第37話 デュランベルク公爵邸の夜

「私とアルはレオニダス王にも認められたのだぞ。エスタ、家臣、貴族達に対する牽制も兼ねて盛大な挙式を開催するのは当然のことだろう」


「……確かに言われてみればその通りだね」


ソフィの言葉に僕はハッとして相槌を打った。


レオニダス王に結婚を認められて忘れていたけど、ソフィはデュランベルク公爵家の長女で次期当主に一番近い公女だ。


式も挙げずに結婚したとあっては、周囲に示しがつかない。


正当な結婚であることを内外に周知し、ソフィが次期当主であることを示す絶好の機会にもなるから挙式は盛大にすべきだろう。


レオニダス王も参列してくれれば、ソフィの次期当主は揺るぎないものになる。


本当は契約結婚だけどね。


「なるほど。エスタは『女性が後継となる場合、婚姻していなければならない』という埃を被った王国法を根拠にしていました。盛大な挙式を挙げれば、エスタの主張を崩せるというわけですね」


「その通りだ、セシル。王都から戻って早々に悪いが、準備と手配を進めてくれるか?」


「わかりました。すぐに取り掛かりましょう」


「ちょ、ちょっと待ってください」


セシルが頷いたその時、レナが慌てた様子で会話に割り込んだ。


「どうしたんだ、レナ」


ソフィが首を捻ると、レナは「どうもこうもありません」と切り出した。


「盛大な式を挙げた後、アルバート殿に何か問題があると発覚すればソフィ姉様の評価がただ下がりになって、エスタを勢いづかせてしまう可能性もあります。ここは慎重に動くべきです」


「……アルはレオニダス王から国宝の魔剣を譲渡され、王都に出没した魔族を討ち果たし『烈煌の勇者』という称号まで頂戴したのだぞ。今更、問題などあるはずがない」


「それは甘いですわ、ソフィ姉様」


「なんだと……?」


眉をぴくりとさせるソフィに睨まれるも、レナは動じずに口火を切った。


「ソフィ姉様の夫になるということは、広大なデュランベルク公爵領の領地運営にも携わるということ。魔剣を持つ烈煌の勇者と言えば聞こえは良いですが、ソフィ姉様を補佐できるかどうかは別問題です」


「……レナ姉様の言いたいことは理解できますが、式を挙げなければエスタの言い分を認めたと思われかねませんよ」


セシルが指摘すると、レナは肩を竦めて頭を振った。


「アルバート殿にソフィ姉様を補佐できる能力がなければ、急ごしらえで選んだ人物と陰口を叩かれて支持者が離れていってしまいます。まずはアルバート殿に補佐能力があるかを確かめ、あれば式を盛大に挙げ、なければ理解ある有力者のみで小さな式を挙げればよいのです」


彼女がドヤ顔で告げると、ソフィが深いため息を吐いて凄んだ。


「レナ、それはつまり、私に見る目がないと言いたいのか?」


「い、いえ。決してそのような意図はありません」


慌てふためいて頭を振るが、レナはすぐに「ですが……」と切り出した。


「契約結婚であれば『試用期間』が存在してもおかしくはないかと存じます。根回しと式を挙げる準備期間、これをアルバート殿の『試用期間』とお定めください」


ソフィが口元に手を当てて「ふむ……」と思案顔を浮かべると、室内は静寂に包まれた。


試用期間、か。


貴族が給仕を雇い入れるときも一ヶ月ぐらいは言動や人格に問題ないか確認するし、彼女の言っていることに違和感はない。


デュランベルク公爵家に仕える人や給仕の人達も、僕がどんな人物かわからなくて不安なはずだ。


結果として、いきなり式を挙げるよりも打ち解けられるかもしれない。


「……わかりました。レナ殿や屋敷のデュランベルク公爵家の皆様がそれでご納得いただけるなら、『試用期間』で僕がソフィの補佐、夫として相応しいか見定めてください」


「アル、それは本気で言っているのか?」


「もちろんだよ、ソフィ。いきなり式を挙げるよりも、僕のことを皆に知ってほしいからね」


「……そうか。そういうことならこの件は二人に任せよう」


彼女が頷くと、レナはにやりと口元を緩めた。


「決まりですね。では、早速明日からアルバート殿には領地運営に関わる様々な事務仕事をお任せしようと思います」


「わかりました。よろしくお願いします」


僕が会釈すると、セシルがやれやれと肩を竦めた。


「レナ姉様が姉上を大切に想っているのは存じていますが、これは些かやり過ぎではありませんか?」


「いいえ、決してやり過ぎではありません。給仕や家臣達の比較対象は、ソフィ姉様を長年補佐し続けたエスタですよ?」


「う……」


セシルが指摘にたじろぐと、レナは真顔で僕とソフィを見やった。


「少なからず、アルバート殿があの男に勝るとも劣らない器量を見せつけてからでないと、盛大な式を挙げれば却ってソフィ姉様の信頼を落としかねません。ソフィ姉様、ここは慎重に事を成すべきです」


「……わかった。だが、挙式に向けた動きは水面下で行うぞ。試用期間とやらが終われば、どちらにしろ式は挙げねばならんからな」


「畏まりました。その辺りの手配も進めておきますので、どうかご安心ください」


レナがにこりと微笑むと、ソフィは深いため息を吐いた。


こうして、僕はデュランベルク公爵家でソフィの夫として相応しいかどうか試されることが決定。


その後、部屋の外にいたエレを呼び戻して今後の動きを共有したところ、彼女は「そうですか。畏まりました」と頷いていたけど、こめかみにうっすらと青筋が走っていたような気がするんだよね。


多分、僕の気のせいだろうけど。


そして、その日の夜。


僕は、セシルにデュランベルク公爵邸で今後過ごすという部屋へ案内された。


室内は広くて質素ながら気品に溢れ、談笑用のソファーと机、執務机、数人は寝られそうなベッドが備え付けられている。


「アル殿、申し訳ありません。とりあえず、こちらの部屋を使ってください」


「とりあえずって、本当に僕一人で使って良いんですか」


驚いて聞き返すと、彼はこくりと頷いた。


「アル殿は姉上の夫となるお方ですから、この部屋では格が足りないぐらいです」


「こんなに良い部屋で格が足りないって……」


呆気に取られていると、セシルが室内を見渡して首を捻った。


「そこまで良い部屋でしょうか。グランヴィス邸でも、これぐらいの部屋で過ごしていたのではありませんか?」


「いえいえ、僕がグランヴィス侯爵邸で普段過ごしていたのは屋根裏部屋でしたから。こちらの方がよっぽど上等ですよ」


「や、屋根裏部屋ですか。えっと、さすがにベッドとかの調度品はあったんですよね?」


「あはは……。恥ずかしながら部屋にあったのは昔からあったベッドと机に簡単な洋服棚だけだったんですよ」


僕は苦笑しながら頬を掻いた。


グランヴィス家で『できそこないの落ちこぼれ』と呼ばれる前は、ここまでではないにしろ、そこそこ良い部屋で過ごしていたんだけどね。


イルバノアに見限られてから、僕の部屋は屋根裏になったのだ。


当初こそ悲しんだものだけど、今となってはあの湿ったかび臭さと埃臭さが混ざった独特の臭いがちょっと懐かしい。


また、嗅ぎたいとは思わないけど。


「昔からあった、ベッドに机と洋服棚だけ……」


セシルが唖然としていることに、僕はハッとして慌てて話頭を転じた。


「あ、でも、逆にそれだけしかなかったから座学は捗ったんですよ。朝は日の光が差して自然と目が覚めますし、夜は満天の星空が見えますから屋根裏部屋も過ごしてみると意外と楽しいんです」


「……そうですか」 


彼は何やら目を細めると、「アル殿」と優しく切り出した。


「契約結婚だとしても、ここではそのような暮らしはさせません。どうか安心ください」


「う、うん。ありがとう」


セシルの初めて見せる優しい表情に戸惑っていると、彼は「ところで……」と切り出した。


「アル殿はエレノア殿と婚約していたんですよね」


「えぇ、そうですね」


「それでしたら、彼女の好きな食べ物などはご存じですか? 慣れない土地なので、何か差し入れを用意しようかと思いまして」


「あ、それなら甘いものが良いと思います。本人は否定しますけど、エレって甘いものに目がないんですよ」


お菓子を手作りして渡すと、エレは決まって『こんなもので、私の機嫌が取れると思わないでください。まぁ、折角用意してくれたからいただきますけど』と言ってツンとそっぽを向いていた。


でも、お菓子は食べるときの彼女は、いつも目がきらきらしていたから、絶対に甘いものが好きなんだと思う。


「なるほど、ありがとうございます。では、俺はこれで失礼しますね」


セシルはそう言って会釈すると、踵を返して退室する。


廊下から足音が聞こえなくなると、僕は「ふぅ……」と息を吐いてベッドに倒れ込んで仰向けになった。


「とうとう、デュランベルク公爵領に来たんだなぁ」


グランヴィス家から追い出されたはずの僕が、気付けばレオニダス王から魔剣を譲渡されソフィの夫となってデュランベルク公爵邸の来賓室でベッドに寝転んでいる。


驚くべきことは、グランヴィス家から出て行けと言われてから一ヶ月も経っていないことだ。


「……事実は小説より奇なりって言葉はあるけど。それにしても数ヶ月前の僕が現状を知ったら、驚愕するだろうな」


以前の僕は、グランヴィス家で認められることに必死だったし、それしか考えていなかった。


まさか、僕が戦公女の異名を持つソフィと出会い、契約結婚を申し込まれ、レオニダス王から譲渡された魔剣で魔人を倒すなんて、夢にも思わない。


グランヴィス家が没落してしまい、『できそこないの落ちこぼれ』と蔑まれていた僕だけが血筋として残ったのも、ちょっと皮肉だ。


デュランベルク公爵領に到着早々、レナに拒絶されたのも驚いたけど『ソフィを補佐する能力が僕にあるか』という部分は誰もが気にしている部分のはず。


遅かれ早かれ、これは問題になっていただろう。


「契約結婚だけど、僕はソフィを支えると決めた。だから、レナや皆に認められるように明日からは気を引き締めて頑張らないといけないな」


そう呟いて間もなく、強い眠気に襲われて大きな欠伸をする。


そのまま少しだけ寝ようと、僕は目を瞑るのであった。



「うん……? 誰だろう」


ふいに扉を丁寧に叩く音で目が覚めた。


窓を見れば、まだ暗い。


寝入ってからそんなに時間は経っていないようだ。


ベッドから上半身を起こして目を擦っていると、再び扉が丁寧に叩かれる。


「……アル、私だ。もう寝てしまったか?」


「ソフィ……⁉ ちょ、ちょっと待って」


飛び起きて慌てて扉を開けると、そこには普段の凜々しく逞しい服装ではなく、寝間着で可憐な姿のソフィがあった。





――――――――――

◇あとがき◇

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