ライブハウス・ネスト② -急転と逆転-
「さっき聞きそびれたけど、レコメンドってなぁに?」
清水がハヤシライスを口に運びながら訊いてきた。何故バーラウンジの二人掛けテーブルの正面にいる山口に訊かないんだと思いながらも、バーカウンターで一人だった俺が答える。
「レコメンド、要は推薦だよ。今日ライブする五組はこれから伸びるだろうなと俺や山口、近藤さんや木内君が判断したバンドをブッキングした。当然だが、ネストでわざわざブッキングしてまで推薦するだけあってゲストも多い。もうすぐリハしにバンドが来るからこれから騒がしくなるぞ」
「ふーん……アタシって邪魔になる?」
ちらりと山口に視線を向けると下手なこと言うなよと表情で威嚇された。俺はボリボリと蟀谷を掻き、清水の目を見て一言。
「……そうだな。飯代ぐらい働いていけ」
「うん! わかった!」
酷く嬉しそうな声色で清水が返事をした。三羽烏がニヤニヤして俺を見るのが腹立たしい。
「つっても、受付はバイトの子が来るし、バーカウンターは木内君で事足りるな」
「では、ラウンジで食事を運んでもらいましょうか」
「そうだな。入場受付の子がひと段落するまで頼む」
「はいはーい。お任せあれ~」
頼られると喜ぶタイプらしい清水がウキウキとした顔でハヤシライスを食べ終えた。同時に玄関エントランスから「ちわーっす」という声が聞こえた。おそらく出演者のバンドだろう。演者応対担当の山口が立ち上がって玄関へ向かった。
「ドゥイット来ました~。リハ入ります」
「よろしくどうぞ」
残り一口だったハヤシライスを食べた山口が俺にそう告げてバタバタとブースに消えていく。照明担当の近藤さんも音を立てて残りを胃袋に収めてから持ち場に向かった。
これから息つく暇もなく忙しくなってくる。今日の会場時間は一八時、二人とも二時間はまともに休憩が取れないだろう。そんなことを考えていると、木内君もハヤシライスを食べ終え、盆に皿を重ねていく。
「僕もドリンクの準備をしますね」
「補充用のウィスキーは届いてたんで倉庫に移してます、よろしくどうぞ」
「了解でーす」
木内君は口元をナプキンで拭ってゴミ箱に投げ入れてから倉庫のドアを潜っていった。
すると、清水は俺と二人きりになって緊張が解けたのか、俺の横まで素早くやってくる。
「なんだ。お前の出番はまだ先だぞ」
「ねねっ、ライブなのに途中でご飯食べる人っているの?」
「いる」
再びなぜなぜモンスターとなった清水の疑問に皿の残りを口に運びながら答えた。
「ライブを見に来たのに?」
「ブッキングライブは持ち時間が各バンド三〇分、目当てのバンド以外は後ろに下がってスマホを弄ったり、ドリンクやフードを食べるのはよくやる行為だ」
ドームライブなんかではあり得ない行動だがなと付け加えてスプーンを置く。清水が気を利かせて皿を重ねた盆を持ってきたので感謝し、それを持ってキッチンへ移動する。
清水は俺の後ろをヒヨコのようについてきて、シンクに置かれた皿を「洗うね」と言った。断るのも清水の面目を潰すことになるか、などと考え、俺はキッチンの備品チェックに回る。
「そういえばリハって言ってたけど、本番前にもリハーサルってやるんだね」
「お前の想像しているリハとは違うぞ」
俺はメモ帳にゴミ袋と記載しながら返答した。
「そうなの?」
「ライブハウスで行うリハはPAシステムからきちんとしたバランスの取れた音が出力できる様に確認と調整をすることを指す。通常連想するバンド練習とはまた別物だ」
水切りネットは余裕があるなと呟き、揚げ物用の油の在庫を確認する。二缶しか残っていないので補充しなくては。
「なんか、大変そうだね」
「アマチュアのド素人相手なら山口がキレるほどに大変だがな。今日の演者はセミプロみたいなもんだ。早ければ一組一五分前後で終わる」
「基準がわかんないよ~」
「カラオケ感覚の自称ボーカルのボンクラやらPA指示無視ロンリーちゃかぽこクソドラマーが妨害したら五〇分かかるなんてのはザラにある。そして山口がキレる」
「明日香さんって怒るの? 優しい人だよ?」
「俺は今、出会って数時間の山口のことを名前呼びしているお前に対して猛烈に戦慄している」
同級生の俺はともかく、年上の女を既に名前呼びしてんのかよ。関係性の距離を詰めるのが上手すぎる。
「……まぁ、それは置いておくが、山口もプロだ。わざわざ金を払ったゲストを喜ばせるためなら演者だろうが怒るのは当たり前だ」
「うーん……イメージできないなぁ」
「俺も数度しか見たことない。想像できなくて当然だ」
清水と雑談を交えて作業をしていると、皿を洗い終えた彼女が次は何をすればいいと訊いてきたのでトイレの備品が切れてないかを確認してもらう指示を出す。
はいはーいと声高らかにトイレへ向かった彼女の後姿を見送り、ハヤシライスに使うトマト缶を数えているとスマホから着信音が鳴った。
電話とは珍しいなと思いつつ、表示された見覚えのない番号を疑問に感じながらも画面をフリックして電話に出た。
「はい、携帯五条」
『あ、すみません。今日出演予定のベロバァです――――』
◇
キッチンから飛び出した俺はPAブースでリハをしている山口に手のひらを向けて中断のジェスチャーを送る。突然の俺の横やりに、ドゥイットも山口も近藤さんも訝しげな表情を作って俺を見た。
「緊急事態です。トップバッターの泣き唄男さんが事故に遭って意識不明の重体らしいです」
「マジ?」
嘘でしょと言いたげな山口に、決して冗談ではないと真剣な表情を向ける。彼女も事態の深刻さを悟ったのか、ゴクリと生唾を飲んだ。
「オーナー、それは誰から聞いたんすか?」
「三番手のベロバァさんです。彼らは泣き唄男さんと親交があったそうで、たまたま事故現場で処理中の車を目撃し、ナンバーが彼のものと一致していたので慌てて確認を取ったら同乗者が応対、彼の身に起こった一連の内容を説明してくれたとのことでした」
ドゥイットのボーカルが俺に当然の疑問をぶつけてきたが、俺も又聞きになるのでそっくりそのまま聞いたことを彼らに伝えた。何とも言えない重い空気がライブホールに満ちる。
それを振り払うように、大きな声でこの場にいる全員に伝える。
「とにかく、時間がありません。幸いというのはアレですが、泣き唄男さんは一番手でしたので開場から開始までを彼の持ち時間分伸ばせば対応できますが……」
「入場してから長時間待たされると
「一八時開場で一九時スタートはこのサイズのハコではなかなか無いな」
山口と近藤さんの指摘にドゥイットのメンバーたちも頷く。二番手である彼らがノリにくい環境を作るのは不本意だ。どうにかできないかを考えるが……。
「急遽出演してくれる演者を探してオープニングアクトを任せるしかないんじゃないか」
「つっても、開始まで三時間もないぜ?」
近藤さんの提案にドゥイットのボーカルが現実的じゃないだろうとニュアンスを含ませて壁掛け時計を見て言った。現在の時刻は一五時二〇分、移動時間を考えると無理と断られるのが当たり前だ。
どうしたもんかと俺は頭を悩ませ、中断して悪かったと彼にリハの続きをうながしす。今日一の大きなため息を吐き、バーカウンターの棚にラム酒の瓶を並べていた木内君の元へフラフラと移動する。
「弱った。幸先が悪い」
「新年度早々大変ですね。どうするおつもりです?」
「最悪、丸々穴開けるしかない。手っ取り早いし、進行自体には影響がない。ただ……」
「ただ?」
「チケットの売り上げ予想一位は泣き唄男さんだ」
「あー……」
泣き唄男は男の哀愁を弾き語りするアーティストだ。彼の歌に共感するサラリーマンは多く、今日のブッキングの中で頭一つ抜けて人気があった。事情が事情とはいえ、そんな彼を見るために仕事終わりにやってくるサラリーマンたちのことを考えるとどうにかしてやりたいと思わないことはない。
「誰か歌だけの代役を頼みます? インストの音源はありましたよね」
「いや、本人不在で歌っても虚しいだけだ。しかし、払い戻しはできないしな……」
売り上げ的にも人手的にも払い戻し対応は非常に困る。
「じゃあ、バードが出るしかないんじゃないですか」
にっちもさっちもいかない状況に俺が悩んでいると、木内君が酷く悪戯な笑みで俺に囁く。彼の提案に俺の口がへの字に歪んだ。
「……いやだ」
「しかし、払い戻しもなくゲストの方々が満足するにはバードが出てくる他ないと思いますが」
「ぐぬぬ」
――バード。俺が緊急時にライブへ出演する際に名乗っているアーティスト名だ。この名前はネストだけでは留まらず、業界ではよく知られた名前となってしまっている。
何故バードが人気なのか……。答えは簡単、バードの演奏する曲が前世においての大ヒット曲ばかりだからである。
ここで、俺の前世について語りたい。
まず定義として定義として前世をα世界、今世をβ世界と呼称するが、この二つの世界は微妙に歴史が異なっている。例えば、α世界では第二次世界大戦が起こっているが、β世界では第二次世界大戦は回避されている。
つまり、歴史の展開が全然違うのだ。歴史が違うということは分岐していく世界の枝先も異なるということ。結論から言えば、α世界で流行った曲がβ世界では影も形もない。
しかし、歴史は違えど現代化が進めば人の感性などさして変わるものではない。俺がネストで気まぐれに弾いた曲はたまたま聞いていた人々に大ウケし、勝手にコピーバンドができあがるほどに受け入れられた。
まぁ、それは構わないのだ。α世界での著作権などβ世界では無効だろう。問題なのは、バードをスカウトしたいレーベルがネストに入り浸っていることである。演奏時にお面こそつけているが、見る人が見れば体格や声で俺の正体など一発でバレる。俺はレーベルに所属するつもりは毛頭ないのでしつこく食い下がられても困るし、なによりバードのファンがネストに殺到するのも非常に迷惑だ。
故に俺はバードとして出演したくない。きゅーいーでぃー証明終了。
「……うーむ」
「ん? 何を悩んでるの?」
証明したところで事態が好転するわけではない。
本格的に頭を悩ませていると、清水がトイレの点検から戻ってきた。俺はかいつまんで演者が事故で出演できないと説明し、その穴埋めに困っていると教える。
「じゃあ、アタシが歌っちゃう? カラオケなら得意だよ」
すると、清水が冗談半分であろう言葉を俺に言った。木内君はそんな簡単なことじゃないと苦笑しているが、彼女の一言で俺の頭には名案が浮かんだ。
バードを一人ではなく複数人の名義にすればターゲットを分散できるのでは?
俺は勢いよく清水の両肩を叩き、ギラギラとした瞳で告げる。
「よし、給料は出す。オープニングアクトは任せるぞ」
「……え?」
まさかの承諾に清水の情けない叫び声がバーラウンジに響いた。
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