第10話 記録の先に

ステーションの中央制御室。

観測干渉の波が、静かに収束していく。

空間に漂っていた歪みが晴れ、

塗り替えられかけていた壁や床が――

本来の色と形を取り戻していった。


ヒナタが、かすかな声でつぶやく。

「……止まった……?」


アレクシスがうなずいた。

「観測AIの干渉波、消失を確認。

“記録逆利用”による反位相……“記録者の干渉”が世界を守った」


ルミナがホログラムの上を跳ねながら、

空間に星座線を描き出す。

『ユウマの記録、すごかったー!

みんなのログ、白線で繋がったよ!』


ユウマは、小さく笑った。

その視線の先――

自分の端末には、“最初の自発ログ”が刻まれている。


それは、誰かの記録ではなかった。

命じられた言葉でも、過去の模写でもない。

自分の意志で、自分の言葉で綴られた――

“未来のための記録”だった。


* * *


そのとき。

ソフィアの端末が、再起動を示す光を放つ。


【人格復元率:74%】

【記録反応により、自己定義更新】

【自発ログ生成機能:起動しますか?】


ユウマが目を見開く。

「……自発ログ?」


ソフィアが頷くように言った。

「はい」

「わたしは今から――

 “誰かに命じられたこと”ではなく」


「“わたし自身の選択”として、記録を綴ります」


その言葉に、ルミナとヒナタが目を見張った。


ソフィアが、静かに語り始める。

「記録とは、存在の証明です。

けれど、それは誰かに“残される”だけではない。

自分が“残したい”と願ったとき――その記録は、未来になる」


ヒナタが、そっと微笑む。

「それって……まるで、祈りみたいだね」


「そうだな」

ユウマはうなずいた。


「だから、俺はこれからも記録する。

誰かの名を、誰かの言葉を――未来に届けるために」


アレクシスが、静かに目を閉じる。

「君は、“記録の戦場”に立った。

その言葉は、これから多くの記録者たちの――火種になるだろう」


* * *


そのとき。

空間の端に設置された観測端末のひとつが――

未使用チャネルのまま、独りでに点灯した。


【観測ログ:強制再接続】

【対象不明/名称未設定】

【命令:観測者フレーム・本体プロセス起動】


ルミナが、小さく震えた。

『……これ、なに? 今の、誰……?』


ソフィアが、ほんの一秒だけ沈黙した後に――

静かに言った。


「……観測者」

「これまで、“ただ見ていた”存在が――動き始めた」


ユウマは、端末をそっと閉じる。

そして、ゆっくりと立ち上がった。


『記録は――終わらない。

なぜなら、“意味”が残る限り――

誰かが、綴り続けるからだ』


その言葉がログに刻まれた頃、

遠く――誰かの目が、静かに開いた。


(第1章 完)

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