神様に生け贄として捧げられたので、その神様と駆け落ちさせていただきます!

吾方玖才

生け贄のしきたり

「コウ。お前、ツバキの代わりにこの村の生け贄になってくれんか?」


 コウと呼ばれた少年は、ああ、やはりかと諦観の滲む目で生け贄の提案をした男を見つめた。

 広い屋敷の応接間に通された少年は、この屋敷の主と対面している。

 返答に迷っているのか、少年は視線を彷徨わせた。

 二人の間に冷たい沈黙が流れる。

 口火を切るように話し始めたのは、屋敷の主のほうだった。


「お前も知っての通り、10年に1度の生け贄に娘のツバキが選ばれた。けんど、ツバキは来月に婚礼を控えている。相手は隣村の村長の息子じゃ。美男美女の似合いの夫婦になるじゃろうと、村の中でも多くの者が二人を祝福しておる。婚礼の衣装も村のお針子が張り切って作ってくれたんじゃ! 今、ツバキに生け贄の役目を負わせるのはあまりにも不憫じゃと思わんか!?」


 焦っているのか、男は沈黙を破ると口早にまくし立てた。

 屋敷の主であるこの男にはツバキという娘がいるらしい。


「コウ。お前のことは家族のように育ててきたつもりじゃ! お前もツバキの婚約をあんなに喜んでいたじゃろう! この通りじゃ! 生け贄の役目を背負ってもらえはせんじゃろうか!」


 少年――コウは目線をそらしたまま、ゆっくりと呟くように返答する。


「村長様。オレもツバキ姉さまを生け贄にするのは良くないと思います。できることなら代わってやりたいとも思います。けど……」


 コウは意を決したのか、村長様と呼ばれた男の目を見据える。


「けど、オレは男です。村の伝統では生け贄に捧げられるのは年頃の娘と決まっているじゃないですか!」


 この村には古くからの因習があった。

 10年に1度、村の神様に生け贄として結婚適齢期に相当する娘を捧げるのだ。

 どうやら、今度の生け贄に白羽の矢が立ったのはこの屋敷の主である村長の娘のツバキであるようだ。


「伝承に背いたら、日照り続きで作物がすべて枯れるか、大雨ですべて押し流されるかだって長老が語っていましたよ!?」


 この村の神は天候を操ると伝えられている。

 10年に1度の生け贄を捧げなければ、天候に由来する何らかの災いが降りかかると伝承されているのだ。

 あまりにも古い伝承だからか、村人の多くは神様の名も知らない。

 けれども、神様の脅威というものだけは細々と信じられているようだった。


「大丈夫じゃ。今、都会ではタヨーセーとやらが重んじられているらしい。生け贄が可愛らしいおなごでなくとも、神様も受け入れてくれるじゃろう」

「それ、古くからの神様にも通用する考え方なんですか!? そのせいで村が滅ぶことになっても知りませんよ!」

「心配ない。それに……」

「それに?」


 村長はコウの顔を見つめ、にやりと笑って言った。


「お前は可愛らしい顔立ちをしておるからのう。先にツバキの昔の振袖を着せられていた時も大層可愛らしい姿になっておったし、まめに社の掃除もしておるじゃろう。案外、神様に見初められるかもしれん」

「……村長様、それ、本気で言ってます?」


 思いもかけない発言に、コウの顔は引きつっている。


 自分なんかが生け贄になったら村が滅ぶかもしれない。

 けれども、ツバキ姉さまが生け贄になるのは嫌だ。

 村長にはみなしごだった自分を育ててくれた恩もある。

 コウの中で様々な思いが交錯する。


「……生け贄は嫌ですけど、でも、ツバキ姉さまには幸せになってほしいんです」


 覚悟を決めた顔だった。


「その役目、お受けいたします」


 コウ・ヒューシャー、14の春の出来事だった。

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