14話 生徒会に目をつけられた

 明日筋肉痛になりそう。そう思った次の日に痛みが来なかったことなど一度もない。筋肉痛は必ずやってくるのだ。


 そんなわけで案の定腕が上がらなくなってしまった俺は、朝音羽と一緒に登校している時も、教室についてからも一切腕を動かさなかった。手を振られても振り返すことはできないだろう。


 そんな状態でまともに体育の授業を受けられるのかと不安になっていると、ふと視界の隅に芋虫が二匹いるのを発見する。


「ミーナくん、おはよう」


「お、おはよ――いたっ」


 芋虫とは言うまでもなく響先輩とミーナである。


 彼女らも俺と同様に腕が上がらないのか、不自然な動きで自席へと向かっている。心なしか顔も引き攣っているように見えた。

 やはり筋肉痛には敵わないようだ。


「高峯さん、おはようございます!」


 しかし教室にはそんな芋虫とは対照的な、自然な動きをする人物もいる。


「昨日の件なのですが……」


 香川さんである。彼女は昨日のゴミ捨て場での一件について問い詰めるつもりなのだろう。

 俺の机に両手をつくと、身を乗り出すようにして詰め寄ってきた。


「昨日は何があったんですか?」


「そ、それは……」


「教えてください。実は一晩寝たら忘れてしまいまして。高峯さんを問い詰めないといけない。その感情だけはひとときも忘れなかったのですが、肝心の内容が思い出せなくて……」


「あーそういう意味?」


 困ったような、気恥ずかしそうな表情を浮かべて彼女は言う。


「えーと、つまり復讐心だけはあるけど、何のために復讐するのか分からないみたいな感じ?」


「はい」


 なるほど、おっちょこちょいなんだな彼女は。

 しかしこちらとしては好都合である。内容を忘れてたのであれば、いくらでも誤魔化しが効くからな。


「そんな大した内容じゃないから思い出さなくても大丈夫だよ」


「ですが私の正義感がダメと――」


「忘れたってことは印象に残らなかったってことだよ。印象に残らないってことは大した内容じゃないってことだ」


「はい、つまりどういうことですか?」


「忘れたってことは印象に残らなかったってことで、印象に残らないってことは大した内容じゃないってことで、大した内容じゃないってことは気にしなくていいことってことだよ。そういうこと」


「…………あの、正直よく理解できませんでしたが、ひとまず分かりました」


 頭にはてなを浮かべていたが、俺の勢いに押されたのか渋々頷く香川さん。そのまま席に戻るかと思うと、しばらく俺の様子を凝視してくる。


「ところで高峯さん」


「ん?」


「先ほどからなぜずっと『気をつけ』の姿勢をとっているんですか? 腕をピシッとつけて身構えるほど、私と話すのは緊張しますか?」


 俺は改めて自分の体勢を見る。うん、どこからどう見ても芋虫である。


「あ、いやこれは単にこの姿勢が楽だからさ。ほら、最近流行ってるんだよ」


「なるほど。確かによく見れば石川先輩や鏡さんも同じ姿勢ですね。流行っているというのは本当のようです。私も今度実践してみましょうか……」


「筋肉痛の時に是非」


「筋肉痛?」


「まあやってみれば分かるよ」



「高峯さん高峯さん! 思い出しました!」


「えっ、まじ?」


 昼休み。購買でパンを買おうと席を立ったところ、ちょうど香川さんから声をかけられた。


 彼女は何かを思い出してしまったようで、興奮したような様子で俺の前まで来ると、ゴホンと咳払いをして口を開く。


「高峯さんは昨日ゴミ捨てをしていたんですよね?」


「まあ、うん」


「そこだけ! 思い出しました」


「そっか。それはよかったね」


「はい! では私は生徒会の活動があるのでこれで」


 本当にそれだけで会話を終えると、ポニーテールを揺らしながらそそくさと教室から出ていった香川さん。


 まるで特急列車のような勢いで去っていく彼女の背中を見送ると、俺は先ほどから何やら冷ややかな視線を向けてきていた芋虫に顔を向ける。


「ねえ奏太」


「ん?」


「あんたまさか、生徒会に目をつけられたの?」


「まあな。昨日のゴミ捨て場で遭遇しちゃって」


 正直に言うと、ミーナは露骨に顔を歪める。そしてぷいっとそっぽを向くと、


「私は無関係、無関係だからね」


「全員共犯だけどな」


「でも目撃されたのはあんただけなんでしょ?」


「まあな」


「じゃあ一人で罪をかぶって」


「主犯は先輩なのに?」


 俺が当然のことを言うと、ミーナは気まずそうにぼそっと呟く。


「先輩は……前科がありすぎてもうこれ以上罪を犯せないから」


 それはそうなんだけどさ。だからといって俺に全責任をなすりつけるのは違うだろ。


「貸し一つだからな」


「分かったわよ」


 さすがに罪悪感があるようで、おとなしく頷いたミーナ。さて、腹が減ったしそろそろ昼食を調達しにいくか。


「とりあえず購買に行ってくるわ。今日は箸使えないからパンしか食べられなくてさ」


「奇遇ね。私もよ」


「安心してくれ。実は私もだ」


 俺たちの会話に突然入り込んできた先輩。お互いに顔を見合わせと、無言で頷いた。


 どうやら今日は三人で購買に向かうことになりそうだ。普段はお弁当を持ってきているので、初めてのことかもしれない。


 ちなみに音羽の姿は教室にはなかった。彼女は人気者なのできっと他の女子と食べているのだろう。

 少し気になるところはあったが、たまにはそういう日があってもいいと思う。

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