早朝の掘り出し物


「ほら太宰、散歩行くぞ〜」


「わふっ!」


 秋の早朝というのは、底冷えするような寒さをしている。外に出る気力なんてすぐに削がれるほどなのに、それでも外に出なければならない理由が雷花にはあった。それはズバリ、犬の散歩である。


「……雷花、寒いんなら無理しなくていいぞ?」


「そうだよ。無理しないで、雷花くん」


「むむむむ無理してませんんんんんよ」


「わぅ……」


 厚着で身を震わせながらも、雷花は二人の後を追いかける。風雅にリードを持たれた飼い犬が、どこか呆れたような顔で雷花を見上げていた。

 クリーム色の毛並みを持ったゴールデンレトリバー、もとい太宰は風雅の飼い犬である。風雅は太宰の散歩を朝の日課としていて、雷花は気が向いた時に同行することにしていた。だが段々と冬が近くなってきたせいか、早朝はあまりにも肌寒い。雷花は嬉しそうに左右する太宰の尻尾を見つめながら、海馬の海岸沿いを歩いた。


「そういえば、なんで太宰って名前なんです?」


「確か、母ちゃんの好きなアニメ? 漫画? に出てくるキャラの名前から取ったとかなんとか」


「文豪の太宰治ではなく?」


「そうだけど、そうじゃないのかも」


「わふっ!」


 要領を得ない三人の会話に、名前を呼ばれた太宰が嬉しそうに返事をする。まあ可愛いから良いか、と雷花は早々に思考を放棄した。

 砂浜の上に足跡をつけながら、太宰がはしゃぎ回る。海辺を通り、階段を上がって、坂を上がって。いつもの散歩コースの中で、少しばかり高校が見えた。人の声が聞こえた気がして、雷花は顔を上げる。高校の昇降口の前に、大きなトラックが停まっていた。雷花は思わず足を止め、トラックの前で行き交う生徒たちを見つめる。すると、その視線に気付いたのか、風雅が呆れた声で言った。


「雷花ァ、何やってんだ。散歩終わってねえぞ」


「─────」


「学校が気になるの? ……あ、誰かいるね」


「───……」


「おい、行くなよ? 流石に不法侵入になるだろ、この時間帯だと」


「後で追いつくので先に行っておいてください」


「あっ、おい!? 雷花!?」


 二人の説得にはまるで耳を傾けず、雷花は開け放たれた正門をくぐって昇降口の前へと走っていった。

 昇降口の前に停まっていたトラックは、大きく口を開けていた。その周りにいるのは殆どが女子生徒で、見慣れないポロシャツに身を包んでいる。デザインから察するに、吹奏楽部の部員だろうか。矢継ぎ早に黒い箱、恐らく楽器の入ったケースを運んでいた。トラックの近くまで運ばれたそれが、トラックの近くにいる男子生徒によって荷台に積み込まれる。トラックに備え付けられている昇降機の上には、大きな鍵盤楽器と真生が並んで立っていた。


「チャイム行きまーす」


「はーい」


 身の丈ほどはあるであろうチャイムが昇降口から運ばれて、トラックの昇降機の上に置かれる。真生がチャイムを抑え、刹那、昇降機が上がった。昇降機が上がりきったところで、チャイムがトラックの荷台へと押し込まれていく。延々とそれの繰り返しで、真生は昇降機の上から動く気配がまるで無かった。荷台から軽々と飛び降りたり飛び乗ったりしている瑠璃とは対照的に、真生はそこからまるで動かない。動けない、とでもいうように。


「ふむ」


 雷花は満足したと言わんばかりに頷き、くるりと踵を返して学校を後にする。

 その背中をいつまでもいつまでも瑠璃が見つめていたことに、雷花はまるで気づかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る