第一章 Re:ゼロから始める生活資金(金ねーんぢゃぁぁぁっ!) 5

 程なくして。


「――よし。近くの魔物は、さっきの一発で全部沈んでる」


 周囲の安全を確認した腕で歩き始めたアサヒと――。


「おお、イイね! 遠くから一発『ドーンッ!』とやるだけとか、楽でイイんですけど」


 顔でも『簡単なお仕事だったね~♪』と言うばかりに、陽気な顔をしてアサヒの後ろをついて行く日葵がいた。


 そこからワンテンポ置いて、カメラをぶら下げているシズ1000が、空中ブランコに乗りながら、頭上に付いてるヘンテコなプロペラを『フィ~ン!』と回しながら飛んで行った。


「それにしても、剣聖さんよ? ここに来たのはアンタの目的って言うより、私の為っぽいけど……まさか、普通に魔法の練習だけでココに来たワケじゃないよね?」


 歩き出すアサヒを尻目に、少しだけ不安そうな顔になって日葵は答えた。


 理由は簡単。

 金がないのだ。


 会社をやめてから三ケ月。

 職に就く気になれば出来なくもなかったんだけど、無職の道を全力でエンジョイしまくってしまった。


 結果、それなりにあった貯金額は目を反らしたくなる金額にまで干上がり、助けが来ない無人島に取り残された程度には絶望感で一杯になっていた。

 欲しいのはお金であって、絶望ではなかった。


 ついでに言うと、前を歩く剣聖はさり気なくこんな事を日葵へと言っていたのだ。


 今日中に魔法を使う事が出来る様になったのなら、野宿だけは避けられるかも知れないぞ!――と。


 それは、日葵に早く魔法を使える様になって欲しい為に言った方便なのかも知れない。


 実際の所は、単純に日葵が持っているだろう大魔導としての才能を早く開花させる為に言った物で、他に他意も無ければ稼ぐアテもなかった可能性だってある。


 そうであったら、日葵は絶望である。


 貯金通帳には十五万円程度が残っているが、生活費を引くとマイナスになる可能性がある。


 通帳を開くと、もう一人の日葵が言っていた。


『この額で、どう生活しろと?』


「分かってんだよ、そんな事わぁぁぁっ!」


 日葵は頭を抱えて悲嘆した!

 近くにいたアサヒが、思い切りビビった顔になっていた。


 当然である。

 心の中で考えていた日葵が、自爆する形で勝手に発狂していただけなのだから。


 どちらにせよ、こんな状態ではビジネスホテルにだって宿泊出来ない。

 ネカフェすら夢の国みたいに思える。

 

 冷静に考えると、こんな危機的状態になるまで無職をやっていた日葵が一番悪いような気がする……するんだけど、そこは敢えて言わないで置こう。


 話を戻そう。

 ここで少しでも生活費を稼げないと、日葵はマジで生活する事が出来ない。


「あのぅ……それで、お金になったりはしないのかなぁ~?……なんて?」


 思った日葵は、おずおずと前を行く剣聖様に尋ねてみた。

 正直、下手に貸しを作ると、後で無理難題を押し付けられる気がして怖いのだが、現状を考えると背に腹は代えられない。


 果たして剣聖はにこやかに答えた。


「安心しとけ。俺だってコッチの生活をそれなりに楽しみたいからな? ちゃんと先立つモノが手に入る算段を考えている」

「おおおお!」


 アサヒの言葉を耳にし、日葵は目を一気に輝かせた。

 自称剣聖に拉致られ、自宅がダンジョンと化した時はどうなることやらと悲嘆した日葵だったが、幾ばくかの光明が見える台詞に聞こえた。


 そこから間もなく、アサヒは地面に落ちている何かを拾い上げる。


「……お、あったあった」

「それはなに?」

「ん? これか? これはさっきのモンスター、ゴブランの魔石だな」


 日葵の問いに、温和な口調で答えたアサヒは、拾った物を日葵に見せてみせる。


「これが、魔石?」

  

 日葵は、アサヒに見せられた魔石を、軽く右手の人差し指で『チョン』とやってみせた。


 見る限り白銀色の小石みたいな物に見える。


「こっちの世界ではどんな物になるのかは知らないが、俺達の世界ではこれがカネになる。正確には黄金に化けると言った方がいいな?」

「えぇぇぇぇぇっ!」


 温和に語ったアサヒの説明に、日葵は思い切り度肝を抜いた。

 

 一体、どう言う方法で黄金に変えるのかは分からないが、もしそれが本当の事であるのなら、これはミラクル朗報である。


「やった……遂に私にもチャンスが巡って来た!」


 両手の拳を『ギュッ!』と握り絞め、感涙で視界がぼやけてしまう。


「ちなみに、シズ1000調べだと、この小石で大体百グラムだから、純金にした場合だと百六十万程度になるらしい」

「………は?」


 ポカンとなった。

 見る限り、それは単なる銀色の小石だ。

 金と言うよりも、どちらかと言うと鉄っぽい。


 しかし、剣聖の言う事が正しいのであれば、なんだか良く分からないただの小石が、自分の給料の半年分にも匹敵する価値を持っている事になる。


「はは………あはは………」


 日葵は笑った。

 微妙に瞳から涙が出て、妙な脱力感に駆られる。


 同時に思ったのだ。


 さっき、剣聖に言われるまま、軽く右手を向けて『ドーン!』とやっただけで、百六十万円。


「今までの私って……なんだったんだろう?」


 これまで寝る間を惜しんで仕事して。

 やりたい事と自我を殺してまで仕事に明け暮れた末に、雀の涙程度の賃金を貰う事で、どうにか食い繋いで来た。


 そんな自分のこれまでを振り返ると……途端に空しくなって来る。


「く、くそぉ……なんだか知らないけど、泣けて来た」


 その場でペタンと腰を下ろし、報われないブラック企業時代を思い浮かべる。


 果たして。


「何を考えて泣いてるのか知らんが、これからは存外楽しく生活出来ると思うぞ? そこは保証する――この俺が、な!」


 剣聖様はニッカリ快活に笑った。

 なんだか、神様に見えた……ような気がした。

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