第1話:追放、それは自由への招待状
きらびやかなシャンデリアが眩い光を放つ、王宮の大広間。その中央で、公爵令嬢セレスティア・フォン・リーゼンベルクは、冷たい視線の集中砲火を浴びていた。
「セレスティア・フォン・リーゼンベルク!貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
目の前で高らかにそう宣言したのは、このエルマイア王国の王太子であり、セレスティアの婚約者であるアラン・フォン・エルマイア殿下。その金の髪はシャンデリアの光を反射して輝いているが、アイスブルーの瞳は氷のように冷え切っていた。
彼の隣には、今にも泣き出しそうな可憐な男爵令嬢が寄り添い、セレスティアを非難するように見上げている。周囲の貴族たちは、扇で口元を隠しながらも、好奇と嘲笑に満ちた視線を隠そうともしない。まるで、三流芝居の舞台に立たされているかのようだ。
「理由は分かっているな?貴様がこの男爵令嬢に嫉妬し、夜会で階段から突き落とそうとしたこと、そして、その裏で王家への反逆を企てていたこと、全て明るみに出ているのだ!」
身に覚えのない罪状が、次々と並べ立てられる。王家への反逆罪、それは一族郎党が打ち首になってもおかしくない大罪だ。
普通なら、絶望に泣き崩れるか、己の無実をヒステリックに叫ぶ場面だろう。
だが、セレスティアの心は、驚くほどに凪いでいた。
(……ああ、やっと、この日が来たのね)
もちろん、そんな本音を顔に出すほど彼女は愚かではない。セレスティアは、これまでの妃教育で叩き込まれた完璧な作法で、悲劇のヒロインを演じきってみせる。みるみるうちに瞳に涙を溜め、血の気を失ったかのように青ざめた顔で、か弱く唇を震わせた。
「そん、な……わたくしは、何も……」
しかし、内心では歓喜の歌が鳴り響いていた。
(ありがとう、アラン殿下!そして、隣の小鳥ちゃん!あなた達のおかげで、私は自由になれる!)
公爵令嬢としての生活は、息が詰まることの連続だった。朝から晩まで続く妃教育、意味を見いだせない形式だけの公務、腹の探り合いばかりの貴族たちとの交流。幼い頃、絵本で読んだ「緑の草原で、たくさんの動物たちと暮らす」という夢は、いつしか心の奥底にしまい込まれ、忘れ去られようとしていた。
この婚約破棄は、その夢への扉を開けてくれる、最高の招待状に他ならなかった。
「言い訳は聞かぬ!よって、セレスティア・フォン・リーゼンベルクに国外追放を命じる!二度と、この王国の土を踏むことは許さん!」
アラン王子の最後の宣告が、広間に響き渡る。
国外追放。それは、貴族としての地位も、名誉も、財産も、全てを失うことを意味する。実家であるリーゼンベルク公爵家も、王家への反逆罪という濡れ衣を着せられた娘を見捨てるだろう。事実、広間の隅に立つ父と母は、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ているだけで、助け舟を出す気配は微塵もなかった。
だが、セレスティアは動じない。
(むしろ好都合だわ)
彼女は密かに準備を進めていたのだ。公務で各地を視察するたびに、辺境の土地の情報を集め、わずかながら自分名義の資産も確保してある。その中には、誰も欲しがらないと言われる王国の北東の果て、広大な森と山々に囲まれた土地の権利書もあった。そこなら、誰にも邪魔されずに夢の牧場が作れるはずだ。
与えられた準備期間は、たったの三日。公爵家から渡されたのは、最低限の着替えと、わずかばかりの金貨が入った袋だけだった。それはまるで、長年尽くしてきた者への仕打ちとは思えない、侮辱的な扱いだった。
それでも、セレスティアの心は少しも傷つかなかった。
三日後。
一台の質素な揺れの激しい馬車に乗り込み、セレスティアは生まれ育った王都の門をくぐった。振り返ることはしない。未練など、ひとかけらもなかったからだ。
窓から吹き込む風が、髪を優しく撫でる。それは、自由の風の匂いがした。
彼女の顔には、絶望の色などどこにもない。あるのは、これから始まる新しい生活への、希望と期待に満ち溢れた輝かしい笑顔だけだった。
「待っててね、私だけの牧場。そして、未来の家族たち!」
セレスティアの胸は、かつてないほど高鳴っていた。これは逃亡劇ではない。夢へと向かう、偉大な冒険の始まりなのだから。
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