第1部: 黎明編 エピソード4: 【決闘代理戦争!男の価値証明】

第31話 強要されし神前決闘

広場を支配していた温かな祝祭の空気は、代官ロザリアの冷たい一言によって、一瞬で凍りついた。「神前決闘」。その、古めかしくも、血の匂いを纏った言葉の響きに、村人たちは顔を青ざめさせ、息を飲んだ。


それは、この地に生きる者であれば、誰もが知る、最も神聖にして、最も残酷な伝統だった。


法や理屈では白黒つけがたい争いが生じた時、神の御前で、双方の代表者が命を懸けて戦い、その勝敗によって神の意志を問うという儀式。勝者は、神に是とされた正義。そして敗者は、神に否とされた、断罪されるべき悪となる。


ロザリアは、ジョウイチたちを、その逃げ場のない、絶対的なルールが支配する舞台へと、引きずり込もうとしていたのだ。




彼女の権威は、崖道の復旧という、ジョウイチたちの圧倒的な「結果」の前に、確かに揺らいでいた 。村人たちの信頼は、もはや自分ではなく、あの素性の知れぬ男たちへと傾き始めている。このままでは、自分の支配体制が内側から崩壊しかねない。




追い詰められたロザリアが選んだのは、もはや陰湿な圧力ではなかった。彼女は、村の伝統である「神前決闘」を強要することで、彼らを合法的、かつ、村人たちの目の前で、完膚なきまでに叩き潰す道を選んだのだ 。






「あなたたちが成し遂げたことは、確かに見事な『労働』でした。ですが」


ロザリアは、侮蔑の色を隠そうともせず、言葉を続けた。


「この世界を統べるのは、汗ではなく、力です。あなたたちの信じる『男の価値』とやらが、本物の力の前に、どれほど脆く、無価値なものか。この決闘で、村人全員の目に、焼き付けさせてあげましょう」


彼女が、すっと手を上げると、その後ろに控えていた衛兵の中から、一人の女騎士が、静かに歩みを進めてきた。




その女騎士が姿を現した瞬間、村人たちの間に、一層深いどよめきが広がった。


「あ…あれは…!」


「“紅蓮の”ヒルデガルド様…!」


ヒルデガルド。それは、ロザリア配下の騎士の中で、最強と謳われる女騎士の名だった 。






長身で、引き締まった体躯は、一切の無駄な脂肪がなく、機能美の極致とも言える戦士の肉体。その名の由来となった、燃えるような赤い髪を後ろで一つに束ね、その表情は、まるで能面のように、一切の感情を映し出していない。ただ、その瞳だけが、獲物を見定める猛禽のように、鋭く、そして冷たい光を放っていた。


彼女は、ただそこに立っているだけで、ジョウイチたち三人の弟子が束になっても敵わないであろう、絶対的な強者のオーラを放っていた。ロザリアは、この最強の駒を立てることで、ジョウイチたちを心身ともに絶望させ、合法的に社会から抹殺しようと企んでいたのだ 。




弟子たちの顔から、血の気が引いていくのが分かった。


「し、神前決闘…? それに、相手があの“紅蓮の”ヒルデガルド…?」


リックが、かすれた声で呟く。彼の顔には、もはや皮肉な笑みを浮かべる余裕すらなかった。


「む、無茶だ…勝てるわけがない…」


ゴードンは、ヒルデガルドの放つ殺気にも似た闘気に当てられ、再び体を震わせ始めた。


レオンは、唇を噛み締め、無言で相手を見据えていたが、その握りしめた拳が、白くなるほどに震えている。崖道で得た自信も、本物の戦士が放つ圧倒的なプレッシャーの前では、風前の灯火だった。




村人たちも、誰もが、ジョウイチたちの敗北を確信していた。彼らが成し遂げた偉業は尊敬する。だが、相手が悪すぎる。あれは、ただの労働者ではない。人の命を奪うことを生業とする、本物の戦士なのだ。


広場は、ジョウイチたちの処刑宣告を待つかのような、重苦しい沈黙に包まれた。


全ての視線が、ジョウイチに注がれる。この、あまりにも理不尽で、勝ち目のない決闘を、彼はどうするのか。断って、反逆者として追われる道を選ぶのか。それとも、無様に負けることが分かりきった、死の舞台に上がるのか。




ジョウイチは、ロザリアの冷笑も、ヒルデガルドの殺気も、弟子たちの絶望も、村人たちの憐憫も、その全てを、ただ黙って受け止めていた。


そして、やがて、その口元に、獰猛な笑みを浮かべた。


彼は、ロザリアの目を、真っ直ぐに見据えると、広場全体に響き渡る、雷鳴のような声で、言い放った。




「面白い。受けて立とう。その、神前決闘とやらを」




その言葉は、あまりにも堂々としていた。


「貴様の言う通り、俺たちの価値を、今度は『力』で証明してやる時が来たらしい。神が、どちらに微笑むか…楽しみにしているがいい」


ジョウイチは、ロザリアが仕掛けた土俵の上で、彼女のルールで戦うことを、真正面から受け入れたのだ。


その、あまりにも大胆不敵な態度に、ロザリアは一瞬、言葉を失った。


決闘は、成立した。


日付は、一週間後。場所は、この村で最も神聖とされる、中央神殿前の広場。


ジョウイチ一行は、自らの価値を証明するため、最も過酷な戦いへと、その身を投じることとなった。第四部、決闘代理戦争が、今、その幕を開ける。

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