浮遊城アリアン
水の国アンディーナ北西部ルーンの地についてから西へ進み、国境地帯のドイへとエルクリッド達は到着する。
特別これといったものがない湿原であり歩きにくさ故に旅路には向かず、しかし川を使えば行き来は容易という場所だ。
独自の生態系こそあるがそれは湿地故のものでここだけでなくとも存在し、遺跡群はもちろんそうした類のものがある記録すらない。
エルクリッドらも少し霧のある湿原を見回すも転々と倒れかけの木々と湿地のみが広がっており、そうした場所を好む生命はいても建造物、ましてや密造カードの工場など作れやしないと思えた。
「ほんとにこんなとこにあるんですか? なんか歩きにくいし……」
靴底から伝わるぬかろみの感触に不安を感じていたエルクリッドだったが、ふとそれが消えた事に気がつき後ろへと振り返ると、いつものように微笑むタラゼドの姿があり彼の魔法が使われたのを察する。
「浮遊魔法を使いました。これで少しは歩きやすくなると思いますよ」
「ありがとうございますタラゼドさん。ほんっと頼りになります!」
どういたしましてと穏やかにエルクリッドに返したタラゼドがハシュに目を向け、彼が肩に掴まらせていたカミュルを軽く頬を押すことで起こすと隣へ移動し共に遠くに目を配る。
一見すれば何もない、だが何かがある。直感的に伝わるものを察しつつ、ハシュが本の形のカード入れを手に持ってカミュルと共に術式の準備に勤しむ。
「ねーねーハシュ、あれに入れるようにするの?」
あぁ、と答えながらハシュは足下を数回踏んで地盤の硬さを確認していき、ある程度ぬかろみがない所を見つけるとそこでカミュルを下ろし、彼女がじっと何もない空間を見つめているのをエルクリッド達は気づく。
カミュルの見る先には大きな雲が浮かぶ空が映える湿原しかない。だが彼女はそこに対してあれと言い、何かが見えているようであった。
「ルナールさんの言ったやり方、覚えてるっすよね?」
「うんあのくらいなららくしょーだよー。ハシュもいっしょだからカミュルがんばるしねー」
くるくるとその場で踊るように回りながら無邪気にカミュルは振る舞い答えると、次の瞬間にバサッと音を立てて黒い膜を持つ翼を背中から開いてパタパタとハシュに肩車するように移動し、エルクリッド達が驚く間もなくぎゅっとハシュにしがみつきながら術に取り掛かる。
「我焦がれ偉大なる大地を刻むべし……偽りに揺蕩うものの衣引き剥がし、現へ誘うは幻日の夢現……」
無邪気な口調が一転し大人びたものへなったカミュルが詠唱を始めるとハシュもカード入れから三枚のカードを引き抜き、それを上方へ投げるとカミュルが伸ばす左手の動きに合わせて遠くへと飛んで行き、くるくると空中で回りながらカードで三点を結ぶように黄色の光が繋がっていく。
「現に捉えし万華鏡は光閉し闇開き、夢に覚める幻月を蝕するは理を断ち切る双子の調べ……」
カミュルの詠唱に続きハシュが詠唱すると飛んでいったカードが結んだ三点の光の中に何かが薄っすらと姿を現し始め、二人の言葉が重なり合い術式が完成へ向かう。
「詠い奏でるは竜華の口づけ、閉ざされた世界より甦り狭間の鎖から解き放たれよ!」
何かが砕け散るような音と共にカードが閃光を放ち、次の瞬間にそれは現れた。
それまで何もなかった空間に浮かぶ小さな城のような建造物が湿原に現れ、その姿を見て目を大きくしたエルクリッド達の中でノヴァが最初に声を出す。
「浮遊城アリアン!? 神話に出てくる空を飛ぶ城じゃないですか!」
「半分正解だ。アリアンは実在して一度沈んだ城……まさかそれを復元して製造拠点にしてたとはな……」
浮遊城アリアンと呼ばれたものに補足するハシュは笑みを浮かべながらもその言葉に力はなく汗を大量に流し、だが膝を曲げることなく立ち続けその様子にタラゼドがすぐに判断を下す。
「皆さん急ぎましょう。ハシュとカミュル様が術を維持している間に内部から影響を与えて完全に姿を晒す必要があります、恐らく城の何処かに魔力の源があるのでそれを断てば城自体の浮遊と共に打ち敗れるはずです」
「了解です! なら一気に突っ込みましょう! 行くよヒレイ!」
素早くエルクリッドはヒレイを召喚し、雄々しい姿を現すとすぐに身を屈めてエルクリッドが飛び乗りついでノヴァが乗ろうとするもひょいとタラゼドが抱えて下ろし、あなたは残ってくださいと告げた。
「どうしてですか? 足手まとい、ということですか?」
目を潤ませ手を強く握って見上げるノヴァへそうではありませんとタラゼドは告げてハシュを指差し、振り返るノヴァは彼が術の維持の為にその場から動けず、ひいてはカードも使えないのを察しタラゼドの方へ向き直る。
「ハシュさんを守るのが、僕の役目……ということですか?」
「カミュル様も術に集中している状態ですからね、万が一の為に護衛をお願いします。クレス様の屋敷にいた時、あなたがカードの扱いを特訓していたのも知っていますから、今ならある程度のスペルも扱えるはずです」
与えられた役割の大きさにノヴァは返事をためらいかけるも、力強く頷いて拳を突き出すエルクリッドを見てわかりましたとタラゼドの目を見て答え、メリオダスを召喚し掴まるシェダとローズに抱えられるリオもまたノヴァの覚悟を見てそれぞれカードを順に投げ渡し、受け取ったノヴァは強く頭を下げて自分のカード入れへと入れた。
「無事戻ってきてくださいね。僕も頑張りますから!」
「もちろんだよノヴァ、それじゃ行ってくる!」
ノヴァに答えつつタラゼドがヒレイに乗ったのを確認してからエルクリッドはヒレイを飛ばし、浮遊城アリアンへと四人は向かう。
それを見送るノヴァも無事を祈りつつ周囲へ気を配り、その姿を見てハシュはふっと笑いながら自分の役目に集中し続ける。
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