第47話 作者
少女は、小さく、全てを知る、そして心底恐ろしい笑みを浮かべた。「ほらね。ずっと静かになった。これで、ちゃんとお喋りができる」
「心配しないで」彼女は付け加えた。「あんたを止めに来たわけじゃないから。ただのファンだよ」
「ゲムちゃん!? いるのか!?」俺は必死に心の中で呼びかけ、触手を出そうとしたが、何も起こらなかった!
繋がりは、消えていた。俺はただの俺に戻っていた。小太り気味の二十九歳の男が、丘の上に、完全に無力な状態で立っている。
「てめえ、一体何者だ」俺の声は、かろうじて平静を保っていた。
少女は片眉を上げた。その真紅の瞳に、面白がるような光がちらつく。「あら、あんたの小さな寄生虫には、もう声が聞こえないみたいだね?」
「私の名前? 作者、とでも呼んでくれるかな。どんな名前でも、大差ないけど」
彼女がもう一歩踏み出すと、圧力が増した。まるで、彼女の周りの空気そのものが歪んでいるかのようだった。
「あんたは面白いね、博人」彼女は言った。「ゲムちゃんがあんたを選んだのは、あんたが哀れで、ありきたりだったから。奴の壮大で、退屈な計画のための、単純な道具としてね」
「でも、あんたは奴が予期していなかったことをした。あんたは、あの子たちを気にかけ始めた。デートに連れて行き、居場所を与えた」
「あんたは、奴の冷たく、宇宙的な計画を、ぐちゃぐちゃで、人間臭いものに変えた。ずっと、面白くなったよ」
彼女は俺の数フィート手前で止まり、パーカーのポケットに手を突っ込んだ。「いいかい、私はこの物語が、千もの世界で繰り広げられるのを見てきた」
「停滞した秩序の力である『光』。利己的な混沌の力である『闇』。いつだって同じ。退屈で、うんざりする」
「でも、あんたは…新しい章を書いている。だらしなくてスケベな男が、偶然にも、トラウマを抱えた超能力者のハーレムの、愛情深い父親になる物語。最高のクソみたいな物語で、私はそのためにここに来たの」
彼女はにやりと笑った。鋭く、白い歯が光る。「だから、あんたを傷つけに来たわけじゃない。なんで私が主人公を殺すの? 私はただ、ちょっとした刺激を与えに来ただけ。物語を面白くし続けるための、新しいプロットツイストをね」
彼女が指を鳴らした。その音は、現実そのものを引き裂く鞭のように、乾いた音を立てた。
眼下のスタジアムで、敗北した光のイージスの五人のメンバーが、うごめき始めた。彼女たちの周りの純白の光は、混沌とした虹色へと砕け散る。
彼女たちの目が開かれ、無軌道な、狂気の怒りで輝いていた。彼女たちは、ぎこちなく、不自然な動きで立ち上がる。
「セイギ! コントン! コロセ!」ヴァルキリーが、不協和音のノイズが混じった声で絶叫した。
光のイージスは、壊れたバーサーカーとして書き換えられたのだ。彼女たちは一斉に振り返り、その狂気の視線を、俺の少女たちに固定した。
「ほらね」作者は、恐ろしく、創造的な喜びに満ちた目で言った。「ちゃんとしたラスボスでしょ。ラスボスってのは、形態変化するのがお約束じゃない? その方がずっと、エキサイティングだと思わない?」
「あんたの小さな石ころのことは、心配しないで。お楽しみが終わったら、返してあげるから。さあ、ショーを見ようじゃないか」
俺は歯を食いしばり、無力な拳を握りしめた。「…わかったよ」俺は吐き捨て、その場に座り込み、再び戦いに目を向けた。
「俺の娘たちが、てめえが仕掛けたどんなクソ展開にも、負けるもんか」
作者は、心からの喜びの声を上げて笑った。彼女は俺の隣に、あぐらをかいて座った。まるで、これから映画を見る二人の友達のように。「だといいけどね! 一方的な殺戮なんて、つまらないもの」
フィールドでは、俺の堕天したちが、ショックを受けていた。
敗北したはずの敵が、純粋で、暴力的な狂気のオーラを放ちながら、再び立ち上がっている。
バーサーカーと化したヴァルキリーが、蒼に突撃する。その槍は今や、生の、混沌としたエネルギーの、ギザギザの破片と化していた。バーサーカー・ゴーレムが咆哮し、その肌はギザギザの結晶体へと再構成されながら、茜に叩きつけられた。
光のイージスは、純粋で、予測不可能な破壊のエンジンと化していた。彼女たちに戦略はなく、ただ怒りと、生の力だけがある。
「正気を失っているわ!」蒼の声が、混沌を切り裂いた。「これまでの戦術は、もう通用しない!」
俺の少女たちは、即座に反応した。
「焔、完全封鎖! 茜、防御陣形! 美姫、感覚を撹乱して! 千代子、大ダメージに備えなさい!」
焔は、フィールド全体に巨大な重力のドームを展開し、全員をその中に閉じ込めた。茜は殴り合いをやめ、その力を使って攻撃を受け流し、他の者たちを守り始めた。
美姫の歌は、混乱を誘う、方向感覚を失わせるノイズへと変わった。千代子の両手は、強力で、守護的な紫色の光で輝いていた。
彼女たちはもはや、勝つために戦っているのではなかった。生き残り、互いを守るために戦っていた。
「ね?」作者は、完全に没頭して言った。「これだよ、これ。闇から生まれたあんたのチームが、今や、完全に狂ってしまった『正義』の力から互いを守るために、自己犠牲で戦っている。この皮肉が、たまらなく…美味しい」
「てめえみたいな腐った作者がいるから、この世界はこんなクソみたいなことで溢れてるんだ」俺は地面に唾を吐きかけた。「ガキどもに、フリフリのドレス着せて、無給のインターンシップみたいにモンスターと戦わせやがって」
作者は俺の方を向いた。ゆっくりとした、危険な笑みが、彼女の顔に広がる。彼女は全く気分を害していなかった。「腐ってる? ああ、あんたは何もわかってない。私がこの世界を書いたとでも思う?」
「やめてよ。この設定、この『魔法少女』っていう使い古されたテンプレ…ただの雛形だよ。どこにでもある、パブリックドメインのゴミみたいなもん」
彼女は身を乗り出し、その声を共謀者のような囁き声に落とした。「私は、クソみたいな状況を創ったんじゃない。ただ、その中に可能性を見出しただけ。本物の物語になる、可能性をね」
「哀れで、トラウマを抱えた少年兵たちが、ついにスケベなモンスターじゃない『何か』に出会ったらどうなるかっていう物語。お約束を壊す『何か』にね」
彼女は、混沌とした戦いを見下ろして、指差した。「私が悪役だと思う? 私は、この予測可能な物語に、混沌という変数を与えただけだよ」
「私があんたみたいなキャラクターを導入したの。だらしなくて、スケベで、驚くほど共感能力の高い、物事を変えることができる異常存在をね」
「あんたが現れるまで、この世界はただ惰性で動いていただけ。でも今は? 今は、心臓がある。壊れてて、機能不全だけど、でも、とても、とてもリアルな心臓がね」
彼女は、計り知れない満足感を顔に浮かべて、背にもたれかかった。「私は、この世界の作者じゃないのよ、博人。私は、あんたの物語の作者。そして物語は、ここからが面白いところなのよ」
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