容疑者四十名
『本当に覚えてないのよ』
『いつ撮ったんだろうねアレ!?』
『初めての文化祭だったのに〜!!』
「……う〜ん……」
三手に分かれて得た聴取の結果を見比べ、雷花は思わず腕を組む。それは風雅と梅も同じで、部室には困惑の空気が漂っていた。
忘約者が関わっている。故に雷花は、喜び勇んで事件の調査を進めた。そこまでは良かったが、肝心の調査の結果が振るわなかったのだ。生徒は何を尋ねても「知らない」「分からない」の一点張り。さらに詳しく調べてみて分かったのだが、どうにも彼らは自分たちがどんな出し物をするかすら分かっていなかったようだ。
「出し物を知らないって……そんなことあるか? クラスで決めるやつだろ?」
「うん。確か実行委員の子が、葉月ちゃんのクラスの実行委員と出し物を取り合ってて……わたしのクラスが勝ったから、別の物に変えたって聞いてたんだけど……」
「台本、衣装、舞台……物的証拠は揃っているのに、証言がまるで出てきませんね……」
刑事ドラマなんかでは,証言があるのに物的証拠が出ず悪戦苦闘する展開がよく見られる。だが今回はまるで逆だ。あらゆる物的証拠が動画の撮影を指し示しているのに、目撃証言がゼロに等しい。というかゼロだ。そんなことがあり得るのか。自分たちが準備した出し物を覚えていない、準備した記憶すらないなんて、そんなこと。
頭を抱える雷花の横で、風雅がプロジェクターを起動し件の動画を見る。効果音や音楽はフリー素材、エフェクトは手作りの段ボール。楽しそうに撮る様子は、明らかに本人たちだ。なのに当人にはその記憶がない。なぜだ。一人ならまだしも、全員が忘れるなんてあるのか。頭を悩ませる雷花の横で、スマホをいじっていた梅がパッと顔を上げた。
「ねえ、見てこれ! ワンデイに載ってたやつなんだけど……」
「ワンデイ……ああ、一日で消える投稿ですね。これは……クラスメイトの?」
「うん。葉月ちゃんが夏休みに投稿したワンデイのアーカイブ。これ……学校だよね?」
SNSに投稿された写真、そこには、海の見える窓を背に可愛くポーズを決めている五人組の女子生徒が映っていた。海が窓から見える学校はそう多くない。あのクラスはちょうど眺めのいい場所だったし、学校で撮った物で間違いないだろう。手前に見切れているのはペンキやら布やら、文化祭の準備で使う物ばかり。夏休みの間、学校は文化祭準備と部活動に限り教室を開放していた。その一環で撮られたものであろうことは容易に想像がついた。
梅が次々とスクロールする。いろんな女子生徒の投稿が、文化祭の準備を匂わせていた。その中には撮影風景も紛れていて、あの動画がクラスメイトによって撮られたものなのは間違いなかった。やはり、オバケなんていない。いるのは忘約者だけだ。確信を得た雷花の隣で、風雅が訝しげな顔をした。
「『文化祭準備!』……あのクラスの投稿で間違いねえみたいだな。でもそうなると、なんで撮った覚えがないなんて嘘を……」
「嘘じゃありませんよ。少なくとも、彼らにとっては」
「……雷花くん、まさか」
「忘約者が記憶を飛ばしたって言いたいのか?」
「ええ」
二人の推理に頷き、雷花はまた考え込む。
忘約者を暴く唯一の方法、それは、無くした記憶を揺さぶることだ。逆に言えば、記憶喪失の人物がいたらまず怪しむべきである。それで大体忘約者は見抜ける。だが、今回はそうはいかない。忘れている人があまりにも多すぎるのだ。怪しい人が多すぎて、一人に絞れない。雷花は眉間に皺を寄せながら、二人に告げた。
「ですが、今回はクラスメイト全員が記憶喪失になっている……この中から忘約者を一人見つけるのは至難の技でしょう」
「一人? 全員が忘約者って可能性はねえのか?」
「クラスメイトは殆ど魔力の影響を受けていましたが、その色は同じだった。複数犯である可能性は、限りなく低いでしょう」
「……それって……」
何かを察して青ざめる梅に、雷花は深く頷く。厄介なことになったと、その事実だけを瞳に浮かべて。
「クラスメイトの記憶を消した一人の忘約者を、総勢四十名の中から探し出す必要があります」
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