Act3

「恋の街」が起こす奇跡

第59話

 美しい姫君と気弱な人喰い鬼との物語、「鬼姫伝説」は書籍化や映画化され、海神市のキャッチフレーズ「恋の街」は全国的な知名度となっていた。


 だが、世界的に有名な観光地が「恋の街」と言われるきっかけとなったのは。他に大きな理由があったからだった。

 


 

 逢いたい、話したい、そして謝罪したい。北條翔琉は旧市街に向かっていた。しかし涼守の自宅が何処なのか、翔琉は知らなかった。


 翔琉は浜平駅前広場を当てなく彷徨う。旧市街、平浜地区は街全体が世界遺産。この時期でも世界中から数多くの観光客が訪れていた。


 松葉杖の翔琉は渓流に浮かぶ木の葉の如く、人波に翻弄される。

「ボク、旧市街、通ってたのに、この町の事、全然知らない……」


 つい一年、いや十ヶ月前までは、翔琉たち女子学園生は旧市街、館地区の「明陽館学園女子高等部」に通学していた。


 それ以上に初等部・中等部は宝多島。だから来慣れたはずの平浜。それでも翔琉には全く土地勘が無かった。


 寄り道せず何時も真っ直ぐ、自宅のある鬼隠に帰っていた為だ。


 平浜駅は明治時代に建設された赤煉瓦作りの小さな駅舎。


 海神の空と遠景に見える宝多島、そして宝城、日本国の原風景、お城、明治・大正時代の佇まい、西洋の中世・近世の風景をミックスしたような独特過ぎる町並み。


 粉雪舞う旧市街地区は世界遺産に相応しい、翔琉は別世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。



 駅前広場は小さい、翔琉は歩き続けるとそのまま、商店街へ迷い込んだ。

 明治期から続く古い商店街、大きなスーパーマーケットのない平浜地区では商店街は未だ多くの地元民で賑わい、掛声が響く、商店街は活気に溢れていた。


 年末年始のイベントののぼり旗や横断幕。ディスプレーされた商店街を歩く翔琉、買い物客の波に乗って、歩き続ける。


 翔琉は涼守の実家、理髪店「ナーガールジュナ」の前を通り過ぎてしまった。

「涼守君、何処済んでいるんだろう。ボク、涼守君の事、何も、知らない」


 逢いたい、その思いだけで松葉杖の少女、翔琉は歩き続けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る