第25話 労働を訓練に、崖をジムに

ジョウイチがその圧倒的な背中で語った後、弟子たちの心から、絶望は完全に消え去っていた。目の前にあるのが、依然として常人の手には負えない、巨大な岩と土砂の山であることに変わりはない。だが、彼らの目には、もはやそれは単なる「障害」や「罰」としては映っていなかった。


それは、自分たちの肉体と精神を、次のステージへと引き上げるための、巨大なトレーニング器具の集合体に見えていた。




「いいか、貴様ら!」


作業開始の朝、ジョウイチは弟子たちを集めて檄を飛ばした。


「我々は、これから労働をするのではない! 訓練を行うのだ! この崖そのものが、我々の新たなジムだ! そして、目の前の岩石は、神が与えてくださった、最高のバーベルであり、ダンベルだ!」


彼の言葉は、もはや常軌を逸している。だが、その狂気とも言えるほどのポジティブさが、弟子たちの魂に火をつけた。


ジョウイチは、この過酷な復旧作業を、一つの壮大な集団トレーニングへと昇華させることを宣言したのだ。




彼は、まず作業を細分化し、それぞれにトレーニングとしての意味付けを与えた。


「ゴードン! 貴様は高所が苦手だ。ならば、崖の縁から離れた、この中央部の岩盤破砕を担当しろ! そのハンマーの一振り一振りを、己の恐怖心を打ち砕くための一撃だと思え! これは、大胸筋と三角筋後部を鍛える、究極のハンマー・ストライク・トレーニングだ!」


「リック! 貴様は頭を使え! 岩の配置、重心、亀裂の位置を瞬時に分析し、最も効率的な崩し方を俺たちに指示しろ! 同時に、上からの落石がないか、常に周囲を警戒しろ! これは、肉体ではなく、脳という名の最高の筋肉を鍛える、戦術的思考訓練だ!」


「レオン! 貴様は俺と共に、最前線で岩を崖下へ落とす! これは、ただの岩運びではない! 全身の筋肉を連動させて爆発的なパワーを生み出す、デッドリフトとクリーン&プレスの複合トレーニングだ! 一回ごとに、己の限界を超えろ!」




ジョウイチの号令一下、崖の上の地獄は、世界で最も過酷な野外ジムへと変貌した。


ゴードンは、ジョウイチに与えられた役割に集中することで、高所への恐怖を忘れた。彼は、巨大なハンマーを振り下ろすたびに雄叫びを上げ、その内に秘められたパワーを、岩盤の破砕という一点に集中させていった。


リックは、ツルハシを振るいながらも、その頭脳をフル回転させていた。「次はその右下の岩だ! てこの原理でいける!」「レオンさん、足元が崩れやすい! 気をつけて!」彼の的確な指示が、作業の効率と安全性を飛躍的に向上させていく。


そして、最前線に立つレオンとジョウイチは、もはや人間離れした光景を繰り広げていた。彼らは、並の男なら数人がかりでやっと動かせるかどうかという岩を、まるでトレーニングジムでウェイトを扱うかのように、次々と崖下へと投げ落としていく。


「ハッ!」「セアッ!」「ドラァッ!」


彼らの口から漏れるのは、苦痛の呻きではなく、己の力を解放する、喜びに満ちた気合の声だった。




労働は、完全に訓練へと昇華された。


ツルハシを振るう音、岩が砕ける音、そして男たちの雄叫び。それらが、まるで一つの交響曲のように、崖の谷間に響き渡る。


彼らは、もはやロザリアに強いられた囚人ではなかった。自らの意志で、自然という巨大な敵に挑む、誇り高きアスリート集団だった。


その常人離れした仕事ぶりは、当然、村人たちの耳にも届き始めていた。最初は、彼らの無様な姿を嘲笑うために、遠巻きに崖道を眺めに来ていた村人たちも、目の前で繰り広げられる光景に、次第に言葉を失っていった。


それは、労働ではなかった。苦役でもなかった。


汗を迸らせ、泥にまみれながらも、その顔には不思議なほどの充実感が浮かんでいる。統率の取れた動き、互いを鼓舞し合う掛け声。そこには、一つの壮大な目標に向かって、魂を燃焼させる男たちの、美しい姿があった。


彼らが崖の上で奏でる筋肉の交響曲は、見る者の心を、少しずつ、しかし確実に、揺さぶり始めていた。

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