第2話 目醒め

今まで、見たこともない夢だった。


紛れもなく自分なんだけど、自分ではない誰かの夢。


今まで、そんなファンタジーものなんて、本当に嫌いだったから、読むはずもなければ見るはずもない夢──


海老塚 香那美(えびつか かなみ)は戸惑っていた。


夢の中で、香那美はヴァルマと呼ばれていた。


七人の仲間たちとともに戦い、そして、死が訪れた。


「ほんと、ありえない」


そんな夢を見た自分が腹立たしくて、バン!机を叩いた。


「海老塚ー!なんだ、先生の授業に文句があるのかー」


数学の教師が、板書の手を止めて尋ねる。


「いいえ!ごめんなさい。……その、虫がいたみたい」


「寝てないならいいぞー!!」


教師は板書に戻った。


後ろの席からクスクスという、笑い声がする。


香那美はその声にビクリとしたが、絶対に振り向かなかった。


なぜなら──自分の表情が、ちょっと泣きそうなのを知られたくなかったからだ。


全くもう……、これも、全部あんな夢を見たせいだ。


香那美は、小さくため息を付いた。


でも──


夢は、驚くほどリアルだった。


夢の中での自分、ヴァルマは弓を巧みに使う女性だった。


弓を引き、風を切る音とともに魔獣の目を射抜いた──そんな瞬間の感覚が、今でも指に残っている気がする。


だけど、そんな自分は「気持ち悪い」とすら思う。


夢の中の母がエルフで父が人間という、耳のとんがった金髪の女の子。それがヴァルマだ。


よりにもよってエルフとか。ほんとにふざけてる。


自分が嫌いになりそうだった。


もう一つ不可解なことがある。


それは同じ学校。同じ学年にあの夢の登場人物が居る、らしいということだ。


会えば、わかる。


たぶん、わかってしまう。


でも、会いたくない。


そんなファンタジーなんかに染まりたくない。


自分は今のままの海老塚 香那美でいたい。


もし、あの夢が本当だったとして、今の自分はどうなってしまうのか。


それを考えると、ものすごくこわかった。



朝、あの夢をみてから、どうも調子が悪い。


古久保 秀亮(ふるくぼ ひであき)は、現国の教科書から、顔を上げた。


ただの夢──それにしては、奇妙なほどなにか符合する感覚がある。


けれども、


あの夢を前世とするならば、腑に落ちない点しかない。


RPGとでもいうのだろうか。


あまりそういったゲームはしたことがないから、わからない。


(俺はタンクだった──)


味方を守るため、盾役として前線に出る役割だ。


責任感の塊のような男で、無茶や無謀なことは一切しない。


体力がずば抜けて高く、判断能力も高い。


自分にとっては理想とするところだ。


ただの夢。


でも、そうとも言い切れない。


とはいえ、理想の自分を夢で見ると、なにかの本で見たことがあるからな……。


秀亮は逡巡する。


そして、あたりを見渡した。


キョロキョロと三度ほど見て、判断する。


うん。この教室2−Bには該当者はいない。


もし、いるとしたら、


心臓が高鳴るという。


夢の中で、サナがそう言っていた。


サナという少女。


聖女だという。


確かに、魔力量の半端じゃない高さでそのかける回復魔法は半端じゃない治り方していた。


夢の中の自分アウノは、サナのことが好きだった。


あの明るさ、楽しさ。そして頼もしさ。神聖さ。


誰もがサナのことを慕っていたし、大事に思っていた。


(早く会いたい。会って話したい──)


そんなことを思うと、秀亮は自分の顔をぴしゃりと打った。


いけない。夢に毒されている。


このままじゃ、だめだ。


現国の授業には終わりまで、身が入らないままだった。



俺は剣の道に生きる──


そう、イェレがオスクに打ち明けた時、オスクは僕も付き合うよ。


そうじゃないとイェレはすぐ脱線しそうだし、と笑った。


今朝、この夢を見るということは、誰かが覚醒したということ。


弓達 吹雪(ゆだて ふぶき)は、幼い頃から見る夢を、久しぶりに見た。


誰かが──いや、皆、かな。


ようやく、サナの覚醒が始まったんだ。


話しかけてはいない。


友達でもない。


でも、入学式の頃から知ってる。


植村 燈乃……。彼女がヴェルデ・ガルダの聖女。サナだ。


あと。


同じクラスの楠浦 滉。岩室 亜結。2-Aの海老塚 香那美。2-Bの古久保 秀亮もそうだ。


それと、2-D 満園 一樹(みつぞの かずき)。


一樹は、吹雪の幼い頃からの親友だった。


唯一無二の友達。


ヴェルデ・ガルダの夢を見るようになって、その夢が自分の前世だと気づいた時、

吹雪は驚いた。


なんて偶然の一致かと。


ヴェルデ・ガルダでも、僕達はいつも一緒だった。それは、今でも変わらない。


一樹は今も剣の道を突き進んでいるし。


自分も、弓道部に入った。


そうするのが自然だったからだ。


そういえば──


いつだったか、混同してしまって、


一樹のことイェレって呼んだこともあったっけな。


吹雪は吹き出した。


あの時の一樹のきょとんとした顔が、吹雪的にはツボだった。


急に自分のことを別の名前で呼んで吹き出して笑う幼馴染に、一樹もやがて笑い転げていた。


一樹は、すぐその名前を忘れてしまったが。


吹雪は、一人きり、その前世を背負って今までいたのだ。


誰にもいえない。いったところでわかってはもらえないだろう。


何しろ。この世界の話ではない。


全く別の世界だ。


剣と魔法の世界。


普通なら、ただの夢だ。空想だ。


けれども、自分たちは、その空想の世界が前世だとわかる。


だいぶ大きくなってからも吹雪は、悩み苦しんできた。


けれども、今は受け入れている。


それも、自分なのだ。


そうしたら、あの時。


ただ死んだ。あの時も他になにかできる手立てが有ったのだと思う。


吹雪は、ため息をついた。


小型のジョーロに水を汲み、自身が育てている観葉植物に水を与えた。


その数、三十を超える。


そのどれもが大型化しており、今では吹雪の部屋は緑でいっぱいになっている。


これは、昔も今も変わらないな──


さて、皆は目覚めてなんて言うかな。


吹雪は、少し楽しみだった。



「燈乃!今日も時間あるでしょ?てきじょーしさつ行こう!」


「てきじょーしさつ?ああ、敵情視察ね。って、どこに行くのよ」


「もちろん剣道部よ!あの、黒いのの正体を探りに行くのよ!」


「ええっ。あれって、ただの夢じゃん。なんでそんな本気になってんの?」


燈乃は引き気味に聞いた。


だが──


「本当だったらどうすんのよ!そのままにしておけると思ってるの?本当にひどいことになるんだよ?!」


「え?」


燈乃は、まだ、ひと場面しか夢を見ていない。


どうにも飲み込めずに戸惑ってしまう。


「もういい!私、見に行ってくる!」


亜結は、燈乃を置いて行こうとする。


燈乃は焦ってついていく。実は燈乃も気にはなっているのだ。


「待ってよ、亜結!私も行くから」


二人は連れ立って道場に向かった。



防具をつけた二人が向かい合わせに立つ。


そこからもうすでに試合は始まっているのだ。


一礼をし、蹲踞の態勢から立ち上がり、一直線に気合と共に向かっていく。


瞬間、竹刀が相手の面に、パシィと吸い込まれるように入った。


その動作は、瞬きしていれば見逃してしまうほど素早い。


「一本!」


審判役の生徒が腕を上げる。


道場の中心に立つ二人は、もう一度開始の線に戻って竹刀を構え直した。


相手の生徒も、黙ってはいない。


一瞬の猛攻を、もっていた竹刀を横に構えて防いだが、抵抗できたのはそれだけだった。


また、その次の瞬間に、面を打たれてしまう。


合わせて二本──


二人は、もう一度開始線に戻って蹲踞し竹刀をさやはないが、納める動作をする。


対戦が終わった。


道場に溢れるくらいに集まっていた女子たちがどよめく。


「え?勝ったの?」「いや、どうだったかわかんないよね」


それを聞いていた、剣道部の面々は一様に苦笑した。


「勝ったかもわかんないのに、見にくんなよな」


尤もである。


剣道は、勝ってもガッツポーズなどしない。


それは剣の道に悖るからだ。


勝った、と思った瞬間、気を抜いてはその瞬間の一太刀で命を落とすかもしれない。


その意識でいなければ、負けるのだ。


だからこそ、ギャラリーの女生徒たちにはわからないのも無理はないのだ。


それに、剣士、満園 一樹の一太刀は速い。


本番の審判でさえ見逃してしまうほどだ。


それほど、見切れない。


それでも──


「俺は、まだ弱いよ」と一樹は言う。


確かに、上には上がいる。


だが、一樹の強さは群を抜いていた。


「ふぇー。剣道ってすごいねぇ」


亜結が感心したようにいう。


「あれが、黒いやつ?」


「うん。そうだよ!なかなかかっこいいんだけど、今もかなりヴィジュアルいいよね」


そう言われて燈乃は、防具の面を取った一樹を見る。


(たしかに──)


黒髪を短く刈り上げている様は、一端の剣士だ。鼻筋が通り二重の目は涼やかだ。


そして、座っている様もすっと背筋がたち、決まっている。


さっきも見たが、長身でもあった。185cmはあるだろう。


かっこいい。これは、女の子がキャーキャー言うのはわかるわ。


燈乃は腕を組んで頷いた。


「ねぇ、亜結、気が済んだ?帰ろうよ」


「そうだね。どんな人かはみたし、行こうか」


こそこそと小声で話す。


その時、一樹は燈乃を見た。視線が絡み合う。


そして、ふぃっと視線をそらした。


(なんなの。気分悪い)


ちょっと何故かムカついてしまった燈乃は、先頭だって歩いていく。


「あっ!燈乃、待ってよ!」


慌てた亜結が燈乃について行った。


「私、一樹って子好きじゃないかも」


いつもの喫茶店に陣取った二人は、いつものパフェを食べながらのんびりしていた。


「ええっ。なんで?」


亜結が少し驚いてみせた。


「なんかさ、かっこいいの鼻についちゃった。本人はなにも気にしてないかもだけど」


「あー、あるかもね。それ」


「でしょう?持たざるものの僻みかもしれないけどさ」


「ふーん」


相づちを打って、亜結は燈乃をまじまじと見た。


そういう自分こそである。


少し明るい茶色の髪をロングにして、2つに縛って。鳶色の大きな目に形の良い唇。


見たところ、美少女だ。


背丈もスタイルもスラッとした本当に均整の取れた体つき。


人のことを批判する前に、鏡を見てほしい。


亜結は静かにため息を付いた。


この頃、ちょっと太ってきたんだよなぁ。


「でもさ、あれが、亜結の言ってた黒いのなんでしょ。あの人って味方なの?敵なの?」


「味方、だよ。多分。ねぇ、ほんとにまだ、夢見てないの?」


「うん。なんか、それらしいのはみた、気がするけど。全然わかんない」


「そう、なんだ……」


亜結は、一人考え込んだ。


気まずい燈乃は、お冷を飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る