第5話 見えてきた最愛の彼女のドス黒い感情
前話からの続き────
「だってさ?澄夏が、こんな元気に喋ったのって、久しぶりだから。」
わたしとしたことが、全く迂闊だった。
澄夏さんの話し方、言い回しばかりに気を取られ過ぎていた。
今までは、既に故人となっている“おさき”の【写し身】で良かった為、細部まで気を配る必要がなかった。
長い年月を経ていくうち、わたしなりのアレンジも入るようになっていたのは否めない。
今日、澄夏さんと話した時は、場所も喫茶店ということもあり、声を抑え気味で喋っているのかと思っていた。
「うん。よく分かったね?」
ここでようやく、わたしは澄夏さんの記憶に関しての違和感に気づいた。
これはもう、澄夏さんにしてやられたとしか言えないのだが、声のトーンがどの場面をとっても、一定にしか聞こえないのだ。
恐らく、わたしが喫茶店のテーブル席で、実際に耳にした澄夏さんの声のトーンが、あの時の精一杯だったのだろう。
この危機的状況で、わたしはどれだけ巻き返せるだろうか。
「うーん、おかしいな?澄夏は、不治の病で余命一ヶ月だった筈なんだけど。奇跡でも起きたのかな?」
「……?!」
確かに澄夏さんは、自分の病状については、誰にも伝えていないと言っていた。
これは、どう見てもわたしは完全に詰んでいる。
どの時点でかは分からないが、眞姫さんは目の前の最愛の彼女に対して、違和感を覚えながら会話を続けていた事になる。
「あ、そうそう。僕は澄夏の口からは、悔しいけど聞いてはいないよ?僕が余命を聞かされたのは、澄夏が通ってた病院の先生から。昔、澄夏が何かで通院して、個人情報を記入する時、緊急連絡先を僕にしてたみたいでね?本人は忘れてたんじゃないかな。」
「……。」
何か起死回生の一言でも思いつくかと、眞姫さんの話に耳を傾けてはみたが、完全に澄夏さんの凡ミスだった。
もう、わたしは反撃の一手どころか、何も言葉が出せなかった。
まさに、ぐうの音も出ないとは、こういう事なのだろう。
「それで、いったいきみは誰なんだい?僕の澄夏の身体や声、記憶は持ってるみたいだけど。」
「はぁ……。眞姫の話に乗ったフリして、大人しく話を聞いてれば。もう、バカ言わないでよね?眞姫、わたしだよ。」
長い年月を生きてきたわたしは、諦めが相当悪い。
慌てて、澄香さんの記憶を辿ると、まさに今みたいな状況からの大どんでん返しで、眞姫さんにしてやったりご満悦な光景が何度か見られたのだ。
苦し紛れにしか聞こえないが、わたしはそこに賭けた。その当時の澄夏さんの言葉を交えながら。
「ああ、なんてことだ。君は、悔しいくらいに澄夏なんだね?だからこそ、僕は分かったんだ。君が、澄夏じゃないってことを。」
どうやら、眞姫さんにだけ分かる何かが、わたしと澄夏さんでは決定的に違っていたようだ。
ふと頭を過ぎるのは、先程から二度三度と起きている、澄夏さんの悪あがきとも取れる、わたしへの時限爆弾的な妨害行為だった。
例え、そんな妨害を受けたとしても、今のわたしには澄夏さんの記憶だけが頼りなのだ。
「なら、わたしから眞姫にも質問ね?仮に、わたしが澄夏じゃないとしたら、どうするの?」
「別に……どうにもしないさ。だって、君はどこからどう見ても、澄夏でしかなんだから。」
「それってさ?眞姫の言ってること、凄く矛盾してない?」
「今、僕の目の前には、大好きな澄夏が居るんだよ?別に、矛盾してるって言われても、僕は気にしないさ。」
そういえば、二人が付き合い始めたのは、眞姫さんからの告白からだった。
ところが、澄夏さんの記憶を見ても、眞姫さんからは『好き』だの、『愛してる』だの言われているが、言った記憶が殆ど見当たらない。
眞姫さんにとって、澄夏さんは最愛の彼女だが、こうなってくると、実は一方的な恋愛だったのではとも思えてくる。
澄夏さんは最愛の恋人と言っていたが、同性同士の恋愛はよく分からないのだが、わたしが思うに、どちらも彼女と呼ぶのではないだろうか。
「えっと……。眞姫さんって、わたしにとってどんな存在?」
「それは、最愛の彼女に決まってるだろう?僕だって、澄夏のことは最愛の彼女だと思ってるしね?」
「最近、『愛してる』っていつ言われた?」
自分でも言っていて意味が分からないが、眞姫さんに聞かなければという思いに、わたしは駆られた。
ここまでグズグズの様相を呈してくれば、もう何を聞いても許されるだろうとも思ったからだ。
「うーん……。」
「へぇ?悩んじゃうくらいなんだ。」
「今、思い出してるから……。」
「ねぇ?眞姫。」
「ん?」
「愛してる。それに、大好きだよ!!」
「へっ?!」
「あれあれあれあれ?ほら、これでインタビューとかで聞かれても、平気でしょ?」
「ちょっと!!心の準備ってものが……。」
澄夏さんは、幼馴染の眞姫さんに“付き合って”いたように思う。
その辺りの澄夏さんの心情とか、関連する記憶が規制されまくってて、わたしには全く見えてこない。
一般的に考えて、眞姫さんは大企業の代表権を有する会長の秘書を務めている。そんな眞姫さんの最愛の彼女になって同棲すれば、それなりの暮らしが保証される。
更に、その伝を頼ることで、普通なら狭き門である大企業で働く機会が、自ずと生まれる訳だ。結果的に、経理部に澄夏さんは勤務する事が出来ている。
「眞姫はさ?わたしのこと、好き?」
「いや……。好き、ではない。」
「意外だね。なら、嫌い?」
「ちょっと、待ってくれ!!澄夏、そうじゃないんだ!!誤解なんだ!!」
『好き?』とわたしが聞いて、『好き、ではない』と眞姫さんが答えたから、『嫌い?』と言っただけだ。
声を荒らげて、眞姫さんは凄い焦りようだ。
でも、誤解もなにも、眞姫さんから『好き、ではない。』と、わたしに言った事実は変わらないし、変えようがない。
「わたしのこと、嫌いなんでしょ?」
「そんなわけない!!僕は、“好き”ではなくて、“大好き”って、澄夏に伝えたかっただけなんだ!!」
「わたしも大好きだよ?」
普通、付き合っている恋人から、“大好き”と言われて、嬉しくないはずがない。
そういう場合、相手にも“大好き”と返してあげた方が、良いのは分かっている。
わたしはドッペルゲンガーだけど、伊達に“おさき”の【写し身】ではあるが、それぞれの時代で恋愛を楽しんできた訳ではない。
ただ今回の場合、相手が男性ではなくて、女性ではあるのだが。
「本当に……?」
「わたし、知ってるよ?眞姫が、凄く気遣いが出来て、わたしに対して優し過ぎるってこと。」
「うわああああんっ!!うわああああんっ!!」
「ほら?眞姫。立ったまま泣かないの。座って座って?」
何だか、眞姫さんと澄夏さんの関係性が、このやり取りで大体見えてきてしまった。
二人は付き合ってこそいるが、ハッキリ言って、眞姫さんの片思いで、澄夏さんは色んな面で仕方なしに一緒に居た感じだろう。
そう考えると、完璧にわたしは澄夏さんに嵌められたことになる。
不治の病で余命一ヶ月という、澄夏さんから聞かされた話は、眞姫さんの話を聞いても本当らしい。
ただ、澄夏さんとしたら、一秒でも現在の肉体から解き放たれて、輪廻に還りたかったのだろう。
そこで、自分自身に成り代わってくれそうな、そっくりさんをSNSなどで探し始めたのは、澄夏さんの記憶に残っていた。
そんな時に、SNSを中心にして話題になっていた、“#おねがいあいたい”というハッシュタグに目が止まったようだ。色々調べていくうちに、澄香さんはドッペルゲンガーが絡んでいることに気がついたのだ。
そして、あとは自分の身の上話をドッペルゲンガーに行い、最終的に御涙頂戴の展開に持ち込んだ。
最期は、澄夏さん自身をわたしに【取り込み】をさせることで、眞姫さんに関する全ての事象を擦り付けたのだ。
最愛の彼女のわたし(ドッペルゲンガー)は、キミと二度目の恋をする。 茉莉鵶 @maturia_jasmine
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