第25話

「それはならん」

「ええ?ですがお父様、それでは暗い色になってしまいますわ」


 晩餐の席で、ヒルデガルドは、王家主催の舞踏会にアトレイと参加すると、両親に話した。


 アトレイの言った通り、婚約者のいない二人には最も無難な選択で、両親も直ぐに認めてくれた。


 普段温厚な父が許さなかったのは、そこではない。


「アトレイが衣装を揃えようって。それで、シャンパンカラーが良いと思うの。私の髪色にも似合うでしょうし」


 ヒルデガルドは前世でも、社交に出るときはシャンパンカラーを多用した。


 クリスフォードの髪色は、プラチナともゴールドともつかない淡く美しい白金で、焦げ茶の髪色であるヒルデガルドも、社交場に出るときばかりは夫の色を纏っていた。


 それは婚約時代に、クリスフォードが最も好んだ色だったということもある。


『君が僕の色を身につけるのを、見るのが一番好きなんだ』


 そう言ったクリスフォードは、金髪のヘレンを愛したけれど。


 もう過ぎたことは置いておいて、今のことを考えよう。

だがやはり、何度考えてもシャンパンゴールドが良いと思う。


 精神が四十代のヒルデガルドには、明るいレモンイエローの存在が思い浮かばない。

 知らず知らずのうちに、長い過去世の経験から、金に合わせるならシャンパンゴールドと魂に刷り込まれているのであった。


 アトレイの髪は金髪で瞳は琥珀色である。彼の色に合わせるなら、シャンパンゴールド一択だった。


「そういうことではないんだ。お前は自分の色を着るんだ。お前は我が家の後継なんだ、当主になるんだぞ。パートナーにおもねるわけにはいかないんだよ。色を揃えると言うなら、アトレイがお前の色を着ることになる」


「まあ、似合うんじゃないかしら。ほら、あの子、髪も瞳も淡いじゃない?ヒルデガルドの瞳に合わせてモスグリーンとか、濃いビリジアンなんかも似合うと思うわ」


 横から母が無責任なことを言う。


「アトレイは何を着ても気にしないよ。お洒落に興味はないからね」


 ローレンまで、若干アトレイを侮辱するようなことを言った。


「兎に角、お前は堂々と、お前のままでいれば良い。お前を尊重できない男など、我が伯爵家には要らん」


「アトレイなら大丈夫だよ。なんにもこだわりがないから」


 父が、ヒルデガルドをおもんぱかれない伴侶は不要と言ったあとに、またもやローレンがアトレイを挿し込んできた。だが、やはり若干侮辱的な発言に聞こえる。


 そう言われても仕方ないのは、アトレイはすっきりした見目であるのに、自分を飾ることに興味を抱かない。


 嫡男の兄を尊重する育ちのためか、婿入り前提の次男坊のためか、長子によくあるような拘りが彼にはない。


「では何色にしようかしら」


 紺碧の瞳に合わせるなら、母の言う通り濃いビリジアンか。


 二十年以上もクリスフォードに合わせていたから、今更、自分の色を纏うというのともなかなか慣れない。


「ん?」


 そこでヒルデガルドは思い出した。


 着てたわ。てか、それしか着てなかったわ。ビリジアンも、濃紺も。冬には別珍の濃いチョコレート色も。

 それらはどれもシンプルなデイドレスで、侯爵夫人として忙しく立ち回るヒルデガルドにとっては、インクの染みも目立たない、なにより落ち着きのある色は、年相応の気品となって、ヒルデガルドを侯爵夫人らしく見せてくれるのだった。


 ああ、着てた着てた。クローゼットの中身は暗色世界だった。

 だからこそ、夫に連れられる社交場で、クリスフォードの明るい色を身につけられることが嬉しかったのだ。


「では、耳飾りには、シトリンか琥珀はどうかしら」


「姉上。アトレイの石を身につけるの?そういうことだと思われるよ、きっと」


 パートナーの色を身につける。それは即ち、将来の伴侶だと示して歩くようなものだ。


「ああ、駄目よ駄目駄目。アトレイに迷惑かけちゃう。じゃあ、無難に真珠かしら。お母様。真珠の耳飾りを貸してくださらない?」


 後継者と定められたことで、ヒルデガルドは、前世と纏う色が変わった。


 もうシャンパンゴールドのドレスを着ることはないのだと、そう思ったときに淋しさを覚えた。


 強要されたわけではなかった。


『君が僕の色を身につけるのを、見るのが一番好きなんだ』


 ただそう言った、婚約者時代の夫の言葉を、忘れられなかっただけなのである。




「ごめんなさいね、アトレイ。面倒なら衣装を揃えるのは辞めましょう」

「え?なんで?」


 翌日、揃いの衣装についてをアトレイに話せば、案の定、アトレイは拘りを全く見せなかった。


「夏の夜だからなあ。ビリジアン、良いんじゃない?」


 アトレイが装いについて考えるだなんて驚きだ。


「飾りはどうするの?」

「お母様から真珠を借りるわ」

「ふうん」


 少しの間、ヒルデガルドは脳内でビリジアンのドレスをイメージしてみた。

 自分は、普段着としていつも着ていた色だから間違いない。

 アトレイにも似合うと思う。金髪にビリジアン、良くないか?


 ドレスメーカーに早速頼まねばならない。

 そう思っていたところで、


「うちの針子に縫ってもらうよ。君のドレスも一緒に」


 任せてくれるよね?とアトレイに言われて、否と言えずに頷いてしまった。


「後継者になる君に、我が家から、いや、私から贈らせてくれないか」


 アトレイの琥珀色の瞳は、「YES」しか受け付けない意志の強さを感じさせた。





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