天保山
大阪──天保山。山南さんのお使いで、揃いの着物を作ってもらうために俺と沖田総司(現在、町娘の格好をしている)は、ついに目的地の天保山へ到着。
「いよいよ着いちまった……」
団子屋のおばちゃんから聞いていた鬼が出ると呼ばれる山。
普通の山にも見えるが……どうもあんな事を聞いた後だと心配な気持ちも出てくる。
いや、別に鬼が出る事を本当に信じているとかそういう訳ではなくて……。
軽く歴史オタクな俺には分かるのだ。元来から鬼という存在は、色々な人間の見間違えによって生まれたものであると。
例えば、大きな体の外国人とか、大きな体と怪力の日本人とか……そう言う勘違いによって鬼伝説は各地で生まれた。
この天保山で同じような噂が広まっているのならもしかすると……鬼でなくともそれを連想させるような人がいたり、いなかったり……。
現代人的視点かもしれないけど、そういう怖さがある。
と、その時真横からからかうような「ぷっ」という鼻息がしたのを聞き取った。たちまち、振り返ってみれば、いつもの如く沖田総司がフリフリの袖で口元を隠しながら俺を嘲笑っている。
「……なんだよ?」
「いえ、ただ……急にボーッとしちゃって顔色も悪いから怖いのかなって」
「!? べ、べべべべっ、別に怖くないし! 平気だし! 鬼なんて」
「にひひっ! 怖いんですねぇ。へぇ〜、天下の浪士組筆頭局長様も鬼の前では赤子も同じ……。怖いでちゅねぇ〜」
「ちょっ、調子に乗るんじゃないぞ! だいたい、それを言うなら沖田よ! お前だって、さっきから足元がガタガタ震えているのが見え見えだ!」
途端に沖田総司の顔が真っ赤になって早口になって反論し始める。
「ふっ、震えてなんかいませんし! なっ、なんですか!? 急に話を逸らそうとしても無駄ですよ!?」
「……ほう? じゃあその足の震えはなんだ? 先程からあからさまにガッタガッタと震えているのが丸見えだぞ!」
「はっ、はぁ!? どこ見てるんですか? 乙女の足をジロジロと……なんですか? 浪士組の局長を辞めて変態組の頭にでもなるおつもりで?」
「ふっ、ツッコミの切れがねぇな。沖田よ。図星だったみたいだなぁ」
「んぐぬぬぬ……」
と、そんなこんなでしばらくの間はお互いにからかい合っていた俺達だったがこれでは一向に話が進まなかったために、とうとう俺達は山の奥へ入っていく。
あの斬殺ボクっ娘の沖田には、言えないが正直少し怖い。俺は、沖田の後ろからゆっくりと周囲を見渡しながら山を登っていく。
「……って、やっぱり怖いんじゃないですか? いつまで僕の後ろを歩いているんですか?」
だが、この通りすぐに沖田にバレてしまう。
「うるせー! レディファーストだ! 俺なりの気遣いというやつだ。ありがたく思え!」
「何ですか? また意味のわからない南蛮言葉を使って……けど、そうは行きませんよ。今回ばかりは、局長として芹沢さんに前をお願いいたします!」
「!?」
何ですとぉぉぉ!?
「きっ、貴様! それでも俺の護衛か!」
しかし、次の瞬間に沖田の様子が一変。彼女はフリフリの袖で口元を隠しながら今までにないくらい甲高い女らしい声を捻り出してくる。
「……おねがぁ〜い」
「!?」
これは、反則である。これに対して「いや、だめです」の言える男に俺も生まれたかった。
けど、不可能だ。相手が悪すぎる。
結局、一番前を俺が。その後ろを沖田がついていく感じで俺達は山の奥へ奥へと進んでいく。
そしてしばらく経った頃、ようやく山の不気味な気配にも慣れてきた所で、俺達の耳に不自然な茂みの揺れる音が聞こえてくる。
「……ヒャッ!」
「ん?」
今の声は、誰からのものだろうか? いや、それは良いとして……。
「今、何か……動かなかったか?」
俺がそう言うと沖田は、いつもの人を嘲笑う時の顔で言ってきた。
「あれ〜? 怖いんですか? たかだか、茂みが動いた程度で?」
しかし次の瞬間、俺たちの周りの木や茂みが“ガサガサッ”と激しく動きまくる──!
「……ひゃぁん!」
それは、まるで大風が山に直撃したような激しい自然の荒ぶりだったが、見た感じそれだけとも言えない様子だった。
「……マジに誰かいないか? これ……」
すると、今度は流石の沖田も気配をキャッチしたのかゆっくりと向こうを指差す。
「せ、芹沢さん……」
そして、俺が振り返った次の瞬間──。
──ガサガサガサガサッッ!
茂みから出てきた者とは……。
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