第2話







 うわああああああああああああああああぁぁぁ――――ッ!







 自分がはっきりと、叫んで飛び起きたことが分かった。


 暗がりの中、董卓とうたくの浮かべたあの笑みと、

 そのあとの様々な記憶が蘇り、重なって、


 荀攸じゅんゆうは飛び起きた姿のまま、両手で顔を覆った。

 心臓が激しく鳴っていて、嫌な汗を背中に感じる。

 指先が震えた。

 強く目を閉じる。



 大丈夫だ。

 あいつはもう死んだ。

 夢なのだ。

 もう脅かされることは無い。



 そう言い聞かせるのに、何故こんなに時が経っても、ある日鮮明に思い出すのだろう。


 顔を覆って、息を詰めていると、そっと体を包まれたのが分かった。



「……あなた……また夢を見たのですね」



 妻の声がして、彼女の柔らかな体が、寄り添ってくれた。


「…………、」


 彼女がいることが、もう過ぎ去った過去である証だ。

 恐れることはない。


 辺りはまだ暗く、夜中に尋常では無い叫びによって叩き起こされたというのに、荀攸の妻は嫌な顔一つせず、夫の体に寄り添って少し涙を零した。


「……こんなに時が経つのにまだ忘れられないなんて……」


 優しく背を擦ってくれる。


 出会った時から柔らかに笑う、優しい女性で、勿論家柄に釣り合う家の中からどうか、という話にはなったのだが、その中で荀攸自身が「この人とならきっと温かい家庭を築けるはずだ」と思って求婚したのが彼女だった。


 そう思って結婚し、

 その通りになった。


 彼女は子を生んでくれたのに子が病にかかった時、荀攸は助けてやれなかった。

 二人とも息子で、三人目は流産してしまった。

 思えば、結婚した時から気苦労を掛けて来たのだ。

 荀攸じゅんゆうは戦場に従軍していて、子が病で伏せってる時に帰って側にいてやることも、出来なかったことさえある。


 母親の自分がついていたのに、息子を病にしてしまったと彼女は自分を責めて、荀攸に申し訳ないと謝ることがあったが、とんでもないことだった。

 彼女には何一つ落ち度はないのだ。

 精一杯、子を大切に愛して育ててくれた。

 悲しいことだが、天命だったのだ。



 息子たちにとっての、頼りになる父になれなくとも、

 妻を支えられる夫ではいたいと思うのに、

 悪夢は苛む。



「…………大丈夫だ」



 体を包み込んでくれた妻の体を逆に、腕で包み込んで、抱き寄せる。


「こんな時間に起こしてすまなかった。貴方は先に休みなさい。

 私は少し、夜風に当たって来る」


 妻を支えるようにしてゆっくり寝台に寝かせてから、荀攸は寝台から下りた。


「あなた。体を冷やさないで」


 優しい声で注意されて振り返ると、毛布に包まりながら彼女は静かに微笑んでいた。


「うん」


 側の上着を取り、羽織ると、妻は小さく頷き目を閉じた。



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