13話 生徒会は監禁された時に助けてくれるのか?

「はぁ……一旦休憩」


「そんな時間ないよ。もうすぐ最終下校時刻だから」


「一分だけ、一分だけ休みましょう」


 やっとの思いで一階に到着すると、台車を置いてそのまま地べたにへたり込む俺たち。


 腕はとっくに限界を迎え、力を抜いた今でもプルプルと震えている。明日は筋肉痛確定である。


「それにしても本当に重かったね。先輩のこと手伝わなきゃよかったって何度後悔したか分からないよ」


「音羽、怖い……」


「どこがかな? 満面の笑顔だと思うんだけど?」


「それが逆に怖いんだよ」


 長年染みついたトラウマというものは中々抜けない。俺たち幼馴染にとって、音羽とは恐怖の象徴なのだ。

 ただまあ、今回に関しては彼女の気持ちも分かる。


「そもそもどうやってこの量を部室まで運んだんですか? 一人で運べる量じゃないですよ」


「音羽、怖い……」


 怖がりすぎだろ。体育座りして俯いちゃったもん。

 しかしこのままというわけにもいかないので、強引に先輩を引っ張り上げると、再度問いかける。

 するとおもむろに話し始めた。


「この宝の山に関しては今朝、吹奏楽部の人たちに運んでもらったのだよ。ほら、部長が私の元クラスメイトだから」


 元クラスメイトというのは『留年する前のクラスメイト』という意味である。つまり三年生。


「あの女は鬼と呼ばれて久しいからな。部長の命令は絶対。そう教育された部員たちは本当によく働いてくれた。正直、校則違反に加担させている罪悪感はあったが、逆に感謝されたよ。おかげで練習時間が減って天国のようだって」


「………………」


「大変なんだな吹奏楽部って」


 俺と音羽は顔を見合わせる。もうどこからツッコんでいいのか分からなかったので、お互いに一言も発せなかった。


「さて、一分経ったことだしそろそろ運ぶよ」


 気を取り直して証拠隠滅再開である。

 音羽の号令で一斉に立ち上がった俺たちは、台車を引いてゴミ置き場へと向かう。


 幸いなことにそこには誰もいなかった。ほとんどの生徒は帰っているようで、人の気配すら感じない。目撃者が現れる可能性は限りなく低いだろう。


 しかし念には念を入れる必要がある。

 俺は先輩から台車を奪うと、困惑する二人に告げる。


「後は俺が処分するから、二人は周りを見張っててくれ」


「見張り? 一緒にじゃなくて?」


「ああ、俺一人でやるよ。良くも悪くも二人は目立ちすぎるからさ。こういうのは俺の役目だ」


 単純にこれはリスクの問題である。どうせバレたら連帯責任だから、その可能性が限りなく低い選択をするべきである。


 だから決して二人のためとか、そういう清らかな心で行動しているわけではない。己の保身を最優先した結果である。


「じゃあいってくるわ」


 二人に見守られながらゴミ置き場に到着した俺は、テーブルクロスをそっとめくると、角椅子のフレームを一つずつ下ろしていく。 


 手を放すたびにガチャガチャと音が響いて、周りに人がいないかヒヤヒヤしたが、何とか無事に下ろし終えることができたようだ。軽くなった台車を見つめて、ふぅと胸を撫で下ろす。


「とりあえずこれで証拠隠滅完了か」


 パンパンと手を叩いて汚れを払うと、テーブルクロスだけ回収して台車を畳む。全てのタスクを終えて部室に戻ろうと踵を返した瞬間――、


 不意に鋭い声が飛んできた。


「そこ! 何してるんですか⁉︎」


 恐る恐る声のした方に視線を向けると、そこには生徒会の腕章をつけた女子生徒が立っていた。


 彼女は一言でいうと生徒会を体現したような人間だった。

 凛とした顔立ちで、背筋をピンと伸ばし、肩まで届く黒髪をきっちりと一つにまとめている。制服にはシワ一つなく、スカート丈は音羽の倍くらい。冷静沈黙でまさに生徒会に相応しい知性と責任感を漂わせている。


 そんな彼女の名は香川姫花。同じクラスの女子である。


「もうすぐ最終下校時間です。一般生徒は速やかに帰宅して――って、高峯さん⁉︎」


「こ、こんにちは」


 まさか同じクラスの男子とは思わなかったのか、目を見開いて立ち止まった香川さん。しばらく見つめてくると、ゴホンと咳払いをして、


「そこで何をしていたんですか?」


 鋭い視線で問いかけてくる。


「ゴミを捨ててたんだよ」


「それは分かっています。私が聞きたいのはなぜこんな時間に一人でゴミを捨てているのかという点です。台車も用意しているようですが、その木材と何か関係が?」


 薄暗いゴミ置き場に鋭い光が放たれる。俺は咄嗟に彼女とゴミの間に立つと、平静を装って言う。


「全然関係ない。ほら、俺って帰宅部だし」


「高峯さんが帰宅部だということは初めて知りました」


「逆に部活に入ってると思ってたの?」


「ええ。てっきり石川先輩と同じ部活だと」


「そ、そんなわけないだろ」


「高峯さん? なんだか顔色が悪いようですが……」


 怪訝そうに見つめてくる。響先輩の名前が出て焦ってしまうのも無理はないだろう。なぜなら視界の端に当の本人がいるのだから。


 先輩は焦ったように柱の隙間からこちらを覗いている。二人も見張りがいたはずなのに、それが全く機能していないことを踏まえて、色々と言いたいことはあった。

 だがまずは目の前の相手を誤魔化すのが最優先である。


 ちなみに音羽の姿はない。理由は不明である。


「とりあえず俺はこれで――」


「待ってください。まだ質問の答えを聞いていません。ここで何をしていたんですか?」


 逃げようとした俺にジリジリと詰め寄ってくる香川さん。


「だからゴミ捨てを」


「何のゴミですか? そもそも帰宅部にゴミなんてあるんですか?」


「ははっ、最終下校時刻まで学校にいるなんて帰宅部失格だな」


「誤魔化さないでください。あなたは一体何をして――」


 壁際に追い詰められ、踵がコンクリートにぶつかったタイミングで、ちょうど下校のチャイムが鳴った。部活の生徒も全員この時間には帰らなければならない。


 当然、生徒会の模範である彼女がそのルールを破るはずもなく……、


「今日のところはこれくらいにしておきましょう」


「……助かった」


「ですが! 明日こそは聞かせてもらいますからね。いいですか?」


 香川さんは迫力のある瞳で念押ししてくる。


「嫌なことって、案外寝たら忘れるよね」


「忘れません! 私の記憶力を侮らないでください!」


 それだけ言うと、背筋の伸びた模範的な歩き方で去っていった香川さん。


 どうやらまた面倒なことに巻き込まれてしまったようだ。先輩はともかく、生徒会はさすがに厄介だな。目をつけられて良いことなどあるはずもない。


 あ、でも注目されたら監禁リスクは下がるか?

 いや、むしろこの状況を利用して、生徒会に相談してもいいかもしれない。


 ――最近、監禁されそうなんですけど助けてくれませんか? って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る