第6話 意地悪『したつもり』の国王と王妃
これはアレだ。
まるで一瞬、上から下に落ちる遊園地の絶叫マシーン:フリーフォールに乗ったかのような感覚。
おそらく文官が身を低くしたのだろう。
「三十五の子よ。貴様に我が国の国土・オーランドの統治権を与える。本日から城を出てその地に移動し、王族としての責を果たせ」
「はっ!」
国王の命に答えたのは、俺ではなくて文官だった。
どうやらそれで『俺への用事』は終わったらしい。
「恩前、失礼いたします」
文官が、そう言いおそらく踵を返した。
サクサクと鳴る、カーペットを踏む文官の足音。
国王たちの話声が、少しずつ遠ざかっていく。
「それにしても、オーランドだなんて」
「王都からも遠く瘦せた土地だ。大した税も納められない無能な民が住む場所で、面白みの一つもなければ名産さえない。利のない場所よ」
「たしか、三つしか残っていなかった統治区の中から『貰える数が減っても構わないから要らない』と“三十四”が捨てたお陰で、唯一残った場所でしょう? 統治区と言えば聞こえはいいけど、町とも呼べぬ村一つしかない」
「それでも『統治者はまだか』と煩かったものね。それもこれで黙らせる事ができる」
「これでただのごく潰しも、少しは国の糧になるというものだ」
そのやり取りで、大まかな状況が理解できた。
おそらくこいつらやこの文官の事だ、俺に子の采配の詳細や建前、真意は一切語らないのだろう。
ならば耳を澄ませなければ。
情報は幾らあってもいい。
「起きた時には既に城を追い出され、着いた場所は寂れた村。さぞ途方に暮れる事だろう」
「五歳児など、そんなところに行ってしまったらもう生きて王都に戻ってこれないかもしれませんね」
「なんて言ったって小さな村には、魔物から自分を守ってくれる騎士団も居なければ、病気にかかった時に見てくれる医者もいないからな。危険な場所よ。おおよそ尊き血筋が行くべき場所ではない」
だからメイドを母に持つ俺にはピッタリだって?
なんて親なんだ、こいつらは。
……いやしかし、これはある意味願ってもない事だ。
こんな奴らと大きな接点を持たず、勝手に遠くに置いてくれる。
三十五番目の王子には、一切の期待は抱いていないのだろう。
ならばどうやら毎年行われているらしい社交に一向に現れない王子を嘲笑いこそすれ、間違っても「出席しろ」などとは言ってこない筈。
合法的に、ごくごく自然に、あちらの思惑に乗りこちらに非のない形で、このクソどもと離れる事ができる。
それがどんなに楽な事か。
どんなに馬の合わない相手でも仕事上の付き合いがあれば疎遠になる事も叶わない。
そういう苦悩を感じた事がある俺としては、むしろ諸手を上げて喜ぶべきだ。
最後に、ちょうど文官が王座に背を向けたのをいい事に、周りにバレないようにチラリと目を開けてみた。
すると、見えたのは金ぴかな王座の前に立ち、豪奢なマントと服を着た髭ジジイの姿。
その隣には、見るからに性格の悪そうな釣り目のババアがいる。
思った通り、見事に人柄が人相に現れているな。
特に王妃。
化粧を塗りたくっても尚、性根の悪さを隠せていないような顔をしている。
――っと、あれ? もう一人?
あのクソな二人のすぐ傍に、十代後半ほどの男が一人立っていた。
あの立ち位置からして、王太子と言ったところだろうか。
顔に笑顔こそ張り付けているけど、まるで能面のような顔だ。
アレが王位継承権争いをする人間の弊害なのだとしたら、俺はつくづくあの立場じゃなくてよかったなと思った。
生まれて初めて、神様に感謝してもいいと思えた。
服装はもちろん、肌や髪の色艶やさえも、俺とは雲泥の差である。
それだけ丁寧に扱われているのだろうけど、妬みも羨ましさも皆無だった。
――俺は周りを顔色を窺う必要にも迫られず、自由に生きよう。
改めて俺はそう思った。
これから行くことになるオーランドという場所は、どうやらここからかなり離れているらしい。
あれだけニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら話ができる程の僻地なのだ。
それならきっとこの王都にいる奴らの目は、完全に届かなくなる。
平穏な生活を脅かす可能性がある権力が大好きな貴族たちも、おそらく三十五番目の王子が統治する何もない辺境の村のような場所に、興味なんてないだろう。
なら少なくとも、今まで平穏を守るために自身の課していた「悪目立ちしないように」という制約も、少しは緩めていいのでは?
そう思ったら、うん。
楽しみになってきた。
何からしようかなぁ。
今から夢が膨らむ。
どうやら国王と王妃は何も知らない状態で、突然辺境になんて追いやられて慌てたり絶望したりする俺を想像してほくそ笑んでいるんだろうが、その思惑は今静かに崩された。
だって俺は、厄介払いされる事を微塵も不幸だとは思っていないし、何故、どんな場所に、どんな理由で行く事になるのかも知っている。
勿論情報はまだ足りないけど、少なくとも『聞いていない筈の王命を受けたことになっている』などという事態には、もうなり得ない。
彼らが俺に送ったつもりの『最悪のサプライズ』は、どうやら不発に終わったらしい。
これってもしかして「あれ? もしかして俺何かやっちゃいました?」っていう奴か?
……いやまぁあれは、無自覚な人間が言うセリフだから、厳密にはちょっと違うのだろうが。
企みの失敗を本人たちが知らないあたり、俺としてはメシウマだ。
こんな事を思うなんてちょっと性格悪いかとは思わないでもないが、あれだけ散々酷い扱いをされたのだ。
このくらいの意趣返し、かなり可愛い方だろう……と思ったんだが、俺はこの後結構すぐに、世の中そう甘くないという事を突きつけられる事になる。
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