第二章:僻地までの道のり、チートの解禁!
第一節:襲撃と、実母のクソ露呈と、魔法チート
第7話 やっと自由! ……と思ったのに違うのっ?!
ずっと寝たふりをしていたので、俺は何もしていないのだが、元より俺がここを出る準備は、あらかじめ済んでいたのだろうと思う。
その証拠に、謁見を終えたその足で、文官は俺を馬車に乗せた。
その移動中、揺れるしため息は付くし。
抱っこされ心地が酷く悪かった。
それもこれも、すべてはこの文官が俺を乱暴に扱っているが故だ。
そう思った俺は、文官がやっと俺を手放すとなったその瞬間に、ささやかな意趣返しをしてやった。
「ぶぇっくしょい!!」
文官の服にしがみ付いて、わざとらしく、わざと、くしゃみをしてやった。
唾と鼻水が文官の服にベッタリと付いたが、ざまぁ見ろ。
チラリと片目だけ開けて見てみると、文官は少し乱暴に俺を自分から引きはがした後、「くそっ!」という大きな悪態を吐いた。
その後こちらを振り返る事もなければ見送る事もなく、馬車のドアさえ閉めずにそのままドカドカと足音を立てて去って行く。
余程腹に据えかねたらしい。
それでも俺を殴るような真似はできないのだな、と妙に感心してしまった。
ともあれ、だ。
少し晴れた気持ちになったところで、馬車の扉がバタンと閉められる。
馬車はゆっくりと走り出した。
うっすらと目を開けてみると、メイドと騎士が一人ずつ馬車に同乗している。
どちらも初めて見た人たちだった。
メイドの方は、二十代後半くらい?
騎士の方は多分もう少し若い。
女の方は顔の造形は整っているが、見るからに気の強そうな釣り目で、ちょっと不真面目そう。
今も肘をついて、眠そうな目で窓から馬車の外を見ながら「はぁ」と面倒くさそうにため息を吐いている。
対する騎士の方は、それとは正反対。
精悍な顔つきの男で、背筋をピンと伸ばし俺をジッと見てきていた。
何故俺を見ているのかは知らないが、その様子から緊張だけはヒシヒシと伝わってくる。
生真面目そうな騎士だな、と思った。
前世で、同じように生真面目な男に新人教育をした記憶がある俺としては、「もうちょっと肩の力を抜いてもいいのに」と思う。
長く仕事を続けたいのなら、手の抜きどころは結構大事だ。
いつも気を張っていたら疲れるし、作業効率だって落ちる。
失敗なんて誰だってするものなのに、気にしなくていいような事まで変に気にして気負ってしまう。
そういうのは、精神衛生上よろしくないのだ。
勿論デスクワークや、外勤といったって営業をしに出るだけだった前世の件の新人君と、時には身を危険に晒してまで誰かや何かを守る事を職分とする騎士の彼とでは、すべてを同じようには語れない。
しかしそれでも共通するところも、少しはあると思うから。
気を付けてあげないといけないな。
内心でそう呟いた。
因みにメイドの方に対しては、特にそういう感情は抱かなかった。
これはもうただの直観というか、『肌で感じた雰囲気で』としか言いようがないのだが、そんなただの勘が正しかった事は、割とすぐに明るみに出る事となった。
……よし、まぁそろそろ起きてみるか。
とりあえず、一通りの人間観察が終わったところで、俺はゆっくりと目を開く。
大きく伸びをし、それから馬車内をキョロキョロと見た。
さも「今起きましたよ」「馬車に乗せられた事にすら気付いていませんでしたよ」といった体を装うのなら、わざとらし過ぎるくらいが多分ちょうどいい……ような気がする。
「あっ、おはようございます!」
最初に声をかけてきたのは、騎士の青年の方だ。
「ここは……?」
「オーランドに向かう途中の馬車です」
「馬車……」
一応「子どもらしく舌っ足らずな話し方をした方がいいか?」とも思ったが、考えた末に止めておいた。
羞恥心が半端ないし、きっと話していたら段々面倒臭くなってきて、イライラするに違いない。
今までは、話し相手がいなかったから口数は限りなく少なかったけど、オーランドに行けば違うかもしれないし、そもそも我慢をしないと決めたのだ。
口調くらい、話しやすいのを選びたい。
とはいえまぁ、少しかわい子ぶるくらいならアリだろう。
「君は、僕の騎士?」
コテンと首を傾げ、俺は「僕」と自らを呼んだ。
すると騎士は慌てて佇まいを正し、口を開く。
「あっ、はい! 申し遅れました! 本日からレディウス殿下の専属護衛を仰せつかりました、セズと申します! 殿下の護衛を拝命できて光栄です!!」
そうか、俺、レディウスっていう名前だったんだ。
いや、流石に自分の名前くらい知ってはいたんだけど、皆「殿下」か「三十五番目」としか呼ばないものだから、今呼ばれて思い出し、ハッとした。
純日本人のオッサンの記憶がある身としては、何だかもう一つ名前があってしかもそれがカタカナの名なのが、若干中二病臭くて恥ずかしい。
が、今世はあまりにファンタジーすぎる。
俺の容姿も子どもにしては結構目鼻立ちがハッキリしている方だと思うし、髪の毛なんて銀髪だ。
その見た目で前世の名を名乗るのも激しく違和感なので、呼び名はこのままで行くしかない。
「セズ。よろしくね」
「はい!」
俺がスッと手を差し出すと、彼はそんな俺の手の甲を両手で優しくそっと取って、自分の額に頂いた。
この手、気軽な握手のつもりだったんだけど……。
でもまぁきっと、これが騎士が主にする礼儀のようなものなのだろう。
今まで敬われた事なんて当たり前のようになかったから、その手の常識にはかなり疎い。
「それで、君は?」
もう一人の同乗者、態度の悪いメイドにも名前を尋ねてみる。
すると、あからさまに面倒臭そうなため息と共に口を開く。
「レーナよ。一応メイドとして同行する事になったけど……はぁ、何で私がこんな左遷みたいな。あんたを産んだら少しは城でいい思いさせてもらえると思ったのに、王妃からは目の敵にされるし、周りはまったく敬わないし。いい事なんて何もなかったわね」
「ちょっ、レーナさん!」
「何? 貴方如きが、私に何か言える事でもあるっていうの? こっちはこの子の事を監視して、逐一手紙にしたためて城に報告を上げなきゃいけなくなっちゃって、ちょっと機嫌悪いんだから」
余計な事は言わないで。
そう言って、レーナがギロリとセズを睨む。
セズがグッと押し黙ったのを見れば、二人の力関係は明らかだが……ちょっと待て。
今なんて言った?
監視して城に報告、だと……?
せ、せっかく窮屈な城から外に出て、我慢をしなくてよくなったと思ったのに~っ!!
これじゃあなんかやった日には、城に報告されて悪目立ちする……!
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