第26話 とりあえず大団円……?
「ギル。君は一体、何を考えているんだ……」
僕はひょっとして、長年一緒にいた弟のことを何も知らなかったんだろうか。
グランヴィス侯爵家で『できそこないの落ちこぼれ』と蔑まれた僕と違って、才能溢れるギルは皆から羨望と尊敬の眼差しをいつも送られていた。
だけど、それは表面上だけで、気付かないところで大きな闇を抱えていたのかもしれない。
それとも、実母であるセラの死を前に慟哭したのは全て演技で、去り際にソフィの指摘におどけた姿こそがギルの本当の姿なんだろうか。
「アル、少しいいか」
「え……?」
呼びかけに我に返ると、ソフィがにこりと目を細めた。
でも、その眼差しはとても冷たい。
「さっきも言ったが、エレノア殿と近すぎないか?」
そうだ、エレが僕を抱き支えてくれたままだったんだ。
僕が慌てて立ち上がると、エレも顔を赤くして離れた。
「す、すみません」
「も、申し訳ありません」
「いや、良いんだ。さっきはアルの様子もおかしいところがあった。エレノア殿が支えてくれたのもわかっている。ただ、その、なんだ。さっきも言った通り、アルには私の夫としての体裁があるんだ。どうか、わかってほしい」
ソフィは決まり悪そうにそう言うと、咳払いをして「さて、それよりも……」と話頭を転じた。
「アル、ライアスとの決闘は君の勝利だ。改めて、おめでとうと言わせてくれ」
「あ……⁉ ありがとうございます」
彼女が差し出した手を握ると、傍にいたセシルが大きく息を吸い込んだ。
「此度におけるライアス・エルマリウス侯爵とアルバート・デュランベルクの決闘。勝者はアルバート・デュランベルクです」
彼の声が会場に轟くと、観戦をしていた屋敷の人達から歓喜する声が上がった。
『できそこないの落ちこぼれ』と言われ続けた僕が、こんな注目と喝采を浴びることになるなんて。
今までの辛かった記憶が走馬灯のように脳裏に流れ、目頭が熱くなった。
「アル、皆に手でも振って応えてやれ」
「は、はい。皆さん、ありがとう。ありがとうございます。ありが……⁉」
ソフィに言われて周囲を見渡して頭を下げていると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。
屋敷が、デュランベルク公爵邸が真っ二つに分断されている。
しかも、地面には一筋の切れ目が会場から一直線に伸びているじゃないか。
「あ、あの、ソフィ。あれって、もしかしなくても僕のせい?」
「うん? あぁ、魔剣で屋敷をばっさりやったことだな。まぁ、気にするな。怪我人もいないし、屋敷には魔法を使える者もいる。すぐ修繕するさ」
「いや、でも、由緒正しい歴史あるお屋敷だったんじゃ……」
彼女はさも大したことないように平然と言ってのけるけど、僕は気が気じゃなくて顔から血の気が引いていく。
「気にする必要ありませんよ、アルバート殿」
はきはきした声で断言したのはセシルだ。
「由緒正しい歴史ある屋敷。そう言えば聞こえは良いですが、要はただの古いお屋敷です。むしろ、壊してくれたのは丁度良かったかも知れません」
「え……? 丁度良い?」
「えぇ、そうです。あの屋敷、見かけは良いんですが細かいところにガタが来ておりましてね。改装の話が持ち上がっていたのですが、一部の貴族達から猛烈な反対に遭っていたんですよ」
「猛烈な反対ですか。それはまたどうして……?」
僕が首を傾げると、ソフィがやれやれと肩を竦めた。
「歴史ある建物だから手を出すな、とか。景観が崩れる、ということらしい。自分達が住まないと思って、勝手にいろいろと騒ぎ立てるんだよ。まぁ、景観は維持するが内装ぐらいは好きにさせてほしいものだ」
「な、なるほど。そういうことですね」
僕は合点がいって頷いたけど、本当に大丈夫なんだろうか。
改めて屋敷を見やると、まるで熱した鉄棒で氷を溶かし斬ったような感じで綺麗に割れている。
ソフィは景観は維持すると言っていたけど、相当な修繕費がかかるんじゃなかろうか。
「案ずるな、アル。デュランベルク公爵家はこれぐらいの修繕費ではびくともせんさ。それに今回は費用の『当て』がある」
「当て、ですか?」
「そうだ」
ソフィは不敵に笑うと、エレノアを見やった。
「今回の騒動、元を辿ればエルマリウス侯爵家当主の不貞と無礼な挑発に原因があると思わないか」
「……エルマリウス侯爵家に修繕費を出せということですか」
気付けば、エレはいつもの少しツンとした無表情に戻っていた。
ただ、ちょっと口を尖らせている気がする。
ソフィに痛いところを指摘されたから、当然かもしれないけど。
「エレノア様、少しよろしいでしょうか」
会話に参加してきたのはセシルだ。
「なんでしょうか、セシル殿」
「エレノア様。貴女様は不本意な婚約破棄に思うところがあったのでございましょう」
「それは……」
彼女が言い淀むと、セシルはにこりと笑った。
「起きたことを無かったことになど、誰にもできません。しかし、挽回する機会は得られます。今回、修繕費を出すことはアルバート殿への謝罪ということになりませんか?」
「謝罪……」
エレは何か考え込むように呟くと、こちらを振り向いた。
「アル……いえ、アルバート殿はどう思われますか?」
「えっと、僕はもう気にしてないから大丈夫だよ。あの婚約破棄があったから、ソフィに出会えて結婚できたんだ。結果論だけど、これで良かったと思っているよ。だから、エレノアが謝罪とか考える必要はないんじゃないかな」
突然に婚約破棄を言われた時は辛かったけど、今はもう気にしてない。
というか、契約結婚、陛下からの魔剣譲渡、ライアスとの決闘……と、それ以上のことが立て続けに起きたから、悲しむとか、落ち込む時間がなかったとも言えるけど。
「……そう、わかったわ」
エレは僕の答えを聞いて微笑むと、すっと真顔になってセシルを見据えた。
「わかりました、全額払いましょう。ただし、エレノア・エルマリウスからアルバート・デュランベルク殿への『謝罪』としてお受け取り願えますか?」
「えぇ、どうして⁉」
謝罪とか考える必要はないって言ったのに。
僕が目を丸くしていると、セシルが畏まって頭を下げた。
「ありがとうございます、エレノア様。当家は、これをアルバート殿への『謝罪』として受け容れます」
「はい、それでお願いします」
「え、なんで、どうして? というか、謝罪は要らないって言ったのに……」
困惑して恐る恐る尋ねると、エレノアは目つきを鋭くして凄んだ。
幼い頃から彼女がよくする表情なんだけど、未だに慣れない。
「そういう問題ではありません。これは、これは私の矜持とけじめの問題なんです。貴方が良くても、私が良くありません。これで私と貴方の間に『貸し借り』はありませんからね」
「は、はい。わかりました」
僕がたじろぎながら頷くと、エレは咳払いをした。
「最後に図々しいけれど、一つお願いしてもいいかしら」
「え、うん」
なんだろう、彼女がお願いって珍しいな。
首を傾げていると、彼女は耳まで真っ赤にして決まり悪そうに切り出した。
「じゃあ、その、婚約者ではなくなったけど、良き友人ではいてくれるかしら」
「あ……⁉ もちろんだよ。ありがとう、エレ。おかげで、人生初の友達ができたよ」
『できそこないの落ちこぼれ』と蔑まれ続けていた僕には、友達なんて一人もいなかったんだよね。
嬉しさのあまり声が自然と大きくなってしまった。
「え……?」
ただ、エレは僕の答えを聞くなり目が点となってしまう。
あれ、本当のことしか言ってないんだけど、変なこと言ったかな。
そう思って周囲を見渡すと、会場にいる人達にも聞こえていたらしく、何やら憐れむような、同情というか、生暖かい眼差しを向けられているような気がする。
「あ、あれ……?」
きょとんとしていると、背後からぎゅっと強く抱きしめられる。
はっとして見やれば、ソフィの横顔がすぐそこにあった。
「アル、これからは案ずるな。妻となった私が傍にいてやろう」
「えっと、ありがとうございます。でも……」
そう言うと、僕はソフィの耳元でそっと囁いた。
「……妻であろうとなかろうと関係ありませんし、友達がいなくても大丈夫です。認めてくれたソフィさえいれば、僕はそれだけでいいんです」
「……ふふ、そうか。そんなことを言ってもらえるとは、私も捨てたものではないな」
ソフィがふっと口元を緩めたその時、「あの……」とエレが切り出した。
「その、差し出がましいようですが、いくら夫婦といえど公衆の面前ではどうかと……」
「あ、そ、そうだね」
僕が離れようとすると、ソフィがにやりと笑った。
「いやだな」
「え……?」
予想外の答えで呆気に取られると、ソフィの抱きしめる力が強くなった。
「意外とアルの抱き心地がよくてな。暫く、このままでもいいかもしれん」
「えぇ⁉」
「あ、姉上……?」
僕が目を丸くし、セシルはきょとんとしてしまう。
でも、エレは目つきを鋭くして頭を振った。
「いや、いやいやいや。さっき、ソフィア様が体裁どうこう仰ったじゃありませんか」
「それは夫と『友達』の話だろう。妻と夫が抱きつくことのどこが悪いのだ?」
「……デュランベルク公爵家は王族に次ぐ貴族の模範となるべき存在です。影響力を考えれば、風紀を乱す行いは厳に慎むべきと諫言いたします」
「ほう、この程度の触れ合いが風紀を乱すのか。エレノア殿の考える風紀とは、随分と初心だな。それでは恋人同士が手を繋ぐことすらままならんのではないか」
「私が初心とかそういう問題ではありません。影響力の問題だと申し上げているのです」
エレはびしっと人差し指を向けてくるが、ソフィはにやっと笑った。
「初心ではない。つまり、アルとこういうことをしたことがあるのかな?」
「そ、それぐらいは……私だってありますよ」
決まりが悪い顔を浮かべてたじろぐと、エレは小声で呟いた。
あれ、でも、そんなことした記憶が僕にはないぞ。
もしかすると、エレの記憶違いかもしれない。
彼女の名誉のため、ここは訂正しておこう。
「えっと、僕とエレは抱き合ったことなんてないよね?」
「あ、アル、バート。空気を読みなさい」
「ふふ、あははは。やっぱり強がりではないか」
何故かエレは顔を耳まで真っ赤にして口を尖らせ、ソフィアは勝ち誇って大笑いを始めた。
二人は僕を挟んだまま言い合いを続けるが、セシルが「もう付き合ってられません」と肩を竦めて踵を返す。
彼が去ったのを切っ掛けに、屋敷の人達も呆れた様子でこの場を去ってしまうのであった。
――――――――――
◇あとがき◇
作品が少しでも面白い、続きが読みたいと思いましたら『フォロー』『レビュー(☆)』『応援(♡)』『温かいコメント』をいただけると……作者が歓喜します。そして、執筆しながら机に突っ伏して寝るかもしれません。
――――――――――
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