第40話 旅立ちの時、王都を目指して
神前決闘という名の革命から、数日が過ぎた。
代官ロザリアが失脚した村は、一時的な混乱こそあったものの、村長である老婆や、村の有力者たちが中心となって、驚くほど迅速に新たな自治の形を模索し始めていた。その変化の中心には、間違いなく、ジョウイチたちの存在があった。
男たちは、以前のように俯いて歩くことはなくなり、自らの仕事に誇りを持ち始めた。女たちもまた、男たちをか弱いだけの存在として見下すのではなく、対等なパートナーとして、その力を認め始めている。村の空気は、明らかに、以前よりも明るく、そして活気に満ちていた。
ジョウイチ一行は、この村での目的を果たしたのだ 。
その日の朝、ジョウイチは、英雄として村に歓待され、穏やかな日々に少しばかり気の緩み始めていた弟子たちを集め、宣言した。
「―――出発の準備をしろ。俺たちの次の目的地は、王都だ」
その言葉に、三人は、驚きの表情を浮かべた。
「王都…ですって?」
リックが、困惑したように言う。
「なんでまた、急に…俺たち、せっかくこの村で、みんなに認められて…居場所ができたっていうのに」
彼の言う通りだった。生まれて初めて、人として尊重される喜びを知った彼らにとって、この村は、かけがえのない故郷となりつつあった。
ジョウイチは、そんな弟子たちの心を見透かすように、静かに言った。
「俺の仕事は、コーチだ。クライアントが自立し、俺が必要なくなった時が、俺の仕事の終わりだ。この村は、もう、俺がいなくても大丈夫だろう。だが…」
彼は、遠い目をして、王都があるであろう方角を見つめた。
「この世界の歪みは、この村だけのものではない。その中心は、全ての法と、常識が作られる場所…王都にある。俺たちの本当の戦いは、そこからだ」
その言葉に、最初に反応したのは、レオンだった。
「…行きます」
彼は、迷いのない目で、師を見つめた。
「俺は、見たいんです。この世界の、もっと広い場所を。そして、知ってほしい。俺たちと同じように、苦しんでいる人たちがいるなら、人は、変われるんだってことを」
大きく成長したレオンは、もはや、誰かに与えられるだけの少年ではなかった。自らの意志で、新たな旅に出ることを決意したのだ 。
その、あまりにも頼もしい言葉に、リックとゴードンも、腹を括ったようだった。
「…へっ、しょうがねえな。お前がそこまで言うなら、付き合ってやるよ」
「僕も…行きます! レオンや、コーチと一緒なら、どこへでも!」
四人の心は、再び、一つになった。
彼らが、旅立ちの準備を終え、村の入り口へと向かうと、そこには、信じられない光景が広がっていた。
村中の人間が、彼らを見送るために、集まっていたのだ 。
「これ、旅の足しにしてくれ」
「道中、腹が減ったら食いな」
村人たちは、感謝の言葉と共に、食料や、なけなしの金を、彼らに差し出した。崖道でパンをくれた少女が、手作りの歪な木彫りのお守りを、はにかみながらレオンに手渡す。
その、温かい光景に、弟子たちの目には、涙が滲んだ。
人々の輪の中から、一人の女性が、静かに歩みを進めてきた。
“紅蓮の”ヒルデガルドだった。鎧を脱ぎ、平服をまとった彼女は、以前の殺気立った雰囲気は消え、ただ、一人の武人として、レオンの前に立った。
「…レオン、と言ったか」
「は、はい」
「あの戦い…見事だった。お前の不屈の魂に、敬意を表する」
彼女は、それだけ言うと、レオンの肩を、ポンと一度だけ叩いた。
「…死ぬなよ」
その、短くも、心のこもった餞の言葉に、レオンは、深々と頭を下げた。
全ての別れを終え、四人の男たちは、ついに、新たな旅へと、その一歩を踏み出した。
彼らが歩き始めた道。それは、奇しくも、彼ら自身が、その汗と不屈の精神で、切り拓いた、あの西の崖道だった。
村人たちの、いつまでも鳴り止まない声援を背に受けながら、四人は、丘の向こうへと、その姿を消していく。
先頭を歩く、レオン。その背中は、もはや、師であるジョウイチにも劣らないほど、大きく、そして頼もしく見えた。
彼が、この村で手に入れたのは、肉体的な強さだけではない。仲間を信じ、自らの意志で未来を切り拓く、本物の「男」としての、誇りと尊厳だった。
一行は、王都を目指す。世界の歪みの中心で、彼らを待ち受けるのは、一体どんな試練なのか。
第四部、決闘代理戦争編は、幕を閉じた。そして、彼らの、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
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