエンジンとコンピューターを搭載している。実はボッチボチAのお父ちゃん(旦那)はニドツーケの統制官だったのだ。

 ボッチボチAは旦那に「この星を救ってくれたどん兵衛に円盤を作ってやって欲しい。どん兵衛は宇宙の旅に出たがっている」そう言った。統制官は二つ返事でボッチボチのエンジニアで一番優秀なグループに新たな円盤を作ることを命じた。

 完成した最新鋭のニャンタッキー9号に乗り込み、どん兵衛は旅立つ準備をした。

 別れ際、ボッチボチのおばちゃんたちが声をかけてきた。

ボッチボチA: 「あんた、寂しそうな顔しとるな!アホちゃうか!元気出しや!次の星でも頑張ってこいよ!」

「ありがとニャ」その時、どん兵衛の脳裏に、ふとどん子の顔が浮かびました。

「ニャー…なんか、このおばちゃんたち、どん子に似てるニャ…」

 どん子は、どん兵衛の鼻毛を見て「あんた、デリカシーと羞恥心がないのね」とズバズバ言ったり、彼の計画の甘さを遠慮なく指摘してくる性格だった。ボッチボチのおばちゃんたちも、その本質は同じ。猫ファーストに愛があるからこそ、ズバッと本音を言うのだろう。

「くっそー、愛と奉仕の猫ファーストなんて、やっぱりオレ様のやり方じゃないニャ…!」

 どん兵衛は、心の中でどん子との共通点を見つけてしまったことにため息をつきながら、ボッチボチのおばちゃんたちの豪快な見送りを背に、ニャンタッキー9号を発進させた。

 寂しさをごまかすように、彼は勢いよく宣言した。

どん兵衛: 「ニャニワのおばちゃん達!農園を頼んだニャ!オレ様は次の星で、もっとド派手な、純粋な『物資による猫ファースト』を成功させて、どん子に勝つニャーッ!」

 どん兵衛は、銀河系のさらに遠い闇へ向けて、ボッチボチのおばちゃんたちの活気と、どん子の幻影を振り払うかのように、宇宙の旅を続けた。

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