第20話 招かねざる訪問者3 エレノアの想い

「グランヴィス侯爵家の小姓だったな。どうだ、これは間違いないだろう」


ソフィがしたり顔で放った言葉で室内がしんとなるが、すぐにギルは「ふふ、あはは」と噴き出して笑い始めた。


「残念ながら違います。グランヴィス侯爵家でご挨拶いたしましたギルバート・グランヴィスです。いやはや、ソフィア殿はご冗談がお上手ですね」


「おぉ、そうだったな。これは失敬した。アルに夢中だったもので、貴殿のことはすっかり忘れていたよ」


二人が笑顔で冷たい視線を交わすと、外は快晴だというのに、なぜか落雷の音が室内に轟いたような気がした。


二人とも、目の奥がまったく笑っていない。


彼女はふっと鼻を鳴らして不敵に笑うと、椅子の背もたれにゆっくり体を預けた。


「さて、セシルも言ったが用件を聞こう」


「では、私から申し上げさせていただきます」


ライアスはそう言って咳払いをすると、僕を見据えた。


「アルバート君。君が玉座の間で行った言動だが、決して褒められたものではなかった。結果、イルバノア殿とグランヴィス侯爵家は窮地に立たされている。君はこの責任をどう取るつもりかね」


「……え?」


彼の発した言葉を理解できず、僕は唖然としてしまった。


いやいや、玉座の間で僕がした言動はカルドミア王国の頂点に君臨する『レオニダス王』が認めてくれたよね。


それを褒められたものではなかった……って、陛下を侮辱するにも等しい発言だ。


そもそも、イルバノアはソフィとデュランベルク公爵家に対する『侮辱罪』で拘束を命じられたのに、どうして僕の責任になるんだ。


僕がきょとんとしていると、ライアスはやれやれと頭を振って深いため息を吐いた。


「私にはわかっているんだよ。君にたまたま一目惚れしたというソフィア殿を己の都合良く唆し、イルバノア殿を煽って陛下の前で失言を引き出して侮辱罪に追い込んだということがね」


「は、はぁ……?」


僕が開いた口がふさがらず、目が点になった。

 

ソフィを唆した、だって? 


どうしたらそんな考えに行き着くんだろう。


そもそも、契約結婚を持ちかけてきたのはソフィだ。


もし、『唆した』というのであれば、唆されたのは僕の方になるんじゃなかろうか。


それから、僕たちがイルバノアを煽って失言を引き出したというけど、あの時、最初に彼に話を振ったのは陛下だ。


その後のやり取りを経て、陛下が僕とソフィの結婚を認めたのにもかかわらず、感情を露わにして噛みついたのはイルバノア自身だったはず。


僕たちが追い込んだというよりも、勝手に追い詰められて自滅しただけだ。


だけど、僕ってもしかして色仕掛けでソフィに唆されたのかな。


ちらりと横目で見やると、ソフィと目が合った。


すると、彼女は目を細めてニコリと微笑んだ。


『そんなことあるわけないだろう』


あまりに恐ろしく冷たい視線に射貫かれ、ぞくりと体が震えてしまった。


しかし、その様子がライアスにとって、主導権を握ったように感じられたらしい。


彼はにやりと口元を緩めた。


「やはりな、君とソフィア殿が交える視線がすべてを物語っている。よく言うだろ、目は口ほどにものをいうとね」


「まぁ、そういう言葉があるのは知っていますけど……」


確かに目は口ほどにものをいうことはあるけど、ライアスは自分にとって都合の良い方向に勘違いして突き進んでいるだけだ。


僕が困惑しながら相槌を打つと、彼はしたり顔を浮かべた。


「認めたな。やはり、私の言ったことはすべて正しかったということだ」


「いや……」


否定しようとした口を開いたその時、ソフィが軽く手をあげて僕を制止した。


見やれば、彼女は口元を手で覆い隠している。


でも、よくよく見れば肩が小さく震えていた。


あ、これ、込み上げてくる笑いを必死に堪えているな。


ソフィは咳払いをすると、素知らぬ顔でライアスを見据えた。


「なるほど。それで、その面白い憶測が仮に事実だったと仮定した場合、貴殿は我らに何を求めるつもりかね」


「アルバート君がイルバノア殿に謝罪し、侮辱罪を不問にするよう陛下に申し出てもらいたい」


「は……?」


僕は眉を顰め、つい声が出てしまった。


なぜ、陛下がイルバノアに罪があると裁定したのにもかかわらず、僕があいつに謝罪した上、罪を不問にするよう申し出る必要があるのか。


ソフィとセシルの雰囲気もさらに険しくなるが、ライアスは動じずにふっと表情を緩めた。


「……とまでは申しません。しかし、王家がグランヴィス侯爵家に請求するであろう賠償金を寛大に処してほしいと、陛下に申し上げいただきたい。そして、王家から請求された賠償金はアルバート君とグランヴィス侯爵家で折半するべきでしょう」


「……どうして、どうして侮辱されたこちらがそんな要求を聞かねばならないんですか」


あまりに図々しい申し出に、僕は内心怒りに震えながらも平常心を装った。


「アルバート君、私はね。意外に思うかもしれないが、今回の一件はイルバノア殿にも責任の一端はあると考えているんだよ」


「それは、どういう意味でしょうか」


睨みを利かせると、ライアスは足を組み直した。


「私の娘は、君の婚約者だった。当然、グランヴィス侯爵家で君がどんな扱いを受けていたのか、幼少期の頃からよく知っているよ。将来を期待されていたのにもかかわらず、魔力を持たずに生を受けたという不幸。その結果、君は『できそこないの落ちこぼれ』と長年にわたって蔑まれ、家での立場はとても厳しくなっていった。イルバノア殿に積年の恨みを持つのも当然だろう」


「……なるほど。確かにライアス殿は僕のことをよくご存じでしたね」


目を細めるも、僕の心は怒り、悲しみ、悔しさで渦巻いていた。


そこまで知っていたなら、どうして助けてくれなかったのか。


なぜ、『エルマリウス侯爵家に来れば良い』と言ってくれなかったのか。


僕の気持ちを知ってか知らずか、ライアスはふっと口元を緩めた。


「どうか、私のことは恨まないでほしい。君と娘の婚約破棄を最初に言い出したのは、イルバノア殿だ。私は君と娘の婚約破棄など、微塵も考えていなかったんだよ」


「え……?」


思いがけない言葉に、僕は虚を突かれて呆気に取られてしまった。


「イルバノア殿が君を廃嫡して『後継者をギルバートにする』と言いだした時、私は反対したんだ。特にエレノアは強く反対してね」


「父上、その話は……⁉」


無表情だったエレノアがハッとするも、ライアスは言葉を続けた。


「私から話を聞いたエレノアは、イルバノア殿のところへ直談判に出向き『アルバートは魔法の素養はないかもしれませんが、素晴らしいところがたくさんある。魔法は使えずとも、必ずグランヴィス侯爵家の発展と繁栄に貢献できるはずだ』と熱弁したんだ。その熱意にイルバノア殿は根負けしてね。君を廃嫡から辺境に隠居させるという『事実上の廃嫡』で済ませることを、落とし所にしたんだ。エレノアは憎まれ口を叩きながらも、君のことをずっと案じていたよ」


「エレ……」


思わず過去での彼女との会話が脳裏で蘇る。


『アル、まだ魔法が使えないんですか。もういっそ魔法は諦めて、貴方は他のことをできるように頑張りなさい。最悪、私が当主になって情けない貴方の面倒を見てあげますから』


『ありがとう、エレ。最悪、その時はお願いするよ。でも、僕は諦めたくないんだ』


『はぁ、こんな手の掛かる『できそこないの落ちこぼれ』が婚約者なんて。私は本当に不幸です。せめて、魔法以外のことぐらいはちゃんとできるようにならないと承知しませんよ』


『あはは、ごめんね』


『謝らないでください。アルは私がいないと駄目なんですから』


エレはいつも口を尖らせてわかりにくかったけど、彼女の言葉にはいつも他の人たちとは違う温かいものがあった。


だからこそ、彼女に婚約破棄を言われたときは本当に辛くて、絶望したんだ。





――――――――――

◇あとがき◇

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