29 盗める技は盗もうぜ



「ここが来たかった店?」

「うん、エバンスドール家専用の仕立屋」

「新しい服買うの?」

「そうだよ」


 ああ、屋敷でいつもあの服だもんね。新しい部屋着が欲しいのか。毛玉だらけだったけど、元はあの服も相当いい物だったんだろうな。

 着いてきた店は、綺麗なドレスがディスプレイされた仕立屋だった。こんな機会じゃないと入るチャンスないし、この祭色々見て今後のバイトスキルアップのためにデザインとか縫製技術を盗んでいこう。

 ヴァンクス家の家訓、技は見て盗め。


「お待ちしておりました」

「じゃあ頼んでいたの、お願いね」

「はー……やっぱり凄いね、縫製が凄く丁寧だし細かい。流石領主様専用の仕立屋だ……うわ、この生地絶対高いやつ。コサージュ一つにもレースの縫い付けが丁寧だし、いいアクセントになってる」

「(職人目線……)うん、物は間違いないよ。きっとクローリアも気に入ると思う。いってらっしゃい」

「へ」


 飾られている服のデザインと色の組み合わせを観察していたら、両サイドを針子さんに固められた。

 何事です?


「俺はここにいるから。完成したら呼んで」

「承知致しました」

「あああああああ何処へ⁉」


 私の悲鳴も空しく、店の奥へ連れて行かれるのだった。






「まあ、お似合いですわ!」

「ミルクティー色の瞳と同じこのネックレスも着けられてはいかだでしょうか!」

「お嬢様はしなやかな筋肉がついておられるので、シルエットがとても素敵です‼」

「落ち着いたスカートの色合いが涼しげで大人の魅力を引き出していて……」

「」


 ブラウスやスカートの襟や袖口に施された刺繍は細かく、いい糸を使ってるのか光沢がある。

 コルセット風のベストに付けられた飾りボタンの掘りは一つ一つよく見ると特徴がある。これも職人の技が光っている。何より全身を包むこの滑らかさ……違いない、練絹だ。


 適当にまとめていた髪も解かされ、香油を塗り込まれたかと思ったら何かの石がついてる髪飾りを差し込まれた。薄く化粧を施された鏡に映る自分の姿は、いつしか見かけた下町の女の子達が着ているデザインによく似ていた。


 汗だくになって働いた後に見るあの服達がほんの少し羨ましかった。自分が着る機会なんて一生訪れないとわかっていても、着ている自分を想像したことくらいある。


 だが実際自分が着てみると。


「(これ汚したら魂ぶっ飛ばす自信ある)」


 しかも下町の女の子達が着るような素材じゃない。こんな高級素材、本当の貴族しか手が出ないぞ。

 絶対に汚すまい、と固まっていたらカーテンが開けられた。犯人はエリエルだ。


「うん、似合ってる。本当はもっとちゃんとしたドスレがいいと思ったけど……町を歩くならこれくらいの方が目立たないね。これ以上いい服着させたら固まって動かないだろうし、汚したとき魂ぶっ飛ばしそう」

「エリエル様、既に固まっているようです」

「ほら、行くよ。ロバート、あとはよろしく」

「承知致しました」


 ススス……と周りの人が波のように引いて、残るは固まったままの私とそれを見下ろすエリエル。


「息は出来てるね、偉い偉い。喋れる?」

「…………ぅい」

「反応も出来るね。じゃあ右足出して……そう、次は左足……」

「…………脱ぎたい」

「ダメ。このままホテルに帰るよ」


 しかも靴まで新しい革靴になってる……踏みつけられないよ……。

 まるで人類生活一日目みたいな歩行レクチャーを受け、仕立屋の扉を潜ったのだった。




「ゴンドラ乗る? 粉砂糖がたっぷりかかったパンケーキは? そこの公園に凄い噴水があるよ、近く通る? あ、泥濘を通った後の馬車が来る」

「お願いだからホテルに帰ろうよォ……‼」

「あっはっは、超泣いてる。そんなに怯えなくても大丈夫だよ。もうそれはクローリアのものだから」

「この服って私の給料で払えるの? 自分の手持ちないんだけど……ロバート執事長から預かってる軍資金はこんなことに使えないし……」

「それは俺からのプレゼント」

「プレゼントを貰う理由とは」

「……朝の空気を吸わせてくれたから?」

「ギブアンドテイクのバランス感覚ぶっ壊れてるんか?」


 絶対に転けまいと繋いでいた手を離し、エリエルの腕をガッチリホールドしてやった。


「私の服じゃなくて、エリエルの服は? 新しい部屋着は買わないの?」

「俺自分の服買うなんて言ってないけど」

「言って……なかったね……」

「うん。ほら、あんまりそっち歩くと運河に落ちるよ」

「落ちるときは一緒だゾうそうそうそうそごめんなさいそっちに押さないで私が悪かった!」

「なんか語尾に星が見えた気がしてうざかった」


 よくわかってるじゃないか。

 だがここで落ちたら召される。

 エリエルの腕に一際強くしがみついてやった。もちろん皺にならない絶妙な力加減は忘れない。


「流れが速いから落ちたら流されるんだよ。服が汚れるとか以前の問題で普通に命の危機だから」

「なに、落ちたことあるの?」

「落ちそうになったことはある。ここに来るまで運河改良工事の現場でバイトしてたから。落ちないように散々注意されたよ」

「工事現場……」

「本当は最後までやり遂げたかったけど、人には適材適所があるって言われてクビ切られたんだよね。それで職業紹介所でこの仕事見つけたんだけど」


 私が担当していた地区はもっと向こうだ。今頃皆頑張ってるのかな、元気にしてるのかな。


「なんで運河改良工事の仕事を選んだの?」

「……私の実家、畑をやってるんだけどね。ここから少し離れてるんだよね。都心部には運河が流れてて、生活用の用水路が繋がってる。

 でも私達の住んでる地域に通っている用水路は細いの。周りにも家があるから、私の家が畑のために用水路を独占するわけにいかない。一応男爵家だから、代々受け継いできた土地が広いんだ。井戸はあるけど、わざわざ汲まなきゃいけない。

 その手間を減らすために、用水路を拡大できる進言が出来るかなーって思ったんだけど……」

「そのチャンスが来る前にクビになったんだ」

「グスンヌ」


 あと単純に給料が良かったからというのもある。


「運河改良か……確かファブラード侯爵が主体となって動いてたんじゃなかったかな。権力が領主に集中しすぎないように、一部の権限は各爵位に分散させてるんだよね」


 な……にィ……?


「ってことは、すでにあの男に一回クビを切られてるってこと……?」

「そういうこと」


 次の就職先はあのおっさんの目の無いところにしてやる。絶対にだ。


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