第3話 仔竜の小さな大冒険(後編)
枝から枝へと飛び移るリスの小さな背中を、ルゥは夢中で追いかけていた。
月明かりに揺れるふさふさの尻尾は、暗い森の中で小さな道しるべのように輝いている。
「ぴっ!」
仔竜は短い足を一生懸命に動かす。
迷子になった不安は、すでにどこかへ消えていた。
胸にあるのは「一緒に行こう」というわくわくと、ほんの少しの心細さ。
森を抜けた先に、小さな小川が流れていた。
月を映した水面がさらさらと揺れ、夜風にきらめく。
「ぴ……」
ルゥは川辺に立ち、首をかしげた。
幅は自分の体の倍以上。跳び越えるにはちょっと勇気がいる。
ぱたぱたと翼を広げ、助走をつける。
「ぴぃっ!」と鳴きながら飛び跳ねたが――
ちゃぽん。
足先が届かず、水に落ちてしまった。
「ぴぃぃ!?」
慌ててばたばたともがき、しぶきを上げる。
必死で足を動かし、翼を広げてばしゃばしゃと泳ぐ。
水草が体に絡み、動きが鈍くなる。
リスが心配そうに枝の上で鳴いた。
それでも、ルゥはなんとか足を岸につけ、ずぶ濡れになりながら這い上がった。
体をぶるぶると震わせると、水滴が飛び散り、銀の鱗が月明かりにきらりと光る。
「……ぴっ!」
無事に渡れたことが嬉しくて、胸を張って鳴いた。
リスは枝の上でほっとしたように尻尾を振り、また先を進む。
しばらく歩くと、森の空気ががらりと変わった。
ざわりと木の葉が揺れ、低い唸り声が響く。
茂みの奥から、黒い影が姿を現した。
狼――ルゥよりひと回り大きい。鋭い牙を見せ、赤い目で睨みつけてくる。
「……ぴ」
ルゥは反射的に一歩後ろに下がった。
けれどすぐにリスを庇うように前へ出て、翼をぱっと広げた。
「ぴぃっ!」
小さな鳴き声。
その瞬間、空気が熱を帯び、爪先から火花がぱちぱちと散った。
狼は目を見開き、ひゅん、と尾を巻いて森の奥へ逃げていった。
「ぴ?」
ルゥは首をかしげる。
なぜいなくなったのか分からない。
ただ「守れた」と思っただけだった。
リスは震える体を落ち着かせると、ちいさく鳴いてルゥにお礼を言うように寄り添った。そして、少し落ち着くと再び、仲間のように、先導を続ける。
帰り道には、小さな出来事がいくつも待っていた。
落ち葉の山に飛び込んで遊んでみたり、夜風に舞う羽虫を追いかけて跳ねてみたり。
ときには木の根に足を取られて転び、「ぴぃぃ!」と鳴いて恥ずかしそうに尻尾を丸めることもあった。
そのたびにリスがくすくす笑うように鳴き、また先へと誘ってくれる。
途中、リスが森の片隅でころんと転がる小石を見つけた。
月明かりを浴びて、淡くきらめいている。
リスはそれを器用に前足で転がし、ルゥの鼻先に差し出した。
「ぴぃっ!」
ルゥは嬉しそうに鳴き、小石を大事そうに咥える。
それは――大好きな主に見せたい、特別なお土産になった。
やがて、木々の隙間から赤い光がちらちらと揺れた。
「ぴっ!」
ルゥは目を輝かせ、駆け出した。
そこには――見慣れた焚き火の跡があった。
ユウが残していった火は、まだ消えずに燃えている。
仔竜は一目散に駆け寄り、くたりと体を投げ出した。
胸の奥から、じんわりと安心感が広がる。
リスは木の上で一声鳴き、森へと帰っていった。
ルゥは鼻先を上げ、「ぴぃっ!」とお礼を言うように鳴いた。森へ消えていく小さな背中を、しばらく名残惜しそうに見送っていた。
やがてルゥは、ふと思い出したようにお土産の小石を、焚き火のそばまで運ぶ。そこに大事そうに置き、隣でくるりと丸まった。
――主が戻ってきたら、見せてあげよう。
そんな気持ちだったのかもしれない。
小さな胸がとくとくと上下し、やがてすやすやと寝息が響く。
……翌朝。
「お、ただいまー……って、なんだこれ?」
ログインしたユウが焚き火の前に腰を下ろすと、そこには光る小石がちょこんと置かれていた。
その隣で、ルゥは気持ちよさそうに眠っている。
ユウは驚き、そして苦笑する。
そっと仔竜の頭を撫でると、ルゥは寝たまま「ぴぃ」と鳴き、嬉しそうに尻尾をふるふると揺らした。
「……お前、昨日の夜はなにしてたんだ?」
問いかけても答えはない。
ただ夢の中で、蛍やリスとの冒険をもう一度なぞるように、小さな鼻先をぴくぴく動かすだけだった。
こうして、ルゥの小さな大冒険は幕を下ろした。
けれど胸の奥には、きらめく蛍の光と、大好きな主へ渡す宝物が、確かに残っていた。
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