三 彩女採用試験①

 ドーン、ドーン、ドーン……。


 時刻じこくが正午になったことを知らせる太鼓たいこの音が寧楽京ならきょうに鳴りひびいています。


 彩女あやめの採用試験は、正午スタートです。瑞穂みずほ如虎にょこは間に合ったのでしょうか?


「し……試験会場が見つからないですニャン! 猫招提寺にゃんしょうだいじはどこですかニャン⁉ たぶんこのへんのはずにゃのにぃ~!」


「うわぁ~ん! また迷子だよぉ~!」


 猫虎は、地図とにらめっこしながらあちこちを歩き回っていましたが、試験会場のお寺になかなかたどりつけません。


 それもそのはずで、その地図を猫虎のために書いてくれた猫族のおじさんが都に遊びに行ったのは十年も昔のこと。十年たったら、道路工事とかで道が変わっているのも仕方ありません。狐と猫の少女は二人仲良く迷子になっていました。


「びえぇぇぇぇぇぇぇん‼」


「瑞穂さん! 泣いていないで、あなたもお寺を探してくださいニャン!」


 如虎も半泣きになっています。迷子になって試験を受けられないなんて、いやすぎます。


 二人が途方に暮れていると――一人の人間が声をかけてきました。


「……君たちは彩女の試験を受けにきた妖怪族だな。泣いている場合じゃない、早く来るんだ。あの太鼓の音が鳴りやむ前に試験会場に入らなければ、失格だぞ」


「ふえ?」


 瑞穂がふりかえると、背の高い少年が立っていました。


 その服装からして、たぶん宮殿きゅうでんで働いている貴族の子でしょう。


 頭には、やわらかいきぬで作られた、黒色の頭巾ときんというかぶりもの。


 膝のあたりまでたけがある上着は、うす緋色ひいろで染めた武官の服。


 その下からチラリとのぞいているのは、白袴しろばかま(ズボンのようなもの)。腰にさしている剣の飾りが、キラキラと輝いています。


 黒々とした瞳は、たかの目のように鋭いです。顔の下半分をなぜか白い布で隠しており、表情は読み取れません。


 ただ、帝のそば近くで仕える若い武官は、


 ――武芸に秀でた貴族の子を採用せよ。ただし容姿端麗イケメンにかぎる。


 という決まりがあるので、その布の下はきっと見目麗みめうるわしい容姿にちがいないでしょう。


(この人のにおい、何だか落ち着く……)


 瑞穂は、目の前に現れた少年に、不思議ななつかしさを感じていました。


「あの、君の名は――」


 瑞穂がそう言いかけると、半泣きの如虎が瑞穂を押しのけて「助けてくださいですニャン! どうか試験会場まで連れて行ってくださいニャン!」と少年に懇願こんがんしました。


「最初からそのつもりだ。ついて来なさい」


 少年は、キビキビした口調でそう言うと、瑞穂の手をにぎって歩き始めました。


 瑞穂は、少年の手の意外な温かさにおどろき、この子はちょっとぶっきらぼうだけど優しい人なのかも――と思うのでした。







 ドーン、ドーン、ドーン……(太鼓おわり)。


「ぎ……ぎりぎり間に合ったぁ~! 道案内してくれて、ありがとう!」


「本当に助かりましたですニャン!」


 何とか太鼓の音が鳴りやむ前にお寺に到着した瑞穂と如虎は、ホッとため息をつくと、少年にお礼を言いました。


 少年はいそがしいのか、「そろそろ夜の警備の準備がある。オレはここで失礼する」とだけ言い残し、そそくさと去って行きました。


「う~ん。やっぱり、あの子の匂い懐かしいような……」


「何をもたもたしているのですかニャン。瑞穂さん、行きますニャンよ」


「あっ……うん!」


 猫招提寺の境内けいだいには、すでに彩女志望の女の子たち数十人が集まっていました。


 七割はヒト族、三割が妖怪ようかい族といったところでしょうか。ケモノ耳の女の子がぽつぽつといて、瑞穂はホッとしました。妖怪族の仲間が少なかったらちょっと心細いなぁと不安だったのです。


 ちなみに、猫招提寺は、試験会場に使えるぐらいとても大きな寺です。先代の帝が海の向こうの大陸にある中華ちゅうかの国からまねいたお坊さんが建てました。


 お坊さんの名前は猫真にゃんじんといいますが、猫族ではありません。猫が大好きなおじいさんで、夜麻登ヤマトこくに仏のありがたぁ~い教えを伝えるために、危険な航海をのりこえてやって来たそうです。


「ヒト族と妖怪族のみなさん。準備はよろしいでしょうか。わたくしが、試験の面接官をつとめる尚侍ないしのかみ大伴おおともの梅香うめかです」


 寺に集まった少女たちがガヤガヤおしゃべりしていると、背が高くて美しい女性がお供の彩女たちをしたがえてあらわれました。


 大伴梅香。年齢は十七歳。あのダンディおじさん、大伴梅酒ばいしゅの娘です。


 さすがは宮廷のキャリアウーマン。とても華やかな服装をしています。


 長い髪を結い上げた頭には、梅の花をかたどった金のかんざしがキラキラ。


 深みのある赤い着物を見にまとい、肩にかけた領巾ひれ(ショール)とすその長い(ロングスカート)が風にひらひらとはためいていて優美です。


 ちょっとツリ目で、キュッと固く結ばれたくちびるは、彼女の意思の強さを象徴しょうちょうしているようです。


 まだ少女と言っていい年齢なのに、すでに「できる女」のオーラがぷんぷんただよっています。


「ねえねえ、如虎ちゃん。尚侍ってなーに? 食べ物?」


「ちがいますニャン。あなたはそんなことも知らずに彩女の採用試験を受けにきたのですかニャン。尚侍というのは、女官の中で一番エライ官職かんしょくですニャン。ふだんは帝の秘書としてぴったりおそばについていて、帝のお言葉を男の貴族たちに伝える重大な役目をこなしているのですニャン」


「ほえ~。わたしたちと年が近そうなのに、すごいねぇ~」


「当たり前ですニャン。朝廷ちょうていの重要な官職は藤原ふじわらがほぼ独占しているのに、藤原氏の娘たちをおしのけて尚侍になったのだから、あの人はそーとうなやり手ですニャン」


 瑞穂と如虎がひそひそ話をしていると、梅香は耳ざとくその会話を聞き取り、「そこの二人。お静かに。試験を始めますよ」と注意しました。


「ご、ごめんなさい!」


「も……もうしわけありませんニャン……」


「では、試験を開始しましょう。今から受験番号が書かれた木のふだを配ります。自分の番号が呼ばれたら前に出てください。三人ずつ呼び出します」


 梅香がそう言うと、部下の彩女たちが、瑞穂たちに木の札を配りました。


 瑞穂の受験番号は三十番。如虎は瑞穂のひとつ前の二十九番です。どうやら二人は同じ面接グループのようです。


「一番から三番の方! 前へ!」


「は、はい!」


 瑞穂と如虎は「自分の番までまだまだ先だなぁ~」と最初のうちは思っていたのですが、試験官の梅香の手際てぎわが大変いいため、ボーっとしているうちにどんどん面接が終わっていきました。


 そして、あっという間に、二十五~二十七番の少女たちが呼ばれました。


「あばば⁉ うちの受験番号は二十八番だから、もしかして次の組⁉ ききき緊張してきたたたた!」


 瑞穂のそばにいた小柄な女の子がブルブルとふるえています。彼女も瑞穂と同じ面接グループのようです。緊張に弱いタイプなのか今にも泣きだしそうだったので、心配になった瑞穂が「だいじょうぶ?」と声をかけてあげました。


「だ……だだだだいじょうぶぶぶぶ」


 女の子は、歯をガタガタ鳴らしながら、そう答えました。あまりだいじょうぶではなさそうです。


「次! 二十七番から三十番の方! 前へ!」


「ぴ……ぴやぁぁぁぁぁぁ‼」


 自分の番号を呼ばれておどろいた女の子は、奇声をあげながら走り出し、梅香の前でドテーンと盛大にこけました。


「だ、だいじょうぶ⁉」


「しっかりするですニャン」


 後から追いかけて来た瑞穂と如虎が、女の子を助け起こしてあげました。


「ばい。だいじょうぶれふ」


「は、鼻から血がふき出てるよ⁉」


「ぜんぜんだいじょうぶではないですニャン。重傷ですニャン……」


 恐ろしいドジっ子です。試験官の梅香もあんなに鼻血を出していたら面接は無理だと思ったのでしょう。「面接はあとの番号に回してあげるので、鼻をふいてきたらどうですか?」と親切に言ってくれました。


「い、いえ! うちは不幸体質なので、何もないところで転ぶのはいつものことなんです! あとに回してもらっても、また転ぶ自信があります! お気になさらず!」


「……そうですか。では、始めましょう。三人ともそこに整列してください」


 さすがは彩女たちをたばねるエリート女性官僚かんりょう。受験生が鼻血をどくどく流していても、微塵みじんたりとも動揺どうようしていない様子。というか、無表情なので何を考えているのやらサッパリです。


「一人ずつ面接していきます。まずは鼻血ブーの二十八番さん。お名前と年齢を教えてください」


「う……うちの名前は秋虫あきむしといいます。十三歳です」


「秋虫? 虫の妖怪とは珍しいですね」


「い、いえ。名前に虫の字がついているだけで、これでもいちおう人間です。人間ですみません……」


「よくわからないところであやまらなくてもけっこうです。……今から二つの質問に答えてください。まず一つ。あなたが彩女になろうと思った理由は何ですか」


「ええと~。その~。う……うち、お料理とか、洗濯せんたくとか、人のお世話をするのが得意なんです。ドジでマヌケで不幸体質ですが、だれかの役に立ちたいという気持ちは人一倍あります。だ、だだだだから、宮廷で帝の身の回りのお世話をして、自分の特技をもっとみがきたいなとおもおもおも思いまして。ぜぇぜぇぜぇ……」


「緊張するのはわかりますが、ちゃんと息つぎをしてしゃべってください。呼吸するのを忘れたら、死にますよ?」


「はははははい!」


「あなたの志望動機はわかりました。次は二つめの質問です。『女官の仕事で役に立つ』と思うあなたの特技は何ですか?」


「そ……それはもちろん、『人のお世話をすること』です! 彩女になれたら、誠心誠意、帝のお世話をします!」


「では、今この場であなたの特技を披露ひろうしてみせてください。あなたが彩女になるのにふさわしい女性かどうか、このわたしに売りこむのです」


 つまり、自分をアピールしろ、ということですね。


 秋虫の特技は、人のお世話をすること。宮廷で帝のお世話をする彩女にとって、まさにうってつけの特技と言えるでしょう。


 でも、その特技をいま実演してみせるには、ひとつ問題があります。お世話をする相手がいないということです。


 秋虫は「う、う~ん……」とひとしきり頭をひねった後、梅香にこうお願いしました。


「あ……あの。うちの特技は『人のお世話をすること』なので、今この場にお世話をする人が必要です。だれかに手伝ってもらってもいいですか?」


「いいでしょう。……二十九番さんと三十番さん。秋虫さんを手伝ってあげてください」


 いきなり指名された瑞穂と如虎は「ほええ⁉」「ニャンと⁉」とおどろきました。


 こういう時は助け合いです。瑞穂はびっくりしながらも、「わかりました!」とすぐに返事をしました。


 如虎も、迷子の狐娘をほうっておくことができない程度ていどにはお人好しなので、「し……仕方ないですニャンね」とブツブツ言いつつも同意どういしました。


「秋虫ちゃん。わたしは妖狐ようこの瑞穂だよ。よろしくね!」


「あたしは如虎ですニャン」


「よよよよろしくお願いしますすすす!」


「それで、あたしたちは何をすればいいのですかニャン」


「え、ええとぉ~……。じ、じゃあ、うちがお母さん役をやるので、如虎さんは仕事帰りのお父さん役、瑞穂さんはうちの娘役をしてもらえますか?」


「ほええ? それって……もしかしてママゴト?」


 もしかしなくてもママゴトですね。


 だいじょうぶなのでしょうか。試験官の前でママゴトなんかしちゃって……。

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