第30話 勝ち得た信頼、迫りくる危機

村人たちの熱狂的な歓迎は、その日の夜まで続いた。


ジョウイチたちは、村の広場に招かれ、英雄として、これ以上ないほどの歓待を受けた。今まで彼らに商品を売ることさえ拒んでいた商人たちが、競うようにして、最高の食事と酒を振る舞う。村の男たちは、憧れの眼差しで彼らを取り囲み、その鍛え上げられた肉体に触れさせてくれとせがんだ。女たちもまた、以前の冷たい態度は鳴りを潜め、感謝と、そして少しばかりの好意を込めた笑顔を彼らに向けていた。


「本当に、ありがとうよ。あんたたちのおかげで、隣町への道が生き返った」


「まさか、男にこんなことができるなんて、思ってもみなかったわ」


村長である老婆が、深々と頭を下げる。その言葉には、もはや一片の侮蔑もなかった。彼らは、その背中で語り続け、ついに、この村の凝り固まった常識を打ち破り、人々の「信頼」を勝ち取ったのだ 。




弟子たちは、生まれて初めて受ける、心からの賞賛と感謝に、少し戸惑いながらも、その喜びを噛み締めていた。


「…なんだか、夢みたいだな」


リックが、照れくさそうに頭を掻きながら、ジョッキに注がれたエールを呷る。


「僕たちが…村の役に立てたなんて…」


ゴードンは、子供たちから英雄譚をせがまれ、どもりながらも、誇らしげに魔猪との戦いを語って聞かせていた。


レオンは、そんな仲間たちの姿と、彼らを取り巻く村人たちの笑顔を、静かに見つめていた。彼の胸には、崖道を完成させた達成感とはまた違う、温かな感動が満ちていた。自分たちの汗と不屈の精神が、確かに、世界を少しだけ良い方向に動かしたのだ、と。


ジョウイチは、そんな弟子たちの輪から少し離れた場所で、腕を組み、静かにその光景を眺めていた。彼の表情は、いつも通り険しいままだったが、その瞳の奥には、弟子たちの成長を認める、満足げな光が宿っていた。




だが、その、あまりにも完璧な勝利の夜は、支配者の手によって、唐突に引き裂かれることになる。


宴が最高潮に達した、その時だった。


広場の入り口が、にわかに騒がしくなった。統率の取れた足音と共に、代官ロザリアの直属の衛兵隊が、松明の光に照らされて姿を現したのだ。その、あまりにも場違いな、殺気にも似た空気に、村人たちの陽気な喧騒が、水を打ったように静まり返った。


衛兵隊が、モーゼの奇跡のように人々を掻き分け、その中央に道を作る。その道の先から、一人の女性が、静かに、しかし圧倒的な存在感を放ちながら、歩みを進めてきた。


代官ロザリア、その人だった。


彼女の顔に、以前のような冷徹な表情はなかった。代わりに浮かんでいるのは、追い詰められた者が放つ、激情と、そして全てを破壊することも厭わない、危険な決意の色だった 。彼女の計画は完全に外れ、村での求心力に陰りが見え始めたことで、焦っていたのだ 。






ロザリアは、歓待の輪の中心にいた、ジョウイチたちの前で足を止めた。そして、その場にいる全ての者に聞こえるよう、鈴を転がすような、しかし憎悪に満ちた声で、言い放った。


「見事なものですね。罪人であるはずの者たちが、まるで英雄気取りとは」


村長が、慌てて彼女の前に進み出た。


「お待ちください、代官様! 彼らは、この村の恩人です! どうか、ご慈悲を…」


「黙りなさい」


ロザリアの、短くも鋭い一言が、長老の言葉を遮る。


「この者たちは、私の度重なる警告を無視し、男に不当な力を与え、この地の秩序を乱した、紛れもない犯罪者。その罪、決して許されるものではありません」


彼女は、ジョウイチを、その瞳で射殺さんばかりに睨みつけた。


「ですが、あなたは言いましたね。『秩序とは、時代と共に変わるものだ』と。…面白い。ならば、この村に古くから伝わる、最も神聖な『秩序』に従って、あなたたちの罪を裁いてあげることにしましょう」


ロザリアは、一つの宣告を下した。それは、彼女が画策した、次なる強硬手段だった 。






「―――『神前決闘』によって、あなたたちを断罪します!」




広場が、どよめきに包まれた。神前決闘。それは、法では裁ききれない重大な罪を、神の名の下に、代表者同士の決闘によってその正邪を問うという、この地に古くから伝わる、最も過酷な儀式だった。


「あなたたちが信じる『男の力』とやらが、本当に正しいものであるというのなら、神は、あなたたちに微笑むでしょう。もっとも――」


ロザリアは、酷薄な笑みを浮かべた。


「―――私の選ぶ、最強の騎士に、勝つことができればの話ですが」


それは、もはや交渉でも、警告でもない。合法的な処刑宣告だった。


彼らは、確かに村人たちの「信頼」を得た 。だが、その勝利が、より巨大で、より直接的な、新たな危機を呼び覚ましてしまったのだ 。






宴の熱気は完全に冷え切り、後に残されたのは、避けられぬ戦いの予感だけだった。第三部が、今、幕を閉じる。

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