11章 「TSよわよわVtuberこはね」としての人生へ
132話 女の子として、再出発な人生
「おはよう、優花」
「……兄さん」
体じゅうは筋肉痛。
しかも左腕は肩のスジを痛めていて……必要もないのに心配だからってギプスをはめられている。
けども……片腕は、使える。
それだけあれば、充分だから。
「僕、家庭科も得意だったし……冷蔵庫の残り物で、よく、優花にごはん作ってたよね。『将来は良いお嫁さんになってください』って冗談言ってきて」
「冗談ではありません」
「あはは、そうだね」
朝からこれは、ちょっとだけ重たいかもだけど、でも。
「……優花は甘口のカレー、好きだったよね。じゃがいもたっぷりで、にんじんは少なめで。豚バラもほどほどの」
「……はいっ……はいっ……!」
……30分くらい前に仕事に出た父さんも、母さんも、同じ顔をしていた。
だから、務めて気にしないようにして――僕も、テーブルに向かう。
「――まずは、早寝早起き。ニート改め家事手伝いとして普段からの洗濯掃除、ゴミ捨てに加えて……あったかいごはん。優花に見つかってからの生活で、早起きも慣れてるし……なんとかなる。せめて、気分が乗ったときだけでも顔を合わせて、話して……ね」
よじ登らないと座れないイスの高さにも、クッションを2枚重ねないと届かないテーブルの高さにも、もう、慣れた。
「今の課題は、優花の受験――推薦で行けるかもだけど、せっかくだからって目指してる当日までの朝夕、それに晩飯担当……かな」
「……こんなご飯を毎日食べていたら……どんな大学でも行けます……!」
「あ、や、先生に勧められたっていう海外の大学へ特待生で行くのはちょっと……や、優花なら大丈夫なはずだけど、それでも黒髪ロング美少女とか、あっちで絶対男たちから見逃されないから心配で。いやいや、でもでも優花のキャリアと将来のためには海外の方が――」
「……兄さんが法律上でも『夫』になってくれたら万事解決なのですが」
――――すっ。
僕の前に、あれからもう何度目の結婚届が差し出される。
「や……法律上できょうだいでしょ、僕たち」
「介護班のみなさんが、伝手はあると。優花先生からも」
「えぇ……とにかくダメ。少なくとも、今は」
「むー……」
むくれてみせる、優花。
きっと世の中の男たちが放ってはおかないし、放っておけない何かを達成するだろう才女。
そんな――DNA的には家族じゃなくなった僕を慕ってくれる妹が、笑う。
「――いつか、振り向かせてみせますから」
「妹が良い旦那さんを捕まえるのを見届けるのが、兄としての幸せなんだけどなぁ……」
「まずは人口授精と人工子宮を一般まで普及させますね」
「それは偉業過ぎるけど、その動機がなぁ……」
気まずいのをごまかすために、お子様スプーンですくって口にしたカレーは……あったかくてやわらかくて、甘かった。
◇
「……あれ以降、吐き気や嘔吐、悪寒やフラッシュバックは無いと」
「はい。みんなのおかげで……先生のおかげで、です」
如月先生。
僕のことをずっと、1歩引いたところから見守ってくれていた人。
――元の僕の年齢的に、僕の才能と経歴さえ釣り合っていれば、心惹かれただろう美人さんは、優しい笑みを向けてくれる。
「……げろげろは?」
「先生が望むなら出せますけど」
僕はおもむろに口を開け、喉へ指を突っ込もうとして――ぐっと止められる。
「……いえ。今は、要りません」
「でも、先生はこれでしか興奮できないんですよね?」
「大丈夫です」
この前、さりげない感じでさりげなくなさすぎる暴露をしてきた美人さんが、きりりと僕を見つめる。
「……私は、たとえ偶然でも私の元へ来てくださった患者さんが元気になり、いつの間にかに来なくなる――医師としての本分に、喜びを感じるんです。こはねさんについても……ええ。今のあなたの笑顔の方が、げろげろよりも貴重なんです」
――すっ。
僕は、かばんの中に厳重に保管していたクーラーボックス内の、3重のビニール袋をちらりと出して。
「昨日、うっかりインターホンで出ちゃったときに漏れ出たげろげろがありますけど」
「研究資料として受け取っておきます」
――がしっ……しまいしまい。
僕の排泄物を、恍惚としながら収めていく女の人。
「こはねさんは――男性ですから、他人の性癖へ理解はあるのですよね?」
「ありますけど、もっと他のものにも目を向けた方が良いと思いますよ?」
「ぐふっ」
もうすぐ10回くらい目に訪れる病室で机に突っ伏した賢い人を前に、僕は心なしかのジト目を向ける。
「――『あちらのこはねさん』は」
「あのとき以来。……いくら呼びかけても」
「そう……ですか」
結局としては相談の上、僕は「TS病――原因不明の身体変化現象の患者」として、国からの支援を受ける代わりに情報提供をする契約を交わした。
おかげでこれまで父さんが払ってくれていた治療費とかも帰ってきて――なにしろ僕はニートの穀潰しだからお金なんてなかったんだ――以後も病院に行って必要なお金はないらしいし、僕が食べる分程度はなにやらがもらえるらしい。
ただ、如月先生の診察はこれからも続いていくし……その、女の子の肉体としてなら今後予想される、せ、生理……とかの現象についても報告する義務があるらしい。
あくまで僕は、保護されている存在。
肉体の変化、精神の変化を月1で細かく報告することで生活する存在になるんだ。
「……彼女の世界の人たちからは、きっと真剣さが違うと怒られてしまうでしょうけど。私たちは……私は、こはねさん。綾瀬直羽さんの幸せを、願って止みません」
――「伝手を使えば順番を早く回してもらっての女性同士の人口授精も可能です! ああ、収入は充分なのでシングルマザーでも問題ありません! 遺伝子を使って良い許可さえもらえたら! 根性で産休と育休は数ヶ月で済ませますし認知は求めませんので!」などととんでもないことをのたまってきた人は、それを忘れたことにして言ってくる。
「これからも、何かがあればご相談を。……あ、で、でも、もし女性ホルモンの影響で男性に惚れたなどがあれば私の精神破壊の危機ですので――」
「そんなことはこれっぽっちも無いと思いますので大丈夫です。はい、絶対に。あ、時間なので失礼しますね」
僕は、逃げる。
……先生は、賢いからこそ残念な女性は、適度な距離感が最適だから。
◇
「こはねちゃんさんは、女の子が好きなんですよね?」
「その言い方には語弊しかないと思います先生」
「お胸――おっぱいとおしりの大きさにもこだわりはないと!」
「先生、冷静になりましょう先生」
今日のひより先生は壊れていた。
最近はよくあるんだ、なんだかバグってる先生が。
「わ、私とかどうでひょうっ!?」
「まずは深呼吸しましょう先生」
冬休みということで存分にくつろいでいたはずの彼女は、なぜか恋バナってものに熱心な女子に変貌していた。
「……最近、どんな資料を?」
「主に恋愛ものを!」
「恋愛脳は程々にしましょうね」
ふんすっと差し出してくる先生のタブレットには、これでもかと恋愛ものの表紙――それも、女の子同士のものが。
「私、学びました! 女の子同士のなんたるかを!」
「先生の画風には合ってますけど僕は男です」
「肉体は女の子なので、愛の営みのときには大丈――――ぶ……」
そう言いかけて目を見開いてから、たったの数秒でゆでだこになる先生。
ああ……先生の純粋な精神が汚染されている。
いやまぁ、同年代の男子どころか女子に比べてもピュアなのは間違いなんだけど。
「……なるほど、百合ものでも比較的マイルドなものですね」
「そ、そりぇよりもっとえっちなのがあるんですか!? 女の子同士で!」
「先生、落ち着きましょう先生」
先生の未来が歪められている。
しかしながら生粋の男子である僕には、性癖の行く末を見守ることしかできないんだ。
「……こういう話。もうひとりのこはねちゃんさんとなら、盛り上がれたんでしょうか」
「きっと喜んで話したでしょうね。僕が困るような話ばかりして……なにしろ性自認は男だったとしても、女子として生きてきたみたいですから」
きっと、この話をしたかったんだろう先生は――うつむいて、ぽつりと漏らす。
「一緒に温泉とか入った仲なのに、もう会えないだなんて」
「はい……残念です」
「こはねちゃんさんは覚えてないんですよね、あのときのこと」
「いえ、後半からは意識が戻っていましたけど」
そうだ、僕はあの日――みんなで温泉に入ってからのタイミングで意識が戻っちゃったんだ。
……そのせいでうら若き乙女たちの裸を、その。
「………………………………ふぇ?」
「あっ」
このことはちゃんと伝えたつもりだったけども、もしかしてひより先生は……?
「……せ、責任を取ります! まだ高校生ですけどがんばります!」
「落ち着きましょう先生、取るべきはむしろ僕の方です」
「こ、婚姻届を!」
「先生、法改正により女子も婚姻可能年齢は18歳からになりました、先生」
たぶん僕も先生と同じく真っ赤な顔をして混乱しているんだろう、変なことを言っているけども――ともかくとして危機は回避した。
「……じゅ、18……つまり、あと2年で……」
――こ、この年ごろの女子は恋に恋する年頃だし、あと2年もすれば心変わりするだろうから大丈夫……だよね?
◆◆◆
「新規こわい……けど、できたら↓の♥とか応援コメント、目次から★★★評価とフォローしてぇ……」
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