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「ユウ先輩っ!!!!」
「うわっ、」
「先輩、めちゃめちゃうなされてましたよ。ミイがいなかったらどうなってたんでしょうか?」
私の肩をがっしりと掴んだまま、ミイは私の顔を覗き込んだ。
ああ、夢…最後にレイは…
記憶がどんどん遠ざかって、ついに思い出せなくなった。
額がジンジンと痛む。どうやら机に突っ伏して寝ていたようだ。
あの夏の軽やかさはもうない。制服だって冬服だ。
相変わらずごちゃごちゃとした軽音部室を眺めて、ため息をつく。
「…レイは?」
「……先輩。」
ミイの顔が強張って、私を見つめている。
ポニーテールの黒髪がゆれて、レイの面影が重なる。
ああ、レイ…。
「…そう、だよね。ごめん。」
「…いえ。」
ミイは目を伏せて、それからアコギを取り出した。
レイとはどこか違う。
持ち方…、雰囲気?
ミイは私のことを気にかけながらも、ピックを振り下ろす。
ミイ。豊水美唯は、私たちの、というかレイの後輩だ。
ミイもレイのことは慕っていた。部で唯一二人だけのアコギだ。仲は良かった。
だからいつもレイのところにいる私も、自然と仲良くなったのだ。
今となってはレイの代わりに、木曜日に来ている。
それでも私はいつもここで勉強をしていた。
もう高校2年生だ。いいかげん勉強もしなくては。
でも、今もまた何も頭に入らない。
教科書を眺めても、すうっと、視線が表面を滑っていくだけだった。
シパシパした目で遠くを眺めてみる。
ふと目に入った黒板には部員全員の名前が書いてあった。
初めてのミーティングの時に書くらしい。
ゆっくりと、立ち上がる。
こつ、こつ、とローファーがくすんだフローリングを叩く音がする。
静寂。軽音部室なのに。
教壇に登り、黒板の前に立った。
「片海、零唯…。」
レイの文字の下を、なぞる。
綺麗な、名前だと思う。
透き通った青が頭に浮かんだ。
いつの間にか部長とも仲良くなった私はその隣に名前を書かれていた。
歌川優。
二人合わせて、ゆうれいだね。
あ、苗字取ったらうたかただよ。
そんなことを言って、くすくす笑っていたっけ。
ずっと、二人一緒にいようね。
レイがいつも言っていた。
泡沫と、幽霊。
儚い言葉たちだと思った。
本当に、こんなに儚く崩れてしまうものなのか。
「ユウ先輩…。」
私を眺めていたミイはアコギを置いて、私の隣に立つ。
粉っぽい黒板の表面を指でなぞる。
いつかの日のチョークの粉が指先についた。
「レイの名前、消されちゃうのかな。」
「どうでしょうか…。」
急にミイはぎゅううっと私に抱きついた。
強く、強く。
腰に確かにあるその温もりに、私は目を見開く。
「ユウ先輩。大丈夫です。ミイがついてますから。レイ先輩の代わりにミイがいます。」
ギラギラとした目が、私を見つめている。
ああ、なんて優しい子だろう…。
「そうだよね…。ありがとう。ミイちゃん。」
ミイはきゅっと目を細めた。
「ミイでいいですよ。」
「うん、ミイ。」
「はい!ユウちゃんっ!」
「…ちゃん?」
「…ちゃんです。」
なぜか気に入ったらしい。
鼻をヒクヒクとさせながら、笑っている。
「ユウちゃん!かわいいですっ!」
私はまだあんなテンションになれないなあ。
遠い目で明るいミイを見ている。
あーあ、まだ私。ずっとずっと、引きずってる。
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