第17話 潮目

 十五分間の休憩を挟んで、若手作家対談の後半戦が始まった。


 司会進行を務める篠原が話題を変えた。


「前半では今、最もホットな小説『罪とバグ』に関する感想を伺いました。後半では話題を変え、小説家がどのように小説を書いているのかをお聞きしたいと思います。藤岡さん、いかがですか」


 藤岡春斗が「なんで、ぼく?」という表情を浮かべた。


 ぼく、主役メインじゃないんですけど。


 そういう非難がましい目で篠原を見たが、篠原はしれっと無視した。


「……ぼく、小説をどう書いているのか、自分でもよくわかんないんですよね。物語の部品パーツを揃えると、妖精さんが勝手に書いてくれてる感じ」


 猫背の小説家がぼそぼそ喋り、会場を困惑させた。


「とりあえずソファーでゴロゴロして、妖精さんが近くに降りてきたら、あとは自動筆記のようにタイピングするだけで指が勝手に書いている。だいたい、そんな感じです。だから後から読み返すと、あれっ、ぼく、こんなこと書いたっけって思います」


 ナチュラルに天才発言をかまして、会場中がどよめいた。


「佐原さんは小説、どんな風に書いてますか」 


 無邪気に問うが、佐原凜は愛想笑いを浮かべるだけ。


 自分で書いていないから、書き方を具体的に語れなかった。


「そうですね。わたしも似たような感じかもです」


「ぼく、話の筋はけっこうどうでもよくて、作者と対話するように読むんです。佐原さんの小説はなんというか、作者の顔が見えないんですよね」


「どういうことですか」


 篠原のいう「本物の作家」を相手にして、佐原凜の表情が翳る。


 自分で書いていない佐原凜がどだい太刀打ちできる相手ではなかった。


 景には篠原の魂胆がよくわかった。


 十代若手作家対談などと銘打たれてはいるが、篠原が真に世に出したいのは藤岡春斗で、女子校生アイドル作家と持て囃される「偽物の作家」である佐原凜はおよそ噛ませ犬に過ぎない。


 なるほど、これは公開処刑の場か。


 そう思ったら、和やかな空気の会場が殺伐とした処刑場に見えてきた。


「平仮名の『ぼく』だとなんか甘えた感じで、漢字の『僕』だと、ちょっと硬質な感じになるじゃないですか。佐原さんの小説、けっこう硬質だな、と思ってて。佐原さんも書く時、妖精さんがいる感じですか」


 藤岡春斗のふわふわした物言いに聴衆から笑いが漏れた。


 彼は『罪とバグ』の真の作者が誰か、把握しているのだろうか。


 たぶんだが、何も聞かされてはいないだろう。


 藤岡春斗の読解力は、あまりにも解像度が高過ぎる。


 の違い。


 たったそれだけで小説の硬質さを判定し、真の作者の顔を炙り出していた。


 裏事情を知らされなくたって、世に出た本を読むだけで何もかも見抜いてしまった。


「佐原さんの小説、『僕』の一人称で書かれていますよね。女性アイドルの歌詞も『僕』という男性視点で書かれた曲がわりとある気がするんですけど、実際は男性の作詞家が書いていたりするわけですよね。佐原さんの小説も、なんかそんな感じで、誰か別の人が書いていそうな雰囲気なんですよね」


 藤岡春斗は悪意なく核心を突いた。


 それはまるで、のようだった。


 佐原凜のゴースト問題がほぼ決定打になる無邪気すぎる名推理に観客がざわつき始め、凜はしどろもどろになった。


 壇上の凜は、関係者席に座る景に助けを求めるような視線を送った。


 景には、その視線の意味がはっきりと理解できた。


 ごめん、もう無理。


「妖精は……いるかも」


 真っ青な顔をした佐原凜は項垂れ、ぽつりと言った。


 その発言の重さが景にはよくわかった。


 こわごわとスマートフォンを操作し、ネット上で同時中継されている映像を眺めた。


 公開収録の様子はネット上で拡散され、「悲報! 佐原凜、ゴーストライターを自白」といった切り取られ方をされていた。


 司会進行の篠原が藤岡春斗を強制退場させた。


「お話は尽きませんが、対談相手の藤岡さんにお話を伺うのはここまでとさせていただきます。これから質疑応答の時間に移りますので、ご質問がある方は挙手をお願いいたします」


 悪意なくゴーストライター説を裏付けてしまった藤岡春斗は、「ぼく、なんかまずいこと言っちゃいました?」とぽかんとしている。


 藤岡春斗は先輩作家の高槻沙梨に呼ばれ、「春斗くん、君ねえ……」と半ば呆れられた。


 佐原凜への質疑応答はほとんど盛り上がらず、ネット上では藤岡春斗が異常なほど賞賛されていた。


「もしやこいつ、天才か」

「童顔の小悪魔が世界に見つかってしまった」

「鬼畜妖精すぎる」

「ちょっとは手加減してやれ」

「悪意がないのがかえって恐ろしい」

「自爆というより、事故だろ」


 完全に潮目が変わったな、と景は思った。

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