本当の目的地
大阪──堺。
京都の街にも劣らぬほどの活気を見せる大阪の街。あちらこちらから関西弁で「いらっしゃい!」とか「寄ってらっしゃい!」などの声が聞こえてきて、街の各所には色鮮やかな風車が置かれており、風に吹かれてクルクル回る様子は、とても綺麗だ。
海を見渡せば幾つもの船が浮かんでいて、漁師さんが魚や荷物を運んでいる姿もある。
街を歩いている人々の格好も少し派手で、赤とか黄色とか派手目の着物を着た男女が歩き回っている。
そんな中で……。
「はい。あーん」
「あーん……」
俺と沖田は、恋人の真似を続けていた。今日も途中で寄った店でようかんを頬張るなどして過ごしていた。
沖田曰く、あれから何日もの間、ずっとつけてきているらしく、初日に至っては宿までつけて来ていたとの事。
俺達は、襖越しに別々でいつも寝ているのだが……侍の身分である沖田は、敵の気配を感じて、全く眠る事も出来なかったという。
「それで、大丈夫か? 体の方は?」
ふと、心配になった俺が沖田に尋ねると、彼女は目を丸くしてしばらく固まった状態で、答えた。
「まぁ、たかだか1日ですから。武士の眠りは浅いと言いますしね」
「いや、そうかもしれんけど……肌に良くないぞ?夜更かし」
すると、急激に沖田の目からハイライトが消える。彼女はいつもの淡々とした様子で告げた。
あれ? 総司ちゃん……?
「……別に、侍である私に美容などどうでも良いのです」
「え?」
なんて寂しい事を……。
「美容など武士にとって不要。僕には、剣が一つあれば、それで良いんです。この剣で、近藤さんを守れるだけの力さえあれば……」
真剣だった。今の沖田総司という女の子からは、先程までの普通の町娘らしい姿も面影も何も残ってはいなかった。そこには、彼女の武士としての凛々しさと、同時に影も垣間見えた。
勿体ない。決して口には出さなかったが、俺はそう思った。これほど可愛く、女の子らしい姿を見て来たばかりにそう思う。
彼女が自分で望んでそう言う生き方をしようとしているのなら止めないが……しかし……。
なんだか、解せない。
と、そう思っていると、お店の奥から店員のおばちゃんが姿を現し、俺達にあっついお茶を渡してくれる。
「……お客さん、ほれ。淹れたてやで」
「ありがとうございます」
正直、猫舌の俺的にはもう少し冷めてるくらいが良いのだが……文句は言ってられない。令和と違って江戸時代にそんな簡単に氷を出せだなんて……本物の芹沢ならやりかねない事を俺がやっちゃまずいからな。我慢して飲もう。
と、俺が恐る恐る熱いお茶に口をつけていると、おばちゃんが俺達に尋ねてきた。
「……お2人さん、これから何処へ行くつもりなんだい?」
「何処へ? って、そりゃ大阪……」
って、あれ? そう言えばここは、既に大阪だし……ん? だとしたら、どうして俺達は、今日も朝から出かける支度をしたんだ? 既に目的地には辿り着いているのに……。
――と、その時だった。
「……天保山へ。向かいたいと思っています」
沖田の口から出たその言葉に俺は――。
「天保山?」
頭の中が真っ白になった。何処だ? そこ? 山? て事は、ここから更に歩くのか? いや、あれ?
混乱の中、おばちゃんが驚いた様子で俺達に告げる。
「あれまぁ、あんな所まで……貴方達、あすこは……あんまり近づかない方が良いよ?」
「え?」
俺と沖田がほぼ同時にそう言うと、おばちゃんが続けて言った。
「……アンタ達、何も知らないのかい? ここ最近、天保山にね鬼が出ると噂なんだよ」
「鬼……?」
「そう。鬼。……だから、もうここ最近は誰1人としてあの山には近づかなくなっちまった。前までは、祭りとか、あそこでよくやっていたんだけどねぇ……」
鬼……か。いや、多分本当に鬼が出るというわけじゃ……ないよな? 流石にそれは、ないと思うけど……。いや、しかし……。
俺は、咄嗟に総司の服の袖を引っ張って耳元で小さな声で告げた。
「……おい。聞いてないぞ? そんなヤバそうな場所に行くだなんて……」
すると、沖田は俺に向かって告げてきた。
「……えぇ? 山南さんから聞いてませんか? 天保山にいらっしゃる山南さんの昔の知り合いで、呉服屋さんを営んでいるとある方の元を御尋ねすると……」
「全く聞いてないわ! 大阪へ行くって事意外な!」
「芹沢さん……僕達が、単に大阪旅行しに行くとでも思いました? 僕達は、山南さんの命令で、揃いの着物を頼みに行くために大阪へ来たんですよ? そんな事も分からず、今まで旅行気分だったんですか? バカなんですか?」
「うるせ」
目的地を何も言わなかったそっちの責任でもあるだろ……。
しかし、鬼か……。また、なんだか……厄介な事に巻き込まれてしまいそうだな。誰かにつけられてるし……。
まさか、今回の大阪旅行で死ぬなんて事は……ないよな? いや、流石に……。芹沢暗殺まで後2週間半くらいは、残っているはずだし……。
途端に、不安が現れた。ようかんを持つ手が僅かに震えているのが分かった。やはり、芹沢鴨として生まれ変わったからには、運命の日までの間、何度も死が迫って来るのか……。これが、運命なのか?
「ちっ……簡単には、切り刻めないか」
その時、沖田から舌打ちが聞こえた気がした。俺は、ふと彼女の方を見てみるが、当の本人は至って普通にようかんを食べているだけだった。
なんだろう? さっきのは、空耳か? いや、しかし……この背筋がぞわっとする感覚……あの夜と同じ……。
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