ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち
石井はっ花
第1話 夢
誰かが呼んでいる──
植原 燈乃(うえはら ひの)はベッドから身を起こした。
夜はまだ深い。午前2時半。3時半をすぎれば明るくなる土地柄でも、まだ宵闇が厚く降りている。
月明かりと浜風がゆったりと木々を揺らしている。
喉の渇きを感じた燈乃は、自室を出た。
長い桜の板張りの廊下を抜け、キッチンへと向かう。
建付けの悪い引き戸はガタガタと音を立てて開く。
蛇口を捻って水を出す。
夜のうちの水は、冷たく心地よく喉を潤した。
「ふう」
一息に飲み干した燈乃は、自室に戻ろうと踵を返した。
その時である。
どこからか、誰かが見ている感覚があった。
「……気味が悪い」
呟いてから、引き戸を閉め、廊下を抜けて自室へ戻った。
ベッドに潜り込むと、すぐに睡魔が訪れた。
そして、夢を見る──。
それは、深い深いところにある記憶だった。
*
夢の中で。
燈乃はIともLともとれない文字の書かれた巨大な扉の前にいた。
その時、燈乃自身読めるわけがないのに、こう思った。
(ユル?死と再生……変なことをかいてある扉だな)
扉を開けてみようと、ふと思った。
燈乃は手をかけると大きさにもかかわらず、軽々と扉は開いた。
その瞬間、
緑──視界全部に緑の風景が溢れた。
*
「あれ?サナ!」
サラサラの銀糸のような髪が陽に溶けている。
“サナ”と呼ばれて、燈乃はぼんやりと声の方を見た。
そこには、子供のような背丈の二人。
「シルカ、ヴァルマ。どうしたの二人とも」
シルカは赤の髪と透明度の高い青の瞳をしている。細い剣、レイピアというのだろうか、腰紐で吊り下げている。
もう一人、ヴァルマは背中に弓を携えている。金の髪が見事だ。耳が尖っていて、瞳は紫だ。
「どうしたの?じゃないわよ。今、使いの方がきて、大神官様がサナのこと呼びに来たわよ。また、なにかやったの?」
サナと呼ばれた燈乃はふくれっ面をしてみせる。
「なにかやったのとは、失礼な。雨が少ないから、ちょっと風を起こして、雨を呼ぼうとしただけなのに」
シルカも、ヴァルマもそれを聞いてやれやれというジェスチャーをする。
「ほんと、こんなのが正聖女とは思いたくない」
ヴァルマがからかうようなトーンで笑う。
シルカが同調する。
「全くだわ。正聖女なのに、昔と中身変わってないんだもの」
三人は、幼馴染だ。本当に幼い頃から、騒がしく楽しく一緒にいた。
ヴェルデ・ガルダ──古代語で「緑の盾」を示す民を守る護衛隊に入ってからも奇跡的に一緒の隊に配属され、騒がしくも賑やかに過ごしていた。
そんな折だ。ブロードソードの使い手のサラが聖女としての能力を開花させたのだ。
ヴェルデ・ガルダの全員が強敵にあたり、全滅をしそうになった時、新たな力がサナの中に芽吹いた。
それは聖女性の芽吹きだった。
その聖なる力は、まず闇属性だった敵を倒した。
そして、瀕死状態であった仲間たちに振り返るとサナは祈った。
主神である、母性と再生の神エルガ=ノアスへの祈りの言葉を詠唱した。
「聖なる天の意志に従いし我が声よ、
傷つきしものの上に降りそそげ。
痛みを宿すその血潮よ、静まりたまえ。
砕けし骨よ、繋がれよ。
淀みし気の流れ、澄みわたりゆけ。
時の綾を織りなおすは、
わが魂の誓いなり。
天(そら)に在します光の御柱よ、
今ここに降り立ちたまえ。
いのちの名において告ぐ。
《エル=ノア・レフティアス》
聖なる回復の律動よ、
この者の肉に、骨に、心に、
穢れなく、偏りなく、
静かに満ち満ちたまえ──
願わくば、この身に流れる光が、
あなたの明日を照らさんことを。
《癒えよ──ラ=ソリド・エン・ティール》」
その時、ヴェルデ・ガルダの戦士たちの体が白く発光した。
光が消えると、その者たちの怪我も全て治っていた──
サナは里であるルアヴェリシアに帰還すると同時に、聖女として祀り上げられた。
その力は、歴代の聖女の力をも凌ぐという。
その、聖女性に溢れたサナはというと──
「うっさいわね。こんなのとかいうな」
そう返す。友と話すその声は明らかにふざけていた。
そこへ──
「おい!サナ!お前まだいたのか?」
ソードマスターのイェレがサナを呼びに来た。
スラリとした体躯の持ち主で、神は黒の短髪、瞳も黒い。黒豹というようなしなやかさがある。
その隣りにいるのはオスクだ。
茶色の髪を横縛りにしている。グリーンの瞳が涼やかな男性だ。
弓をもたせたら、百発百中。
早打ちの名手だ。そのオスクが笑っていた。
「サナはいつも神殿行きたくないみたいだね。何かにつけてサボろうとしてる」
イェレがわざとらしくため息を付く。
「お前、いいかげんにしろよ。後で色々言われるの俺達なんだからな」
「それは、わるうございました」
サナはまたふくれっ面をする。
「いいから、行けって大神官に、また説教三時間だぞ」
「それは嫌だ……」
サナは震え上がった──
*
──目が覚めた。
燈乃は自分が、夢の中と同じように笑っていることに気がついて気味が悪くなった。
身を起こすと、どうしてか夢の中で吹いてた風が身にまとわりついている気がした。
窓の外からは静かな波の音がする。
いつもの朝だ。
燈乃は頭を振ると、ベッドから降りた。
一日が始まる。
*
燈乃は制服を着て自室を出た。
紺色がベースになったブレザーだ。
紺地に、濃いグリーンのタータンチェックが映えている。──たしか“タータン”って言うんだったか。
そして内側にベストを身につけるのが冬の制服となっている。
女子の制服は、第一優先として、スカートが選ばれるが、スラックスでも良いことになっていた。
五月──この地方は北海道でも気温の低い地域だ。
他の地域は桜の終わるくらいの時期でも、まだストーブが欠かせないのだ。
燈乃がリビングに入ると少し暑いくらいに薪ストーブが燃えていた。
「おはよう、お祖父ちゃん、ヴァルッテリ」
ソファで地元紙を呼んでいた植村 展久(うえむら のぶひさ)が新聞から顔を上げた。
キッチンに立っていたヴァルッテリ・サールトは。卵をフライパンに落としながら振り向いた。
二人は口々におはようと言って笑った。
「あれ?仰はまだ?」
いつもなら、ダイニングですでに朝食を食べているはずの弟・植村 仰(うえむら あおぐ)が起きていない。
「マダ、起きてこないデス」
ヴァルッテリが応えた。
「ちょっと、起こしてくるわ」
燈乃は来た廊下を引き返し、仰の自室のドアをノックする。
「ねえ!起きてんの?朝だよ?ちこくするよ?」
「……」
中からは、何故かすすり泣くような声。
「どうしたの?ねぇ。仰?」
再度、燈乃が仰を呼ぶが答えが返ってこない。
──四年前、両親と共にある交通事故に巻き込まれた。
後部座席に座っていた二人は無傷。
運転席に座っていた父・植村 聖司(うえむら さとし)と母・植村 円加(うえむら まどか)だけが亡くなった。
事故は、後進してきた大型トラックを避けきれず起こったものだった。
ドライブレコーダーに記録が残っていたため、植村一家の過失はないものとなった。
だが──
仰は今も、その時の夢を見るのだ。
そんな時は、いつもひどい顔色で起きてくる。
今日もそのパターンだと思い、燈乃は急いでドアを開けた。
「仰?!」
ドアを開けると、緑色が溢れた。
「え?」燈乃は瞬きを繰り返す、と。
いつもの仰の部屋だ。
なんだったんだろう。
昨夜からおかしなことが起きすぎる──
少し疲れを感じた燈乃だった。
ベッドの上では、ベージュ色の髪をした少年がパジャマ姿のまま泣いていた。
「あ、お姉……ちゃん……」
「どうしたのよ、仰。また、あの夢、見たの?」
「ううん……多分、全然別の、夢……」
まだ、夢の中にいるみたいな声で仰は返した。
「お姉ちゃんは、夢、見なかった?なんか変な夢……」
「うーん。見たっちゃみた、かな。あんまり覚えてないけど」
「……そう」
仰は、どことなく、いつもの仰と違っていた。
夢に何かあったのか?と燈乃は考えてまた頭を振った。
「仰、大丈夫?」
「うん。いつも通りだよ」
「そうなの?ねえ、遅れるよ?先、食べてるから、早くね」
「うん。わかった」
そう返す、仰もいつも通りではない。
気にはなったが、このままでは燈乃自身も遅れてしまう。
仰を残して、先にダイニングに戻った。
*
「おはよー」学校内はいつもの朝と変わりなかった。
いつも通り、教室2−Cの引き戸を開ける。
そして、級友と話してる岩室 亜結(いわむろ あゆ)に話しかける。
「亜結!おはよう」
「おはよー」
「なんかさ、亜結。変な夢見たんだって!」
夢って、また夢?
燈乃は、また驚いたが、
「え、どんな夢?また、どっかのイケメンとデートしてたとかじゃないの?」
「違うよ!よくわかんないけど、ファンタジー的な?」
「へぇ?」
「あ、燈乃!あんたも夢に出てきてた、と思う。銀色のなっがい髪してた。聖女だって。笑えない?」
「え?」聖女って言った?
「そしてさ、なんか、剣道部のあの子も出てきてた気がする」
「あの子って?」
「えっと、満園 一樹(みつぞの かずき)だっけ。めっちゃ強いらしいじゃん」
「え?あんた、彼のファンだったっけ?」
「ちがうよ!」と亜結が否定した時、
「おらー、チャイムなってるぞー」と担任の小籔先生が、教室に入ってきてその話はたち消えになった。
席へ戻りながら、夢の符号に燈乃は驚いていた。
本当に、なにか意味があるのかな……。
燈乃は、少し怯えた。
*
教室の片隅で、さっきまでの亜結と燈乃の会話を聞いていた生徒がいた。
楠浦 滉(くすうら こう)だ。
彼も、昨夜、夢を見ていた。
長い長い夢だった。
今と髪色も目の色も違う。だが、自分だと何故かわかった。
剣を振るう。戦い、戦い抜いてそして死んだ。
この教室にも、いる。それはどうしてかわかる。
同胞だ。
彼らも、髪色も瞳の色も背丈だって違う。
でも、肌感覚として彼らは同胞なのだ。
ヴェルデ・ガルダの一員なのだ。
滉は、陰キャだ。
亜結のように燈乃などとワイワイ話しなど出来ない。
PCに向かっているときなら、溢れるほど言葉が出てくるが、話しかけたりすることが出来ない。
このことは、僕の胸の中にしまっておこうと滉は思った。
そのあと、全然授業には集中できなかった。
窓際の滉の席からは、陽に輝く大海原が見えた。
その青を見ていると、夢の中の燈乃の瞳の色を思い出した。
マリンブルーの瞳と長い陽に輝く透けるような銀の髪が、とても美しかったのを覚えている。
夢の中で滉は燈乃たちに、マウヌと呼ばれていた。
両刃の剣を扱う、情報戦に長けた男であった。
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