ライブハウス・ネスト① -伊織と好子と三羽烏-

 俺こと五条伊織は死人である。

 無神論者を自称している俺だが、仏教によると輪廻転生というものを経験した。

 転生前、いわゆる前週の俺の名前などは持ちこせなかった。しかし、八四歳まで生きた人生経験は身体に染みついている。五条伊織として生きてきた一六年間はイージーモードと言っても過言ではなかった。


 去年の夏に両親が死ぬまでは。


 両親の死因はよくある交通事故だった。

 大雨の中で運転した結果、後続のトラックに追突されてペチャンコになって即死。遺体は俺の身元引受人になってくれた叔父さんが見るなというほどに酷い状態だったらしい。結局、俺は両親が骨になるまで遺体は見せてもらえなかった。


 そこからは大変だった。両親が多額の保険金を自分たちに掛けていたからだ。

 その額、何と九桁。もう働かずとも生活できる程度の金を彼らは俺に遺してくれたのだ。

 となると、大金が付属する俺の身柄を欲しがる親族が山のように湧いてくるわけで。言葉巧みに俺を誘惑しようとする彼らを鼻で笑い飛ばし、俺は唯一打算なしで受け入れてくれた叔父さんの元に身を寄せることにした。


 五条泰史ごじょう やすふみ。俺の叔父さんで母親の弟。バイプレイヤーとしてよくドラマに出ている俳優で金には困っておらず、喜んで俺を引きとってくれた聖人君子。

 俺が根城にしているライブハウスは彼が若い頃に知り合いの親父さんから受け継いだハコで、新宿駅から徒歩五分という好立地なのにオーナー権を俺に譲ってくれた。尊敬する姉の一粒種である俺が可愛いのか、実の娘より可愛がってくれるのは考え物だがな。


 ま、そんなわけで、俺はライブハウスのオーナーで大金持ちの前世持ちな三文小説の主人公のような立場になってしまったのである。


 さて、俺が何故このようなことをウダウダと語ったかというと……





「入学初日から連れ込み!? オーナーったら大胆ね!」


 脳内直結万年行き遅れクソPAに清水をライブハウスへ連れ込んだことを茶化されているからである。我オーナーぞ貴様。

 俺の城である『ライブハウス・ネスト』。そこへ帰りたくなさそうな清水を誘ってみれば、俺より先に来てバーラウンジのテーブルで管を巻いていたコイツが輝く瞳で俺と清水の関係を弄ってくる。鬱陶しいことこの上ない。俺は舌打ちをしてラウンジにある二人掛けのソファを指さして清水に言う。


「コイツは気にせず、好きなだけゆっくりしていけ」

「あ、うん……」

「ええっ!? 出会いとか根掘り葉掘り聞かせてよ~!」

「お前は仕事しろ」


 紫の髪を振り乱して俺に詰めよる脳内直結万年行き遅れクソPAこと山口へアイアンクローをかましながら、彼女を引きずって清水から聴こえない距離を取る。そして、彼女の耳元で囁く。


「なんか訳ありらしいから、そっとしといてやれ」

「……あらら、今日が入学式だってのに親御さんがいないのも?」

「多分な。まだ一五のガキだ、適当にもてなしてやれ」

「オーナーも一五のガキでしょ……」


 何言ってんだコイツみたいな表情で俺をジト目で睨む山口。俺は誤魔化すように鼻を鳴らしてキッチンへ向かう。これから夜営業に向けてフードの仕込みをしなければならないのだ。


「清水さん、だっけ。何か飲まない? お姉さん奢っちゃう」


 本当にテメェの給料からさっ引いてやろうか。

 愛想よく清水に対して話しかける山口のちょっと高い声に鼻を引くつかせながら、冷蔵庫から食材を取り出して料理の準備を進める。時刻は一三時、そろそろ山口以外のスタッフも出勤してくる時間帯だ。


「おはざーっす……あらら、めんこい女の子がいるじゃんか」

「おはよ、この子は清水ちゃん。オーナーのこ・れ!」


 見えないが山口は確実に小指を立てているであろうことは理解できた。後で殺す。

 今やってきたのは照明係の近藤さんだな。坊主頭のいかついオッサンだから清水がビビってないといいが。


「おはようございます……む、新しいバイトの子ですか?」

「違う違う、オーナーのこれよこ・れ!」


 続けて最後のスタッフであるバーラウンジ担当の木内君がやってきたようだ。同じように山田がくだらない真似をしているらしい。三羽烏と清水は通じるものがあったのか、スピーカーでブーストされた音のようにぎゃあぎゃあと俄かにやかましくなってきた。

 高校生が一人追加されただけでこんなにうるさくなるのかとゲンナリしながら一五〇〇グラムの牛バラをほぐす。慣れたものだとボウルにカットした牛肉を移していると、四対の瞳がキッチンのドアから覗いているのに気づいた。


「なにやってる」

「イコちゃんを案内してんの。あちらに見えますのは~ライブハウス・ネストの食を担当するオーナーでございや~す」

「プロ顔負けの料理を何故かライブハウスで提供している変わり者でーす」

「料理が美味すぎて前オーナーの泰史氏の奥様を泣かしました~」

「おちょくってんのか?」


 ギラリと包丁の切っ先を三羽烏に向けるとひえ~っとふざけたノリでキッチンから退散していった。おそらく清水にこれからPAブースやらを見学させるのだろう。

 ちなみに泣かしたのは事実である。





 時間が経ち、営業分の仕込みも終わったのでホールに出る。本日のイベントの出演者たちももうすぐリハにやってくるはずだ。

 すると、流石に営業が近づいてきたからか真剣な表情で山口と近藤がPAと照明の確認をしていた。今日はレコメンドバンドのライブだから二人とも念入りにチェックしている。 おちゃらけた雰囲気など一切感じさせない二人に苦笑しながら清水を探す。彼女は何故かバーカウンターで木内君と一緒にグラス磨きをしていた。


「なにやってんだ」

「あ、木内さんにグラスの磨き方教えてもらってたの!」

「なかなか筋がいいですよイーコさんは」

「じゃあ木内君クビだな」


 俺の戯言に殺生な! と叫ぶ木内君。彼は落語の二つ目に昇進したばかりの文無し芸人、ここをクビにされると冗談抜きに死活問題なのでわりと本気で焦っているのが面白い。


「冗談は置いといて、賄いは何がいい。清水も食っていくだろ?」

「いいの?」

「身内にだけ飯食わせるなんてことしねぇよ。作れるもんなら作ってやる」


 俺が清水に何がいいかを尋ねると、うちの中年欠食児童たちが大声をあげる。さっきまでの真剣な表情は何処に置いてきたんだ。


「ハヤシ!」

「アタシもハヤシ!」

「俺も俺も!」


 彼らの要望はハヤシライスらしい。全員が推すハヤシライスが気になるのか、清水もそれがいいと申し出た。多めに仕込んでいるので問題はないが、どいつもこいつもハヤシを食いたがるのはいかがなものか。


「わかった。あと十分したらまとめて食いに来い」

「りょーかい!」


 わーと間の抜けた声を出して山口がPAブースの中に戻っていく。心なしか木内君も機嫌よさげに残りのグラスを磨きだした。


「伊織君、本当に御馳走になっていいの?」

「今日はレコメンドブッキングライブだ。客も疎らに注文するから多めに仕込んでる。一食二食減ったところで困らん」

「ふーん、そうなんだ」

「嘘だよイーコさん。オーナーのハヤシライスはライブに興味ない人が食べたがるほどに人気なんだから。それなのに一〇〇食しか仕込まないからいつも取り合いになるから大変なんだ」


 ほっとしている清水に横から木内君がいらん情報を与えた。減給してやろうか。


「ん? なんでそんなに人気なのにたくさん作らないの?」


 裏側を知らなければ考えてしまう当然の疑問に、俺は嘆息して嫌々答える。


「うちのハヤシライスは売値が八〇〇円、材料費を含めた経費がザックリ四〇〇円かかる。つまり、儲けは四〇〇円だ」

「うん」

「一方、ドリンクはソフトドリンクでも五〇〇円。原価は五〇円程度でだ。どちらを利益の主軸に置くかはどんな馬鹿でもわかるだろう?」


 ライブハウスはあくまで飲食店。絶対にドリンクは頼んでもらわないといけないからな。フードなんかおまけもおまけだ。


「へー、それなのにこだわってるんだ」

「こだわっていない。作らないとうるさい奴が多すぎるだけだ」


 うちの三羽烏とネストを拠点にするバンドマンたちは特にな。あとお忍びで来るレーベルの関係者も言うだろう。おかげで労力のわりに儲けにならん料理ばかり仕込まないといけない。


「ライブハウスって大変なんだね」

「間違いなくこんな苦労をしているのはネストだけだ」


 清水はふーんと言い、キッチンへ戻る俺の後ろをついてくる。グラス磨きは飽きたらしい。

 ハヤシライスを温めなおす俺の様子を入口から眺めながら、清水はふと思いついたように俺に尋ねる。


「そういえば、さっきのレコメンドブッキングってどーゆー意味?」

「なんだ、そのチャラつき具合でライブに行ったことないのか」

「コンサートはあるけどさ~、こんなライブハウスはないよ」


 いわゆる一握りのアーティストたちのライブにしか行かない、一般的ミュージックラバー。それが悪いとは言わないが、メジャーなミュージシャンだけを楽しむのが音楽ではないのだが……。

 まぁ、そんなもの人それぞれか。せっかく興味を持って問われたので手を止めずに清水の質問に答える。


「ライブハウスは大きく分けて二つの営業方法がある。ホールの貸出とブッキングだ。

 貸出はそのままの意味で、定額の料金をもらう代わりにホールを貸す営業。昼間に小規模な独演会をするときなんかによく使われる。どれだけ客が入ろうと俺たちには貸出料と備品のレンタル料しか入らん。

 ブッキングは逆に俺たちがバンドに声をかけて出演しないかって交渉をし、段取りを組むライブだ。ライブハウスの夜営業は大半がこれ。貸出と違うのは各バンドにチケットノルマがあって、チケットノルマが達成できないと自腹になることだな」

「ライブハウス側から誘ってるのにノルマがあるの?」

「そりゃ慈善事業じゃねーもの。ま、ネストのハコは大きい。アマチュアじゃなくてインディーズの上澄みやライブハウスツアーメインのメジャーバンドが多いからノルマ未達のバンドのほうが少ないけどな」


 そろばん弾いて黒字に持っていくのが経営者だ。ブッカーと呼ばれるバンドに声をかける役職はネストで俺とPAの山口が兼任担当している。俺と彼女で選出基準は異なっているが、少なくとも俺がオーナーになってからブッキングライブで赤を出したことはない。

 そのことを清水にも教えると、彼女は感心したように頷いた。


「はー……凄いね、伊織君は」

「なにが凄いのかは知らんが、俺は赤字営業だけはやるつもりがない。それだけだ」


 持っていけと言って皿に盛ったハヤシライスをキッチンの作業台に置く。清水はいただきますとだけ呟き、何故だかしょぼくれてラウンジのほうへ向かっていった。


「あらら、バッドコミュニケーションね」

「しらん。年頃の女の心など気にかけられるか」


 目が笑っている山口に三人分のハヤシライスをのせたお盆を渡す。とっとといつも食事をとるラウンジに消えるかと思ったが、予想に反して山口は盆を持ったまま俺に語りかけてくる。


「イーコちゃんったら、どうやらお母さんは入院中、お父さんは単身赴任で帰ってこれないってことで家に帰っても一人みたいよ。だから家には帰りたくないみたい」

「入院中なら見舞いにでも行けばいい」

「それが、病名は覚えきれなかったんだけど、面会は週に二日しかできないみたい。お父さんも月に一回しか帰ってこれないんですって」

「難儀な話だな。冷めるぞ」

「もう! 冷たいじゃない! オーナーのいいこなんだからもっと情熱的に関心もちなさいよ!」

「寝言いうには日がたけぇぞ」


 むしろ、出会って一日の隣の席にいるだけのクラスメイトに関心もってた方が不健全だろ。

 どうでもいいと言わんばかりに俺の分のハヤシライスを準備していると、山口が真剣な声色で言葉を続ける。


「冗談はさておき、学校で気にかけてあげなよ。普通、一五歳で一人暮らしなんて絶対できないんだから」

「そうだな。気にかけることにしよう」

「……俺も一五だとか返してくれるとツッコみやすいんだけどね」

「生憎、普通のカテゴリに当てはまらないと自覚している」


 高一でライブハウス経営に精を出す奴など明らかに普通じゃない。


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