第27話 新聞の見出しは『カルドミア王国建国以来、驚天動地の大事件』
「見ろ、アル。今朝、王都に配られた朝刊だ。色々と面白いぞ」
「う、うん。ありがとう」
ソフィはそう言うと、読み終えた新聞を僕に差し出した。
今現在、僕、ソフィ、セシルの三人はデュランベルク公爵邸の食堂内にある長机の食卓を囲い朝食を取っている。
「まぁ、姉上と結婚するアル殿を侮辱した。これは詰まるところ、デュランベルク公爵家に喧嘩を売ったのと同じこと。愚かな彼等は、自ら崖から飛び降りたのです」
「あ、あはは……」
セシルの辛辣で容赦ない言葉に、僕は苦笑しながら新聞を広げた。
ちなみに、ライアスとの決闘後、セシルは僕のことを『アル殿』と呼んでくれている。
『その、姉上だけ愛称で呼んで、俺だけ呼ばないというのはどうかなと。俺もアル殿って呼んで良いですか』
『はい、もちろんです』
僕は申し出を即答し、それ以降、彼は僕のことを愛称で呼んでくれている。
これで、少しはセシルとも近づけたならいいんだけどな。
ライアスと僕の決闘から数日が経過したいま、王都は大騒ぎになっている。
カルドミア王の前で『イルバノア・グランヴィス』が行った失態と、『ライアス・エルマリウス』の不貞と魔法契約書を用いた決闘に不正をしたことが、何故か翌日の朝刊にでかでかと見出しを飾り、王都全体に配布されてたちどころに民衆に知れ渡ることになったからだ。
イルバノアの件は、僕達以外にも沢山目撃者がいたから、翌日の朝刊に掲載されてもおかしくはない。
あの人、結構、彼方此方で恨みを買っていたみたいだし。
ただ、ライアスの件が事細かに掲載されたのは、さすがに首を傾げた。
ソフィに確認したところ、彼女は『さぁ、屋敷の誰かがたれ込みでもしたんだろう』と、あっけからんとしていた。
本来であれば、屋敷の誰かが『たれ込み』なんてしたら大問題だ。
でも、ソフィの口ぶりから、裏で手を引いているのは彼女かセシルだろうと僕は察し、それ以上は深く聞かないようにしている。
「どうした、アル。私達の顔に何かついているか?」
僕の視線に気付いたらしく、ソフィが首を傾げた。
「あ、いえ。何でもありません」
「そうか。ならいいが、それよりも新聞は読んだか」
「すみません、まだです。ちょっと待ってください」
慌てて今日の新聞に目を落とすと、まずは大きな見出しが否応なく目に飛び込んでくる。
『カルドミア王国建国以来、驚天動地の大事件。由緒正しく、魔法の名家と名高いグランヴィス侯爵家とエルマリウス侯爵家。いよいよ同時に没落か⁉』
由緒正しい侯爵家が同時に没落、か。
印象には残るけど、あんまり穏やかな見出しじゃないなぁ。
次いで、僕は内容を目で追っていった。
『まずは先日に起きた二つの事件を整理していこう。
一億ルドを受領し、およそ一千億ルドの支払いを背負ったグランヴィス侯爵家。
デュランベルク公爵家からの支度金一億ルドを受領し、婿入りさせたにも関わらず嫡男アルバート卿を陛下の前で侮辱したイルバノア侯爵。
侯爵の挑発で言われるがままアルバート卿は陛下の御前で力を示すも、城内は著しく破損。
陛下は、責任は全てイルバノア侯爵にあると裁定を下す。
結果、グランヴィス侯爵家は莫大な城の修繕費が請求されることが決定的となった。
城内関係筋の話だと修繕にかかる費用は、ざっと一千億ルドは下らないだろう、という声もある。
デュランベルク公爵家から支度金一億ルドを受領していたにもかかわらず、アルバート氏を侮辱したイルバノア侯爵。
まさに小利大損、目の前の小事に囚われ、大事を失ったと言わざるを得ない。
そして、グランヴィス侯爵家の実権を握るべく、何も知らない実の娘エレノア・エルマリウス嬢を跡取りの婚約者に仕立て上げ、グランヴィス侯爵家の後妻セラ・グランヴィスと姦通。
非道にして外道のライアス・エルマリウス侯爵も忘れてはならない。
彼もまた、アルバート卿を挑発し、魔法契約書を用いて決闘を行ったという。
しかし、ライアス侯爵は途中で負けを認め不正が発覚したにも関わらず、その場にいる関係者を抹殺しようとしたところ、目に余ると戦公女と名高いソフィア・デュランベルクによって取り押さえられたという。
ところが、この結果に観客としてその場に居合わせたセラ・グランヴィスが逆上し、アルバート卿を襲撃。
襲撃は未遂に終わるが、母を止めるべく息子のギルバート卿の放った魔弾によってセラ氏が亡くなるという痛ましい結果となった。
セラ氏と近しい者からは、彼女は心の病にかかっていた、という証言もあり、セラ氏もライアス侯爵の被害者だったのでは、という意見も一部でている。
一連の事件における全容を知ったレオニダス陛下は、ライアス侯爵の不貞と非人道的な行いに、カルドミア王国の品位を著しく損なう行為だと激怒。
魔法契約書の不正を理由に、ライアス侯爵を拘束して城内に連行。
関係者の話を聞くところによると、様々な余罪も発覚しているらしく極刑は免れないのでは、との見方が強いという。
まさに外道に相応しい末路と言えるだろう。
なお、ライアス侯爵の娘であるエレノア・エルマリウスは、一連の騒動をソフィア・デュランベルク公爵令嬢とアルバート卿に謝罪し受け容れられ、相応の慰謝料を払うことで合意したという。
だが、エルマリウス侯爵家はこの慰謝料だけに留まらず、様々な支払いが滞っていたという噂もある。
魔法の名家と名高かった二つの侯爵家の名は、年内にはカルドミア王国から消えているかもしれない』
「……なんか、すごい熱量ですね」
読み終えた感想を漏らすと、ソフィが不敵に笑った。
「王都内にある新聞社にも、デュランベルク公爵家の資本が少なからず入っているからな」
「え、そうなんですか⁉」
王都内にある色んな業界の情報は調べたことあるけど、新聞社にデュランベルク公爵家の資本が入っているなんて知らなかった。
「まぁ、驚くのも無理はない。何せ、出資したのはつい先日だからな」
「は……? つい先日、ですか?」
「そうだ。正確には、アルバートと一緒に城を訪れる前だがな。執事に頼んでいたんだよ」
「え、えぇ⁉ でも、出資ってそんな簡単にできるものなんですか」
「意外と簡単だよ。これに必要な金額を書いて渡すだけだ」
ソフィがそう言って懐から取り出したのは『大枠が黒縁の小切手』である。
それもよく見れば、カルドミア銀行の金印とデュランベルク公爵家の家紋印が入っていた。
「そ、それって、もしかして。命以外はほぼ何でも買えるという、あの『黒切手』ですか⁉」
『黒切手』とは、使用者の資産が莫大であるため、どんな金額を書いても問題ないとされる『特別な小切手』だ。
カルドミア王国に属する貴族でも、使用できるのはごく一部だと言われている。
「黒切手……? はて、これ以外に小切手があるのか。私は三歳の頃からこれしか使ったことがないぞ」
「あぁ~……」
さすが王族に次ぐと称されるデュランベルク公爵家だ。財力の規模と桁が違い過ぎる。
魔法の名家と呼ばれていたグランヴィス侯爵家やエルマリウス侯爵家の誇っていた財力も、デュランベルク公爵家という大海の前では雨の雫に等しいんだろうなぁ。
呆気に取られていると、セシルが口火を切った。
「姉上、小切手に種類があるんですよ。まぁ、俺達は『黒切手』が一番使いやすいんで、それしか使いませんけどね」
「ほう、そうだったのか。それは知らなかったよ」
ソフィが肩を竦めると、彼はこちらに視線を移した。
「部数は稼げる、出資者の覚えはよくなる……新聞社にしてみれば、力を込めて書けば書くほど儲けられるみたいなものですからね。熱も入るんでしょう」
「あ、そういうことですね」
僕が頷くと、「失礼します、アルバート様」と畏まった声が聞こえた。
でも、どこか聞き覚えがあるような。
不思議な感覚で振り向くと、僕は目を丸くした。
「コーヒーもしくは紅茶のおかわりは如何でしょうか?」
「え、エレ⁉ 君が、どうしてここに。というか、その格好はどうしたの⁉」
そこに立っていたのは、エレことエレノア・エルマリウスだ。
でも、彼女の姿はいつものドレス姿ではなく、デュランベルク公爵邸のメイド姿である。
そして、怖いぐらいの笑顔だ。
「どうしたも何もございません。その新聞にあるように、エルマリウス侯爵家は没落寸前。拘束された当主に代わり優先順位を決め、様々なお支払いの段取りをした結果、アルバート様への慰謝料分がだけが足りなくなってしまったのです。そこで『セシル様』のお言葉に甘え、こちらで本日からメイドとして勤めることになりました。以後、よろしくお願いします」
「え、えぇ⁉ でも、決闘に僕が勝ったから、自分で好きな道を選べるようになったはずでしょ」
「……そうよ。だから、この道を選んだの」
エレは深呼吸をすると、いつも真顔に戻って婚約者だった頃の口調になった。
「で、でも……⁉」
「あのね。アルに借りを作ったままなんて、私の矜持が許さないの。だから、慰謝料が払え終えてから道は選ぶつもりよ……それに、まだ心の整理も付かないし」
はっきりした口調で告げた彼女だけど、最後に呟いた言葉だけはごにょごにょとした小声でよく聞き取れなかった。
「え、ごめん。最後だけ上手く聞き取れなかったんだけど……」
「なんでもないわよ。まぁ、そういうことだから、これも私が好きでやってることなの。アルは気にしなくていいから」
「わ、わかったよ。でも、困ったことがあったらすぐに相談してね。出来る限り力になるから」
「アルの力なんか借りなくたって、自分で何とかするわよ」
エレは口を尖らせてツンとそっぽを向くと、少し間を置いて深呼吸をする。
そして、こちらに振り向くと完璧な笑顔になっていた。
「アルバート様。大変失礼な物言いをしましたこと、お詫びいたします」
「い、いや、大丈夫だよ」
エレって、こんなだったっけ。
でも、エルマリウス侯爵家は没落寸前って言っていたし、彼女の中で何かが吹っ切れたのかもしれない。
もしかすると、今のさっきのエレが、彼女の自然体なのかも。
彼女は綺麗な所作で会釈すると、ソフィをにこりと見やった。
「ソフィ様も、コーヒーと紅茶のおかわりは如何でしょうか?」
「そうだな。では、コーヒーを頂こう」
「畏まりました」
ソフィのお願いしたとおりにエレがカップにコーヒーを注ぎ始めると、何やら食堂はとんでもない緊張感に包まれ、空気が張り詰めた。
「……さすが元ご令嬢。素晴らしい所作だ」
「ありがとうございます、ソフィア様。ですが、エルマリウス侯爵家は完全には没落しておりません。従いまして、まだ『元』ではありませんのであしからず」
「そうか、それは失礼した。ふふふ……」
「いえいえ、とんでもないことでございます。うふふ……」
何やら二人とも笑顔だけど、その視線が交わる度に火花が散っているように見える。
ソフィとエレは、果たして上手くやっていけるんだろうか。おろおろして見ていると、「大丈夫ですよ。アル殿」とセシルが新聞を見つめながら他人事のように切り出した。
「二人の根っこは通じるところがありますから。何だかんだ、上手くやっていくはずです」
「えぇ、そうかなぁ……?」
僕は首を傾げながら、笑顔で見つめ合う二人を遠巻きに見守るのであった。
――――――――――
◇あとがき◇
作品が少しでも面白い、続きが読みたいと思いましたら『フォロー』『レビュー(☆)』『応援(♡)』『温かいコメント』をいただけると……作者が歓喜します。そして、鎮痛剤を飲みながら執筆にブーストをかけるかもしれません。
――――――――――
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